First Road〜開かれた扉

 

 

バッ
そのピッチャーは大きく振りかぶった。しかし、決して大柄ではない。
パシィ
その球は決して速くはなかった。しかし、それでも鋭い切れのある変化球だった。
ストラックバッターアウッ
草野球なので審判もアマチュアではあったが、その球は完璧なストライクだった。良いコントロールだ。
「何だ、あの男は。」「いったい・・・。」「しかも若い。中学ぐらいだ。」「ガキだ。」三振にとられた、その選手のチームは騒然とした。その選手は暇なとき、来てくれる、チームの四番、チームの要。まさに主力選手だ。その選手が三振。もう驚かざるを得ない。
「いったい何なんだ、あの男は!」
その一言を聞くと投手は少し口元を緩ませて言った。
「あら?」
帽子を取り、額の汗をユニフォームの袖で拭う。帽子の下からは長い髪の毛が出てきた。
「男の子に見えた?」
帽子をかぶり直し、さらに言う。
「正真正銘、女の子なんですけど。」
二度目の驚愕。しかし、それは、すぐ批判の声へと変わった。「ずるい!」「女とは聞いてない!」「あの約束は無しだ!」
「なんだと!?」
ここでキャッチャーが立ち上がった。マスクをとったその顔は投手にそっくりだった。おそらく双子だろう。
「俺たちが戦力として役に立つなら入れてくれるって約束しただろ!」
「しかし・・・!」
「もういいよ。」
黙ってその成り行きを見ていた投手はキャッチャーに静かに言う。
「でも春夏!こいつらは・・・!」
だめ、と寂しそうに言いそのキャッチャーをおさえる。
「今までと一緒よ。」
そう言うとそのチームに向き直り、一礼をしながら言った。
「今日はお相手してくださってありがとうございます。楽しかったです!」
「あ、ああ。」
「じゃあ行こ、番人。」
「分かったよ、姉貴。」
そのまま二人はグランドを去っていった。
その中、一歩も動かなかった男が一人いた。その投手に三振したバッターだ。意外とイケメンだ。つまり、かっこいい。しかし、バットをついたまま動かないその姿は
惨めと言えば惨めだった。
「あの球は・・・、すごい・・・!」

「姉貴。入るよ?」
返事はなかった。部屋は電気もつけず真っ暗だった。
「電気つけるよ?」
やはり返事はなかったが、番人は電気をつけた。
「泣いてたの?」
春夏は布団をかぶっていた。それを見過ごして、部屋のいすに腰掛けながら番人は聞いた。
「やっぱり泣いてたんだろ。」
「違うよ。」
布団から頭だけ出して言う。
「もう慣れてるもん。女だから入るなって言われるの。」
「・・・、で?姉貴どこの高校行くか決めた?」
「・・・まだ。あんたは?」
「まだって、来週中に提出だぜ。ま、いっか。オレは平戸に行く。」
番人は言いきった。
「あそこの野球部は強いしね。」
「どうせまた入れてもらえない。」
春夏は、さっきと変わらない口調で言う。
「いいさ。これは、姉貴がどうとか言う問題じゃないし。オレは一人でも入る。」
「一人で・・・って、私は!?」
「知らないよ。もうそろそろ、自分のことは自分で決めようぜ。」
「な・・・、あんただけは信じてたのに・・・。出てってよ。もう顔も見たくない!」
そう言われると、番人は立ち上がって、出て行こうとした。しかし、ドアの前で気づいたように言った。
「オレは・・・・・・たい。そのためなんだ。」
途中の部分は聞き取れなかった。番人は出ていったが、それは追い出されるようにではなく自ら出ていった。
その日春夏は、部屋を出なかった。

次の日、春夏は学校で呼び出された。理由はもちろんどこの高校に行くか決めていないこと。
「三古さんは、まだ決めてないんだったね。」
「はい・・・。」
「悩むのはいい事だけど、早く決めたほうがいいな。確か野球が好きだと聞いていたけど・・・。」
急に春夏は顔を上げた。
「それなら井大付属なんてどうかな?ソフトボール部は強いよ。君なら大概の高校は受かるだろうし・・・、推薦でもいいんだよ?」
「私がやりたいのは、ソフトボールじゃない!」
のどの奥からしぼり出すようにではあるが、強い意思を感じる口調だった。
「ふぅ、何が違うのかなあ。私には分からない。」
「私の春夏って名前、父がつけました。難でも、春と夏の甲子園からとったんだそうです。私は、その舞台に立ちたい!」
「君は女の子なんだよ?無理に決まってるじゃないか。」
「・・・。」
反論をしないのを納得ととらえたかもしれないが、これには、こいつもか、という意味があったのだろう。
「まあいい。来週中には決めるんだよ。」
「はい・・・。」
教室を出て行くその背中は、明らかに他人への反論を語っていた。

チカッ
「ふう、だれもかれも・・・。」
「いやになった?」
春夏は相当びっくりしただろう。誰もいないと思っていた部屋の中に番人の声がしたんだから。
「な・・・、何してんのよ!は、早く出てってよ!」
「はいはい。」
素直に部屋を出て行く。
「ああ、それと机の上に預かった手紙おいといたよ。」
「え?だ、誰から?」
「この前三振した人。」
どうやら、あの試合のイケメンのようだ。
「あの人平戸の次期キャプテンなんだってさ。じゃっ。」
その手紙は要約すると次のようなものだった。
平戸野球部は、君たち二人を歓迎する。誰も、君たちに文句は言わない。
「これで・・・、番人とまた試合が出来る・・・!」
あれ?と思う。
でも私、ぜんぜんうれしくない。
番人と一緒に出来るって聞いても・・・。
もしかして私は、それを望んでいない・・・?

「ごちそうさま。」
食器を片付け、すぐに上へ行こうとする。
「あ、春夏。ちょっと待って。」
そう言うと春夏の母はたんすから手紙を取り出して渡した。
「これ一昨日届いてたんだけど忘れてて・・・。お父さんからよ。」
「父さんから・・・。」
「進路で悩んだら、読むようにって、電話してきたのよね。ぴったりじゃない。」
「うん、あとで読んどく。」
しかし、その言葉とは裏腹に、へやに入るやいなやすぐ封を開け、読み始めた。
その手紙には、
自分のやりたいことをやれ。でも、出来ればそれは人のためになることをやれ。そして、自分のような人は他にはいないと思うな。
というものだった。
「父さん。私のような人なんて・・・、野球が好きな女の子なんて他にいるの?本当に・・・。」

次の休日、春夏は近くのグランドへ足を伸ばしていた。
そのグランドでは少年野球の大会が行われていた。
そして、あるチームのピッチャーが女の子だったのだ。春夏は、前からその子を知っていて、ずっと応援をしていた。もっとも、女の子のほうは知らないだろうが。
その試合、その女の子は、打たれていた。初回3点、2回4点、3回2点・・・。
しかし、その子はマウンドをおりなかった。
それよりも驚いたのはそのチームだ。一言でもその子を責めるようなことは言わなかった。相手チームや見ている人たちはあからさまにからかっているのに。
「よお。」
いきなり肩に手を置かれた。
「あなたは、確か・・・。」
「改めて自己紹介しようか。オレは、飯間賢羽。平戸の野球部キャプテンだ。」
「はい、弟から聞きました。」
「そっか、なら話が早い。来てくれるか?うちの高校に。」
それには答えず、グランドを指差し、言う。
「私は、あの子達がうらやましい。」
そう言うと、飯間の方を向き言う。
「平戸の野球部に、あのチームのようなことは出来ますか?」
「オレが説得する!だから・・・!」
無理です、と一言言い首を横に振る。
「私は井大付属に行く。」
「井大付属・・・、あそこは女子高。野球部はない。まさか、ソフトボールか!?」
「ちがう。もしないのなら作ればいい。」
「作る?」
もう一度、自分に言い聞かせるように言う。
「ないのなら作れば言い。」
飯間は無理強いをしなかった。
「そうか・・・。」
「私・・・、今まで番人と一緒じゃないと、何も決められなかった。けど、今度のことは自分で決めたから・・・。」
「分かった。じゃあ、次に会うときはグランドだと思っているよ。じゃあね。」
「ありがとうございました。こんな私なんかを目にかけてくれて・・・。」
それには答えず、飯間は去っていった。

「母さん。井大付属に決めた。保護者欄書いて、印鑑押しといて。」
「あら、あそこにしたの?まあ女子高だし、野球はもうやめる気になったのね。」
それに対し、答えずに笑いがこぼれそうになった。

「姉貴!井大付属にしたって?」
「うん、でもね。野球やめたわけじゃないんだよ。」
「え?」
「あそこなら、野球が出来なくて、ソフトボールをやるようになった女の子もいるかな、って。でね、女子野球部を作るんだ。」
「へェ・・・。初めてじゃねえ?姉貴が一人でそんなに決めるなんて。」
「うん、でも、お母さんには秘密よ?」
そう言うと思わずにやけてしまった。

その後、春夏は本当に女子野球部を作り、甲子園へ行こうとした。しかし、壁は高く、あと一歩で行くことが出来なかった。
その後、番人は高校卒業と同時に、ドラフトで指名された。
春夏は、大学へ進学。ここでは、男子に混じって野球をし、見事な活躍を続けた。そして、卒業と同時にドラフトで一位指名された。
その後、二人はプロ野球界に名前を残した。
え?二人の対決はなかったかって?まあ、平戸が調子良かったのは1年目の飯間がいた間だけだし、そのころはまだ女子野球部出来てなかったから機会はないだろ。それに・・・、え?プロで?無理だよ。だって同じチームでどうやって対決するんだよ。ま、そういうこと。
そして、春夏がプロに入った後、女性プロ野球選手が次々と生まれた。
これが、春夏の開いた道なんだ。

 

作:魁斗さん

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