古巣との対決A 違和感

 

話を少し前の吉原さんの打席に戻す。

郡川とキャッチボールをしていた長村は少し肩に違和感を覚えた。郡川が返球しようとすると困惑げに肩を振った。
「どうしたんですか長村さん?何か調子でもおかしいのですか?」
郡川が問い掛けると長村は
「いや、気のせいかちょっと肩に錘がのしかかったような気がしたんだが・・・」
「肩は消耗品とはいえそう簡単に潰れませんよこの1ヶ月は走りこみ中心のメニューに変えてめったにブルペンにも殆ど入っていなかったじゃないですか」
「そうだよな」
短く返事をすると松山がアウトになりチェンジとなった。
(一体、なんだったんだ?肩のあの重みは?気のせいだよな・・・)
長村はそう言い聞かせグラウンドへと向かった。

長村は肩を振り回し何事もなかったかのように松山からボールを受け取ると帽子のつばを持ちロージンバックの粉をつけサインを確認してからモーションに入った。そして細い右腕を振りぬいた。

「シューーーーバシッ!」
「ストライーッ!」
打席の谷川さんはまったく反応することができなかった。長村には今までブルペンで投げるとわかったらとことん受けてくれる谷川さんだったが今は敵の谷川さんとのギャップがありすぎて整理できずに戸惑いの様子が伺える。しかし、視力があまり高くない松山にはその表情は見えず、サインを出してくる。長村はふぅっと深呼吸をしてサインどおり、内角へのスライダーを投げた。
「シューーーーグッ!」
伊達のスライダーは変化が大きいが長村のスライダーは変化があまり大きくない。公式戦で長村を秘密兵器のように隠して摂津大付属戦にぶつけてきたのは伊達が研究され、敗北を防ぐためだが、長村のあの日の無念を晴らすためだったのかもしれない。伊達の研究しかできなかった摂津大付属は伊達のスライダーとはまったく違うスライダーに戸惑うに違いない。そう考えて松山はスライダーを要求した。
その考えは当たった。
「カキィッ!」
打球はサードの大町さんが無難に処理して1アウト。

5番、栗野は見逃し三振。
6番、嵯峨さんは空振り三振でチェンジ。

7番、郡川はショートゴロに討ち取られた。

ネクストの長村はさっさと準備をして打席に入った。しかし、誰も長村の打席には興味など持たず、殆どの部員は嵯峨さんの方へ視線を向けている。わずかに、伊達や越川が長村の打席を真剣に見ている。
長村のバッティングは悪くはないし、なかなかセンスもある。しかし、あまりバッティング練習もしていなかったしなによりも、浪速商ではピッチャーがバッティング練習をすることは人数の多い野手が順番待ちをしていてその間にブルペンに入っているとマシンは片付けられていてできないからピッチャーの打順はあまり期待していない。まぁ、バッティングも野手顔負けの大島さんと伊達の場合、別だが。

二段モーションの嵯峨さんはタイミングがとりづらい。モーションを止めていないため、ボークにはならないのだが。そして、二段モーションの投球動作に入った。

「シューーーー・・・・バシッ!」
「ストライーッ!」
内角いっぱいへのストレート。長村はスピードガンの球速表示を見た。
「141km/hか・・・」
あのコースへ141キロで投げられると手も足も出ない。長村は球速を確認するとバットを構え、嵯峨さんを見据えた。

「谷川さん、嵯峨さん、コントロール良くなりましたね」

長村が静かに話し掛けた。谷川さんは驚くほど静かでどこかにとげがある口調の長村に

「ああ、あれだけ足腰を鍛え、投げ込みを毎日欠かさずやってきたんだ。そりゃあ、良くなるだろう」
そういいながら谷川さんはサインを出し、嵯峨さんはモーションに入った。長村は嵯峨さんを見ながら
「しかしですね・・・」
嵯峨さんは二段モーションを終えた。
「あんまりコントロールが良すぎると」
嵯峨さんは地面に足をつけ、腕を振りぬき白球が手から離れた。
「コースさえ予想できれば俺には打てんこっちゃない!」
長村が敬語を使わずに言い放つとバットを振りぬいた。
「パキィッーン!」
金属音がした途端両ベンチは総立ちになり、嵯峨さんはボールの行方を追った。鋭い当たりの打球はレフト方向へ伸びていく。入ってくれと長村は願った。しかし、ボールは際どい。そのままスタンドへ入ったが審判は
「ファール!」
と叫んだ。
長村は残念そうにレフトを見ながら打席に入った。

谷川さんはまたサインを出し、長村に声をかけた。
「奴のコントロールではなぜかは知らんが変化球は制御できていない」
そういうと嵯峨さんのボールは内角向けて襲ってきた。
長村は振ろうとしたが突然、長村に襲ってきた。そして、左手に命中した。

「ぐあぁ!」
長村は叫ぶとバットをそのまま取り落とした。

「デッドボーッ!」
審判が宣告すると長村はバットを置いて一塁に向かった。

「大丈夫ですか長村さん?」
一塁に志田が声をかけにきた。長村は、
「ああ、大丈夫だ。ちょっと大げさにしただけだよ」
「そうですか、ならいいんですが・・・」
心配そうな声色だったが長村はまた大丈夫といい安心させた
(くっ、手の感覚が・・・!)
長村が左手に手を添えていると原田さんが体制を崩されつつも嵯峨さんのスライダーを打った。
「パキッ!」

弱い打球の音がするとピッチャーが二塁に送球、二塁の大井川が一塁の栗野へ送球でゲッツー。

三回表の攻撃は終了し、浪速商はこの回も無得点。


「長村、大丈夫か?」
マウンドへ向か途中、大倉さんが声をかけてきた。長村は左手を見つめてから

「ええ、大丈夫ですよ」
と平静を装い、返事した。大倉さんは安心したのかほっと吐息を出し「頑張れよと声を掛けてから」ファーストへと入った。
「この痺れ具合だと・・・松山の返球を取れるかな?」
苦笑いしながらそういった。

「ボーッ!フォアボール!」
審判が宣告すると9番、大江はファーストへと向かった。ワンアウト1、2塁
摂津大附が先制のチャンスをこしらえた。浪速商内野陣はマウンドの長村の元へ寄り、大町さん口を開いた。
「あのデッドボールの影響か?」
と長村に訊いた。長村は慌てて否定したが、
「ほう、それなら何故、7番石村のセーフティーバントを処理し損ねた?」
「そ、それは・・・」
左手の痺れでボールがグラブに入ったのを取り落とした・・・などとはいえない。激しく詰め寄る大町さんを松山は
「まあまあ、ボールを一瞬見失ったでしょう、それより、早く守備位置に」
といい、この場を収めた。
「痺れがひどいなら交代してもらうか?」
と松山が言った。
「いや、大分ましになったから大丈夫だ」
「そうか・・・この回を乗りきりゃあ、何とかなるだろう」
努めて明るい口調で言った。長村は空を見上げ、松山は気合を入れなおしてからミットを構えた。
「さて、そろそろ、変化球の威力を見せますかな」
長村はそういってから振りかぶった。

 

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