それぞれの力

______________________5月中旬_____________________


「刈田!ちょっとグラブ借りてくで!」
「え、おいいきなりなんだよ!」
「うっかり忘れてしもてん。悪いな。じゃ!」

当然そんなことをされては困る。刈田は即座に追いかけようとした。
だが新月はすでに遠くへと走り去っていた・・・・・


「まったく、野球部員がグローブ忘れるなよ。逃げ足だけは速いんだから・・・」
逃げ足「だけ」と言うのはちょっと違うな、と南条は思った。
実際新月の足はかなりすごい。今まで南条が見てきた中でもトップクラスだ。

「しかたない、スペアでも使うか・・・・・さて、今日は監督じきじきのノックがあるらしいぞ。ジョーも早く用意しろよ。」
「おう、わかった」
南条は自分のかばんから愛用の青いグローブを取り出した。




「ショートいったぞ!」
打球が新月の方へと飛んでいった。少々厳しいコースだ。
だが新月は持ち前の脚力を生かして回り込んで難なくキャッチした。

次の打球が来た。弱い当たりが微妙な位置に転がる。
猛然とダッシュしキャッチ、そしてスロー。鋭い送球がファーストミットに収まる。
広い守備範囲と強肩。この点では新月はショートにうってつけだ、しかし・・・

「あっ」
「こら、しっかりボール見んかい!」
「すんません!」

・・・・・粗い。なかなか長身で足も長く、小回りが利きにくいというのも原因の一つかもしれないけど・・・まだまだ基礎が出来ていない。それにショートよりも外野に向いてる気もする。だが本人は頑としてショートにこだわる。なぜだろう?


「セカン!」
今度は刈田に回っていった。これもまた厳しいコースだ・・・・・・と思いきや刈田は全く普通に正面で受けていた。
よく観察してみると、反応が異常に素早い。打球が放たれてほぼその瞬間に動いている。上手い。

こんなことを言うのもあれだけど、もしかしたらここの高校の2,3年生より上手いんじゃないか?



と、のんびり人の観察をしている間に南条に打球が飛んできた。
そんなに難しいゴロではない。軽くさばいて一塁に送球した。
「お!一年、名前は何だったっけ・・・・そう南条!なかなかええ肩しとるな!」
「ありがとうございます!」
実はひそかに南条は自分の肩に結構自信を持っていた。守備とかは自分でもそんなに上手いほうではないと思うけど・・・・・この肩があれば何とかなるだろう。絶対に2年後に、もしできれば1年後ぐらいにサードのレギュラーを取るつもりだ。




いいプレーもあった反面ミスも多かった新月を除いて一年は全員上がった。
南条は帰ろうとする途中、ブルペンで投げているピッチャーを見た。

速い。140キロ近くは出てるんじゃないだろうか。カーブも投げていた。特別そんなにいいカーブと言うわけでは無いけど、あのストレートと組み合わせればコントロール次第で相当効果はあるだろう。
たぶんあの人がエースなんだろうな。南条はしばらく立ち尽くしてその人を見ていた。


そのとき、後ろから声をかけられた。
谷嶋(やじま)さんの球、速いでしょう。中学から上がってきた人には結構衝撃的かもしれませんね。」
2年生キャッチャーの
藤谷さんだった。なぜか先輩後輩関係なく、同級生にまで敬語を使うちょっと変わった人ではあるが、今回の大会で2年生にして正捕手もあるんじゃないかと噂される実力派だ。


「あの人の最高球速は確か142キロ。と言っても最高だけを見たら、それぐらい出す人は高校生なら結構います。しかし・・・・・」
なぜか説明口調で語りだした藤谷さんは、どこからともなくスピードガンを取り出した。136キロ、137キロ、137キロ、135キロ、137キロ・・・・・

「かなり安定してますね」
「その通り。最高だけを見ても意味がないんです。コンスタントにスピードが出せるのがあの人のすごいところなんですね」
なるほど。これだけのピッチャーがいるなら本当に甲子園にいけるかもしれない。
「藤谷さん、やっぱり谷嶋さんがエースなんですか?」
「うーんそれは・・・・フフフ・・・・・」
「あ、ちょっと・・・・」


ものすごーく意味深な薄笑いを残して、藤谷さんはグランドへと向かっていった。

 

 

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