愛のムチ、トッシー

 

___________________6月上旬__________________


「おう、だいぶ練習にもなれてきたみたいだな」
「あ、はい。おかげさまで」
角屋(すみや)さんが水を飲んでいた南条に声をかけてきた。
勝負強くシュアな打撃でベンチ入りは確実、いやレギュラーをも狙う外野手だ。

「まあでも、中学からちゃんと体を作っていれば何とかなるだろうな。うん。」


そこへ一人、今にも死にそうな顔をして入ってきた。
「はあ・・・・はあ・・・・しんどい・・・毎日毎日ほんま勘弁してや・・・・」

案の定新月だった。最近連日の特守(要するに居残りノック)で疲れきっている。
もちろんミスをするほうが悪いのだが、浅越さんもあそこまでやらなくても・・・

ロッカーの前に力なくへたり込んだ新月を見て思わず南条は口にした。
「そりゃあんだけポロポロやってたらなぁ・・・もっと確実性を心がけて・・・」
「わかっとるわ!全く打球が悪いねん打球が。でも俺だってなぁ、本気出せばあんくらいのヘタレノックは余裕で・・・」



「ふーん。要するに今までは本気を出していなかった、と」
「あっ!」

いつのまにか、バットを持った浅越さんが後ろに立っていた。
眉間にしわを寄せてはいたがキャプテンの表情はなんとなく楽しそうな気もした。
「確かにまだまだ動き足りなさそうだったもんな。よし、まだまだやるぞ!」
「えっ、いや、それはその・・・うわあぁぁぁ」
すっかり力の抜けている新月は、そのままずるずるとグラウンドへ引きずられていった。


「あーあ・・・・残念・・・・」
「ま、浅越さんも悪意でやってるんじゃないさ。自分と同じポジション、ショートの後継者を育てようとしてるんだろ。見込まれてるんだからありがたく思わないと」
角屋さんの言うとおりだ。最も新月がそれを飲み込むかどうかは別問題だが・・・




「お、刈田、今からダウンだろ?行こう」
「そうだな・・・今日はちょっと外走ってみようぜ」
「え、いいのか?勝手に出て?」
「だいじょぶだいじょぶ。ばれなきゃいいんだばれなきゃ」

刈田は見た目に反して結構いい加減なところもある。いや、もしかしたら新月に洗脳されつつあるのかも・・・・・・
「ま、確かにたまには気分転換になっていいよな」


外野から外に出て走り始めた。いつもより緑が近くにあって心地よい。足元が怪しくなりながらもひたすらノックを受けている新月を横目で見ながら徐々にグラウンドから離れていった。



裏山の方へと進んでいくと、向こうから人がジョギングしてきた。年齢にして30は超えているだろうか。なかなかガッシリした人だ。

「ん?そのチタンバンド・・・お前ら野球部か?」
「え、はい。そうですけど」
ガッシリした人も左腕にバンドをつけていた。

「あの・・・あなたは?」
「そうか。自己紹介がまだだったな。誰だと思う?」
「えーと・・・・・コーチですか?」
「おいおい・・・・・俺はまだまだ現役高校生だぞ。」
え、そうなんだ。言っちゃ悪いけど、なんか老けてるなぁ・・・・・

「俺は木田寿和。高校3年だ。トッシーと呼んでくれ」
「いや、さすがにそれは・・・・・あ、俺は南条です」
「刈田です」
「知ってる知ってる。実は情報通なんだぞ俺。この前ノック見たけどなかなかいい動きしてたな。がんばれよ。」
「あ、はい」

「そうそう、一つ野球の秘訣を教えてやろう・・・・・・とにかく走りこめ。地球一周する勢いで走りこめ。お前らまだまだ若いんだからな」
「はぁ・・・」
若い、って自分も高校生じゃないのか・・・・・やっぱり老けてるなぁ・・・・・


あの、とひとつ聞こうとすると、もう木田さんは走り去っていた。

「刈田、あの人のポジション知ってるか?」
「さぁ・・・と言うかまずレギュラー入り候補なのかな・・・・・グラウンドで見かけたことないし・・・」


うーん・・・いろんな人がいるなぁ、この学校は。でも走るのがスポーツの基本なのは確かだ。南条と刈田は、再びダウンを続けた。

 

 

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