さまざまなひずみ

 

新月は監督に言われた通りかなり大きくリードを取った。・・・・・・・キャッチャーが気にしている。これはいい。
天城がセットから第一球目を・・・投げる前に軽くけん制した。らくらくセーフ。

今度はきちんとホームに向かって投げる。腕がコンパクトに振られて・・・荒川さんはバントの構えに入った!・・・ボールが放たれた。サードが猛然とダッシュして前進する・・・・・・が、荒川さんはバットを引いた。

「ストライク!」

よし。作戦通りだ。
「あのピッチャー、クイック上手いな・・・・・さて、ほんまに走れるやろか・・・・・」
重大な役目を任された新月は、久しぶりの重圧に一人ベース上でつぶやいた。


続いて第2球目、荒川さんはまた一度構えてバットを引いた。ストライク・・・・・ここで新月が走った!・・・ピッチャーのクイックは良いが、キャッチャーの肩はあまり強いとは言えず、ランナーは悠々と二塁ベースに滑り込んだ。

さすがバタ西一の韋駄天 (まだ島田さんと正式に競争して無いからわからないけど)。
今のところ盗塁成功率100%。止められるのはいつになるだろうか。


第3球目。・・・これも投げない。二塁に軽くごくけん制。
ここで二塁に入ったセカンド喜久と天城がうなずきあった。・・・なんだろう?

気を取り直して・・・あっ!・・・ここで天城は先ほどまでとは見違えるような早さで二塁にボールを送った。セカンド喜久も的確にかつスピーディーにベースに入る。
新月はあわてたが、素早く反応して頭から滑り込む。

「ズザッッ!」

判定はどっちだ・・・・・・かなり微妙・・・・・・

「セーフ!」

・・・・・・ああ、よかった。これでチャンスを潰されたらたまったもんじゃない・・・・・・
「けん制もよく鍛えてますね・・・・・連携が完璧です・・・」

「それにしても新月、いい反射神経してるな。さっきの早さだったら普通はアウトだぞ。・・・あの神経が守備にも活きればなぁ・・・・・・」
浅越さんは少しため息をついた。


ここからも2人の選手は監督の思惑通り動いた。
荒川さんがしつこく粘る。この人は打率は高くないが、こういう小技は抜群だ。
新月がチョロチョロと動く。ピッチャーもかなり神経を使っている。

そして8球目、ついに荒川さんはバントを決めた!
なんと一アウトでランナー3塁。これ以上ない大チャンスだ。



次のバッターは・・・・・・・木田さん・・・・・ちょっとまずい・・・・・
「監督・・・どうしましょう・・・この大会、俺まだ一本も打ってないんですよ・・・」
木田さんが浮かない顔で監督に尋ねた。

「どう?って聞かれてもなぁ・・・一点を守りきるためにもここでお前を下げるわけにはいかんからな・・・・・・・・・まだ6回やろ・・・・・・・・・・・・まあ3塁ランナーが新月やからな。適当に当てたら何とかなるはずや。行ってこい。」
とは言うものの、監督もかなり不安そうだ。
木田さんがボックスに入る。今までヒットが出てないんだから、そろそろ・・・・・・

・・・
・・・
・・・

新島県でも随一のピッチャーであろう天城が相手では、そんなめぐり合わせのようにうまくいくはずもなかった。あえなく4球三振。ピッチングはあんなにすごいのに・・・・・・本当に不思議でしょうがない・・・・木田さんが帰ってきた。

「すいません監督。・・・・次チャンスが回ってきたら代打出してください」
「そうやな・・・・・ほんまにお前、打撃だけは全く成長せぇへんな・・・・・」
木田さんはあらゆる意味で高校生離れしたピッチャーだと思う。



二アウト三塁。次のバッターは島田さん。
「島田さーん!ここが見せ所や!いてもうて下さいよ!」
新月が二塁ベースから叫んだ。おいおい。・・・・・・あれ、島田さんから全く返事がない。いつもなら「任せとけ!今日も場外だ!」とか言うはずなのに・・・

島田さんの目がものすごく鋭くなっていた。今までに見たことのない表情。
殺気すら感じられる視線はピッチャー天城ただ一点に向けられていた。・・・すごい。

「あれや、あの目や。あいつの底に眠っとる野性・・・・・これはいけるで」
その空気に流されて、ベンチの空気も凍りついた。


島田さんに恐怖をなしたのか、相手バッテリーはタイムを取った。
よしよし、相手を完全に飲んでる。今のところ勝算はかなりありそうだ。



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「天城、あれはちょっとやばそうだぞ」
「お前もそう思うか。・・・確かに今までと雰囲気が違う。」

「ちょっと不本意だと思うが・・・・・いいか?」
「ああ、それで勝てるならぜんぜんかまわないぞ。」

「・・・それに、次のバッターはこういう場面には弱い・・・・はずだ。」
「まあ、あれから1年たってるから、確実にそうだ、とはいえないけどな。」

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バッテリーが相談を終えた。試合再開。島田さんも左打席に入った。

1球目、内角へのスライダー。見逃してボール。・・・見逃したか・・・・相当感覚が鋭くなっている。いつもなら手を出してもおかしくないのに・・・・・・
2球目、またスライダー、今度は低めだ。どうだ!・・・・打った!・・・・しかしボールはファールゾーンのスタンドへ。・・・でも確実に捕らえている。
3球目。今度は内角へストレート。微妙なところに入ったが、ボール。
4球目、またまた内角へスライダー・・・相手も本気だ・・・しかしこれも微妙にボール。
5球目、低目へのストレート。それにしてもコントロールいいな・・・

「ストライク!」

うわっ!今の入ったか。ボール半個分の世界、ってこういうことなんだろう。
とても高校野球の、それも予選の試合を見ているとは思えない。


そして2−3から第6球目。外角へのシュート・・・釣り球だ!危ない!・・・・・・ボールはこの試合一番の切れ方をして外へ逃げていった・・・島田さんがバットを振る・・・・・・
いや、止めた!?・・・・・・スイングは!?・・・・なしだ!

「ボール!ファーボール!」

島田さんが歩いた。・・・だがその表情はあまり芳しくない。

しかし今の釣り球を見逃されてバッテリーもさぞ・・・・・あれ?ぜんぜん悔しがってない?・・・・・いや、そんなことはないか。

「おかしい、何かがおかしい・・・・よな、藤谷?」
木田さんがピッチャーの勘で異常に気づいた。
「ええ。今までに比べてボールがあまりにも多すぎます。いくら警戒しているとはいえ・・・」



そして浅越さんが右打席に入る。二アウト一,三塁。
・・・だが、浅越さんの顔に気迫がない。・・・それどころか血色が悪くなっている気さえする。

第1球目、セットから素早く投げ込んだ・・・・甘い!これは甘い!・・・・しかしそんな好球を浅越さんは平然と見逃した。

「おい浅越!しっかりせぇ!」
「・・・え、あ、は、はい!!」

・・・反応が遅い。どうしたんだろう、浅越さん・・・・・・

第2球目、外角へ逃げるスライダー、あきらかに見せ球。・・・・・・・・手を出した!?・・・・・球はむなしくピッチャーの前に転がった・・・・一塁に軽く送球してアウト。3アウトチェンジ。
・・・・・6回の裏、川端西高校の攻撃が終わった。

なんで?なんで今の球を?・・・・・いつもなら絶対に手を出さないはず・・・・・・


浅越さんはすっかりうなだれてベンチに戻ってきた。
「また・・・・またやってしまった・・・・また俺は・・・・・・・」
そうして浅越さんはベンチにしばらく座っていた。

「おーい!早く守備につけ!ボール回しできないだろ!」
ファーストの辺山さんから声がかかる。


そうだ。いつまでも後悔しているわけには行かない。7回の表がもうすぐ始まる。

 

 

 

 

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