左打者

 

8回の表。川端高校の攻撃。まだ均衡は破れず0−0。試合が動くのはいつになるだろうか。
両者一歩も譲らない攻防。1年生からこんないい試合を経験できることは幸運なことだと思う。


先ほどスパークしたらしい木田さんの勢いは止まらない。いつものキレにスピードが加わった直球、それに・・・・・

「ブンッ!
・・・ドゴッ!!」
「ストライッ!バラーアウッ!」


・・・ついに出た。必殺のスライダーが右打者のバットをくぐり体に当たる。
しかし判定は三振。変化球も抜群だ。本当に打たれる気がしない。


「キンッ!」

よし、詰まった・・・・・が、ボールは木田さんの足元を抜け、二塁ベースの方へと転がっていった。
微妙なコース、ついてないな・・・・・しかし、抜けるか抜けないかというところでボールは捕らえられた、新月だ。・・・・・・あっ!はじいた!・・・・・・・・・が、あわてずさばいて、球は一塁に送られた・・・・・・

「アウト!」

「よし!・・・まだグラブ遣いは粗いけどさすがに守備範囲が広いな」
浅越さんの目が輝いていた。この人はやはりかなり新月を見込んでいるんだろう。



結局この回も3人で斬って取った。
さあ、いよいよ8回の裏。そろそろ決めないと。


「なあ藤谷、まだ天城に弱点は見つからんか?」
「・・・すいません。本当にスキのないピッチャーです・・・・」
「そうか・・・・やっぱり時を待つしかないやろかなぁ・・・・・」
監督は藤谷さんのつけているスコアブックをのぞいて、再度ため息をついた。


「いや、全く、ってことは無いですよ。あくまでも直感ですけどね」
木田さんが後ろから言った。
「ん?そやな・・・どんなことでもいいから聞かせてくれ」

「ちょっと、ちょっとですよ・・・・・左打者に対して投げにくそうにしてるんですよね。島ちゃんのときもそうですけど、辺山とかにも・・・」
「・・・確かに島田君のときは、露骨にではないですけど勝負を逃げてましたね。・・・いくら上手いとは言っても右サイド投手ですから・・・・・」

「・・・・・少しでも可能性が高いなら、そっちに賭けてみるかなぁ・・・・・でも辺山のときなんか全く変わってないように思えてんけど・・・・・」
「いや、ちょっと動きが違ってましたよ。」
目が少し強い光を放っていた。

「そうか?・・・・・・・・・・しっかしようそんな細かいところまで気づくなぁ」
「・・・・伊達に長いことピッチャーやってるわけではないですからね」



8回の裏、バタ西の攻撃は角屋さんから。カウント1−1となった後の第3球目。

「ビシュッ!・・・・・シューーーーー」

シュートでカウントを取ってきた。今までさんざん苦しめられてきた。だが・・・

「カンッ!」

出た!角屋さん得意の内角打ち!ボールはショートの頭を超え、左中間に転がっ
た。・・・・・しかも結構深い・・・・よし!二ベースだ!
再びチャンス。この試合川端西高校、初のヒットでランナーを得点圏に進めた。


次のバッターは・・・・・途中から入っている新月・・・・・うーん・・・・
新月はベンチを見ている。監督に判断がゆだねられた。
「バントもあんまりうまないしなぁ・・・・・どうしよ・・・・まあええか。」

監督はサインを出さない・・・・・強打か・・・・どうだろ


・・・
・・・
・・・


ここまでわずか一安打しか打たれていない右腕、1年生が攻略するには荷が重すぎた。
結局ピッチャーゴロに終わり、ランナー進めず。一アウト二塁。

「荒川、いつもいつもすまんけど・・・・次もバントや。」
「いえ、それが俺の仕事ですから・・・・・ってことは」
「そう。木田にピンチヒッター。」
6回の裏に木田さんが希望したとおりになった。さてバッターは?

「さて、バッターは・・・・・・・・・南条!行ってこい!」
「はい!・・・・・・って、えぇっ!!?」
こんな重要な場面で俺!?南条はかなり動揺した。
「大丈夫、勝算はある。俺が保障する。」
木田さんが肩を叩いた。そんなこといわれても・・・・・・・

「ほれ、気持ちで負けてどないするんや!しっかりやってこい!」
監督にドン、と背中を押されて、勢いでネクストバッターズサークルに入った。
どうしよ・・・・・頭が真っ白、ってこういうことなんだな・・・・・・

でも、谷嶋さんといきなり対戦しろって言われたときも、いきなりスタメン出場させてもらったときも、やってみたら意外と何とかなったよな。
・・・・・・・「案ずるより生むが易し」、か。・・・・・・なんとかなる、かな・・・・・・



当然とでも言わんばかりに、荒川さんはきっちり一塁線に送りバントを決めた。

二アウトランナー三塁。いよいよだ、ここで試合が決まるかもしれない・・・

南条は左打席に立った。
ベンチから見る以上に、相手ピッチャー天城は気迫に満ちている。
雰囲気といいこの状況といい、押しつぶされそうだ・・・・・・

「ジョー!お前だったらいける!ぶつかっていけ!!!」
ひときわ大きな声が聞こえた。あれは・・・刈田だ。・・・・・そうだな、精一杯ぶつかっていこう。
俺にできることはそれしかない。


「プレイ!」

天城がクイックから第一球を投げ込む。

「ピシューーーーーッ!・・・・・・・バンッ!」
「ストライッ!」

・・・ただのストレート。でも、外から見るのとはぜんぜん違う。すごいキレ。
これが今まで先輩たちを手玉に取ってきた横手ピッチャーの球か・・・・・藤谷さんの「もっと目を鍛えた方がいい」という声がよみがえってきた。


ベンチでは、藤谷さんと木田さんが頭を並べて穴の開くほどピッチャーを見つめていた。

「・・・な?ちょっとだけ、ほんのちょっとだけおかしいだろ?」
「本当ですね・・・・・微妙に腕の振りが落ちてる気がしますね・・・・・」
「これは本当にいけるかもしれないぞ。さっきは勢いで保障してしまったけど」


このまま待っていたら勢いで押さえ込まれそうだ。よし、
絶対次の球を打つ!・・・あ、でもボールだったらどうしよう・・・・引っ掛けたら大変だ・・・

などと考えているうちに天城はモーションに入っていた。やばい!腹をくくらないと・・・・・・やっぱり打つ!なんでもこい!!

「ビシューーーーー・・・」
「カキンッ!」


この時のことはよく覚えていない。

何の球を打ったのかすらも。

確かな手ごたえとともに放たれた白球は鋭く地を這った。
ショートが懸命に追う・・・・が追いつかない!

抜けたボールを確認する余裕もなく、南条は一塁だけを目指して走った。
そして角屋さんも懸命にホームへ向かう・・・レフトが返球するが、とても間に合いそうにない。
セオリー通り送球はショートにカットされた・・・・・ホームイン!

「よっしゃぁ!!!南条!!!」
「ナイスバッティン!!」

あまりの出来事に状況がよく飲み込めなかったが、それでもいい結果が出たらしいことはわかった・・・本当に打てた。本当に俺にやれるとは・・・・・・なんとか、なった・・・・・・・・


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・

いつの間にか8回の裏は終わっていた。
それなのにベンチに帰らなかったので、南条は審判に注意された。あっ、しまったしまった・・・・・

「南条ようやった!!」
「俺が言ったとおりだろ!?もう最初からお前は打てると思ってたぞ!!」
「いい低目打ちだったぞ!!俺でも無理だよあれは!」
「お前なぁ、打ったのはいいけどそのあと慌てすぎだ!!塁に出たらリードぐらいしろよ!!」
「まあいいじゃねーか!そこまで気が回らなかったんだろ!な!」


ベンチは熱気に包まれていた。そこで南条は手荒く迎えられた。

「ついにリードだな!絶対この一点守ってやるからな!!」

木田さんに代わって9回を締める谷嶋さんが頭をバシバシ叩きながら宣言した。



川端0−1川端西。さあ、あと一回抑えればいよいよ甲子園が見えてくるはずだ!

 

 

 

第二章メニューに戻る

小説メニューに戻る

ホームに戻る

 

 


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送