轟く名
______________7月27日 夜 南条の家______________
・・・・・うーん・・・いつのまにかちょっと寝てしまったな。今何時だ?・・・まだ夜10時か・・・
まあ、あさってに備えて早めに寝るとするかな・・・・・・
「圭治ー!電話よ!」
居間から母親が叫んだ。こんな時間に誰だろ?
「んー!?誰?バタ西の人?」
「違う違う。津野君から!」
津野!!へぇー、珍しいなぁ。南条は居間に行って、母親から子機を受け取った。
「もしもし」
「よう南条!元気か?・・・まあベンチ入りしてるぐらいだから元気だわな」
「相変わらず情報早いなぁ、津野。お前こそ元気か?」
「そりゃあ新聞チェックぐらいは常識だろ。特に友達の情報に関してはな。うん」
津野は南条が中学時代、シニアにいた頃のチームメイトである。久しぶりだなぁ。
まずは、お互いの近況を伝え合った。
「やっぱりベンチ入りか。お前は中学の頃からすごかったもんな。」
「いやいや。まあこれも努力のたまものよ・・・しかしあいつはもっとすごいぞ」
「あいつ?・・・・・って言うと枚岡(ひらおか)か?」
枚岡も元チームメイト。津野と同じ高校に行っているらしい。
「ああ。もう次の秋の大会には背番号1だろうな。多分。」
「背番号1!?・・・・・やっぱ格が違うなぁ、あいつは。・・・・・そういえば楠木や片桐はどうしてるんだろ?どっか別の地方にいったんだよな?」
「何にも連絡してないんか・・・・・南条は昔からいろんなことに無関心だからな・・・・・この前電話してみたけど、ちゃんとがんばってるらしいよ。」
あいつらもあいつらですごい選手だからなぁ。
あのチーム、「西関東フライヤーズ」はつくづくすごいチームだったんだな、といまさらながら思った。
「そうそう南条、一つ重要なこと言い忘れてた。お前のチームのピッチャーについてなんだけど・・・・・木田寿和、って言うんだよな。しかも左投げで。」
「うん、そうだけど。その木田さんがどうかしたの?」
「そうか。やっぱり見間違いじゃなかったか。・・・川端西高校って、なんで今まで甲子園いけなかったんだろ。不思議だ・・・・・」
「え?」
確かにバタ西は結構強い。でもそこまで不思議がるほどでは・・・・・
「・・・全国にその名を轟かせた『新島の江夏』は今どんなピッチングをしてるのかな・・・・・一度実際に見てみたいよ。」
なにやら津野が、電話の先でぶつぶつ言っている。・・・???
そして南条は、その内容について詳しく聞いてみた。
___________7月28日 昼 川端西高校野球部部室__________
浅越さんに緊急招集をかけられた部員たちが部室に集まっていた。
いったい何が始まるんやろ?・・・しかしそんな疑問を持っている人はどうやら少ないらしい。
そして浅越さんがみんなの前に出て、大声で演説し始めた。
「えーと皆さん。ついに、ついにこの日がやってまいりました。・・・苦節三年。ついにこの川端西高校野球部が、その名を新島全域に轟かせる日が来たのです!」
「「「「ウォー!!」」」」
な、なんやなんや!?なんやこの歓声!?
「あ、あの、キャプテン、このノリはいったい何なんですか?」
「ん?そうか・・・新月は今年新島に来たばっかりだから知らないんだな。・・・俺たちは昨日勝って決勝進出しただろ。つまり、つまり・・・「まるスポ」でどーんと取り上げられるんだ!!」
ここで再び歓声が沸きあがった。・・・何のことだかさっぱりわからん・・・
「刈田、俺、何のことかほんまにわからんわ・・・・説明してくれへんか?」
新月は隣にいた刈田にヘルプを求めた。
「新島県民テレビで『まるごとスポーツ』って番組があるのは知ってるか?」
「ああ、なんかよくやっとるな。昼も夜も。」
「そうそう。それの昼の部に毎年、県大会決勝出場の2チームが大きく紹介されるんだよ。
ベンチ入りの選手一人一人詳しく。「まるスポスペシャル 栄冠への道」ってタイトルで毎年やるんだ。関係者以外でも結構面白いよ。あれ。」
なるほど。だいたいはわかった。それにしてもあれは喜びすぎだろ・・・・・
「さあ始まるぞ!みんな静かにしろ!」
キャプテンがそういうと、部室が水を打ったようにいきなり静まり返った。
そして皆、ブラウン管に最大限集中した。
「今年もやります!甲子園にリーチをかけた2校を徹底的に解剖する「まるスポスペシャル 栄冠への道」!というわけで毎日様々なスポーツの情報を取り上げるこの番組も、今日は一日高校野球づくしです!
さて昼は先攻が予定されている川端西高校を完全解析します。まずはチーム紹介から行って見ましょう!
この高校の野球部の歴史はそれなりに古く、創部は学校開校の年の5年後です。
県大会でベスト16が1回と特に強豪でもなかったためか部員数が年々減り (暴力事件などについてはもちろん触れていない。イメージが悪くなるので)、3年前にはついに廃部まで追い込まれてしまいました。
しかしそこでそのチームを作り直したのが現監督の角田幸一先生。
圧倒的な実績に裏付けられた卓越した指導力でチームを見る見る間に強化し、川端西野球部はついに今年、新島県大会で決勝に進出するまでになったのです!」
ここで角田監督のインタビューが流れ始めた。・・・しかし角田監督の「圧倒的な実績」っていったいなんやろ?聞きたいのは山々だったが、場の雰囲気がそれを許さなかった。・・・・・・・・それにしてもみんなテレビに集中しすぎや。おかしいわ、これ。
「さあ次はいよいよ川端西高校18人の選手たちの紹介です!
膨大な走り込みによって作られた強靭な足腰。
それを元に放たれる冴え渡る直球、抜群のスライダー。
ここまで打たれたヒットはわずか4本。奪三振は一試合平均10個!
今大会NO.1左腕だ!背番号1番、木田寿和君! 」
こういったナレーションが、その選手の映像とともに流れるというシステムらしい。
「おお!これだこれだ!実際出ると感激ものだなぁ、うんうん。」
木田さんがブラウン管に映る自分の勇姿に見とれていた。
「冷静なリードと的確な判断力でチームを引っ張る。バントをさせれば成功率100%。
チームを支える職人!背番号2、荒川誠一君!
シュアなバッティングの左打者。高いミート力で安打を量産。
チャンスをものにする3番打者。背番号3、辺山貴法君!
セカンドという激務を果たしながらパンチあふれるバッティングでクリーンアップを勤める。
飛距離はチームトップクラス!背番号4、芦原悠君!
登録はサード。
だがMAX142キロの直球とコントロールを武器にした2番手ピッチャーとしての顔も持っている。
打撃でも4番を勤めホームラン2本、打率もチームトップ!
まさにチームの中軸だ!背番号5、谷嶋健太君! 」
「谷嶋いいなぁ、すごい評価じゃん!」
「よっ!チームの柱っ!!」
谷嶋さんは冷やかされいるが、まんざらでもなさそうだ。
「レギュラーの中でもっとも小柄ながらキャプテンとしてチームをぐいぐい引っ張る。
走攻守3拍子そろった2番打者。背番号6、浅越宏和君! 」
「うぅ・・・ついに俺も呼ばれた・・・・・これでやっと親に、今まで野球やり続けてきたことを納得させれるなぁ・・・・・」
浅越さんは涙ぐんでいた。何か深い事情がありそうだ。
「2年生ながら確実性の高い打撃が魅力。
準決勝戦ではチームの勝利への第一歩となる2ベースも放った。背番号7、角屋正一君!
こちらも2年生。しかしチームの核弾頭、1番打者。
三振は多いけどパワーは圧倒的。その力は2本のHRだけでは表しきれないだろう。
さらに俊足で、守備範囲は一級品。将来が楽しみなプレイヤーだ!背番号8、島田昭君!
さてスタメン陣最後を飾るのは3年生。
チーム随一の足と、強肩を生かした守備が持ち味。背番号9、須藤高志君! 」
時おり紹介された人が思わず喜んでしまうだけで、後はみんな集中しきっている。
よくこれだけ精神力もつなぁ・・・・・
「登板機会は少ないが貴重な3番手ピッチャー。しかしまだまだ2年生。
秋の大会では確実にエース候補だろう。背番号10、中津川慶君!
れっきとしたベンチ入り選手だが、時にはスコアラーも兼任する、情報分析のスペシャリスト。
その頭脳を生かしたリードがもしかしたら決勝戦で見られるかも!?背番号11、藤谷亮太君! 」
「いやー、そう来ましたか。プレー以外のところでもちゃんと見てくれてんるんですね。さすが新島県民テレビは違いますねー。」
何が「違う」のかはよくわからないが、藤谷さんはホクホク顔だ。
・・・
・・・
・・・
「お、ついに俺の紹介や!」
最初はこの空気になじめなった新月も、いつの間にかすっかり興奮していた。
「一年生ながらチーム1,2を争う、いや大会でも屈指の俊足はそれだけでも大きな戦力。
代走起用で盗塁を全て決め結果を残している。肩も強いぞ!背番号14、新月誠君!」
・・・
・・・
・・・
「確実なグラブさばき、驚異的な反応力で二塁守備はもはやチーム一といわれている。
まだ一年生なのになんと守備固めにも出場!背番号17、刈田恵介君!
いよいよ最後の選手だ。しかし実はこの人がダークホース!準決勝で試合を決めるタイムリーヒット!
左打席から放たれた1年生らしからぬ鋭い打球は今でも印象的だ!背番号18、南条圭治君!
さあこれで川端西高校の紹介は終了です!後攻の陽陵学園高校は夜の部で!
ではまた9時にあいましょう!それでは皆さんさようなら! 」
「はぁ〜〜〜」
番組が終わってみんな一気に力が抜けた。本当に必死で見てたからな・・・・
それはさておき、南条はある重要なことを確かめるため、木田さんに話しかけた。
「いやぁ、木田さん、疲れましたね」
「ははは。まだまだ走りが足りんな、お前らは」
うーん、この人はさすがだな。やっぱり全然疲れてない。じゃあ聞いても大丈夫か。
「そういえば昨日中学時代の友達と電話してて聞いたんですけど、木田さんって中学時代すごい有名な選手だったんですね。『新島の江夏』って言われてたとか」
と聞いている途中に、木田さんの顔が見る見る曇ってきた。あれ?なんかまずいことを聞いてしまったかな・・・・・
「・・・・・いずれ知られることになるとは思ってたけどな・・・・・あんまり自分からは言わないようにしてたんだけどな・・・・・・」
「え!?なんでですか?そんなすごい話なんでどんどん言わなかったんですか?」
「・・・すごい、か・・・確かにあの頃俺は、今よりいろんなところから注目を集めていたな。だけど俺は、あの頃の俺が嫌いだ。選手としても、人間としても。」
そういうなり木田さんは、部室から出て行こうとした。
「あ、いったいどこへ・・・・・」
「話聞きたいんだろ?いいよ。いずれは話さなきゃならんことだしな。・・・他に連れて来たいやつがあったら連れてきてもいいぞ。ちょっと場所を変えたい。」
木田さんの顔に、いつもの余裕が見られないような気がした。
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