去る者、行く者
7回の表。バッターは浅越さんからか・・・・・
こんなことを言うのは非常に申し訳ないんだけど、浅越さんのバッティングはあまり良いとは言えない。2番を任せられているのも、バントが上手いからだと思う。
ここまでの浅越さんの打率は・・・・・藤谷さんの「必殺諜報台帳」をのぞいてみる・・・・・2割5分か・・・・・
「キャプテン、どうですか?いけそうですか?」
やや不安になった刈田は浅越さんにたずねてみた。
「・・・ああ。ただの気のせいかもしれないけど、打てそうな気がする。」
そういい残して、キャプテンは打席に向かっていった。
庄原が振りかぶって第一球を投じる。
「シューーーーーーー・・・・」
「カンッ!」
グラウンドに快音が響いた。浅越さんはストレートを見事にはじき返した。
打球は左中間へ。浅越さんは・・・・・・1塁ベースを回った!・・・・・・まあ、あのコースだったらいけるだろう・・・・・・・・・・!?・・・外野手追いつくのはやいぞ・・・さすが新島県王者だ・・・・・
予想外に微妙なタイミングになってしまった。
浅越さんが懸命に走る。
レフトが鋭い送球・・・・・浅越さんが回りこんでスライディング。クロスプレーだ!
「ズザザッッ!!」
そのとき風が吹き込み、砂が大きく舞い上がった。2塁ベース付近が見えない・・・!
アウトか、セーフか、判定は!!・・・・・ああーもう、砂がじゃまだ!!
砂が沈んだ。
そこには手を左右に広げた審判と、うずくまる浅越さんの姿があった。
「!!!」
「どうした!!!浅越!!?」
チームメイトがベンチを勢いよく飛び出し、2塁ベースに走った。
「うぅ・・・・・・」
「浅越!大丈夫か!?」
「・・・・・ああ・・・・うっ・・・・・それより・・・判定はどうなった・・・?」
「セーフだ。セーフだよ。・・・・お前本当に大丈夫か?一人で立てるか?」
「大丈夫だ・・・・・ぐあっ・・・!!」
立ち上がった浅越さんはバランスを崩し、地面に倒れこんだ。
「これはまずいぞ・・・・・・担架をもってこい、急げ!!!」
そして浅越さんは、右足を抱え再びうずくまった。
担架が到着し、浅越さんは運ばれ始めた。
「キャプテン!!」
「誰だ?・・・・・新月か。すまん。今日はちょっと無理かもしれない・・・」
「無理・・・無理って・・・?」
「後はお前に任せた・・・・お前ならいける・・・・」
「浅越!どこをやられた?足か?」
「そうだ、谷嶋。・・・・・・たぶん復帰できそうにない。・・・・がっ!?」
「いいからしゃべるな。今は何も考えるな!」
「谷嶋、一つだけ伝えさせてくれ・・・・・あのピッチャー、確実に球威が落ちている・・・・・打った瞬間わかった・・・・・絶対打てよ・・・!」
「大丈夫ですか!浅越さん!?」
「・・・・・あと、一勝・・・・あと一勝だ・・・・・」
「え?」
「・・・・南条、あと一勝だ。・・・・絶対勝て。死んでも勝て。・・・・・「あの場所」に、絶対に行くんだ・・・!」
浅越さんの目が異常な光を放っていた。南条は思わず震えてしまった。
これはなんだ? 執念?
浅越さんは、ベンチ裏へと運ばれていった。
・・・
・・・
・・・
「・・・やっぱり無理そうなんか・・・難儀やなぁ・・・・・」
「・・・ただの捻挫では無いようです。腫れ方が異常です・・・」
「・・・・・ピンチランナー、新月!!出番や!!」
「・・・はい!!」
いつもなら少し戸惑う新月も、即座に返事を返した。明らかに顔つきが違う。
「浅越さん、行ってきます・・・・・」
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「ごめん、バテてきたみたい。どうしよ・・・・・」
庄原がキャッチャーに弱気な顔で言った。
「やっぱりな・・・・・お前が初球からあんな甘いコースにあんな球投げるわけないもんな。おかしいと思ったよ・・・・・」
「一応この半年間、よく走りこんだつもりなんだけどなぁ・・・・・」
「去年の古傷があるからな。ある程度は仕方ないさ。」
「よし、後は引出(ひきで)に任せよう」
庄原の意外な発言に、キャッチャーは驚いた。
「引出!?・・・・・確かにあいつはいいピッチャーだけどまだ1年だぞ。こんなな重要な場面で・・・・・」
すかさず庄原は返した。
「1年だからこそ、この場面なんだ。・・・それにあいつはただの「1年生」じゃない。これからの陽陵を背負って立つ存在だ。未来のためにも今のためにも、継投できるのはあいつしかいない。」
「未来はわかるが・・・・・今?」
「そうだ。今の時点でも俺は、引出が2番手ピッチャーだと思うぞ。」
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陽陵の監督が審判のところへ言った。選手交代?守備固め?
しかしなんと、そこでグラウンドを去ったのは庄原だった。
「やっぱり浅越の言うとおりだったのか・・・・・・」
谷嶋さんがつぶやいていた。・・・なんで?なんであんな恐ろしい投手を・・・?
そして代わりにベンチから出てきたのは・・・・・・・小さい!!?なにあれ、高校生であんな小さい投手・・・・・・・・・
「背番号16、背番号16・・・引出共和(ひきで・ともかず)・・・1年生!?こんな場面で1年生を使うんですか・・・・・」
藤谷さんが台帳を参照して驚いた。もちろんベンチの全員も。
「・・・にしても小さいな・・・160・・・はぎりぎりあるか・・・なぁ?」
小さい投手は、スリークオーターから小気味よくボールを放っていた。
「プレイ!」
ノーアウトランナー2塁で試合再開。ランナーは代走の新月。あいつの足だったらワンヒットで1点だな、確実に。
・・・・・この試合、いけるかも!
相手投手引出がセットから素早くコンパクトに・・・クイック上手いな。やっぱり小回りが効くんだろうな・・・投げた!!!
「ピシューーーーーー・・・・・ィィン」
「バシンッ!」
「ストライク!!」
「!!?」
・・・
・・・
・・・
あれが本当に1年生だろうか。あの球は本当にあの体格から投げられているのだろうか。
引出の左腕から放たれたボールは、鋭く回転して伸び上がってきた。
球速は130キロ足らず。しかし・・・・・・球質が良すぎる。そしてリリースポイントが低く見えにくい。その低すぎる身長は、大いなる武器となっていた。
・・・
・・・
・・・
陽陵の二番手左腕に、クリーンアップはランナーを進めることさえできず討ち取られた。
3番辺山さん、三振。
4番谷嶋さん、キャッチャーフライ。
5番芦原さん、ピッチャーフライ。
キレるストレートに、80キロ台のスローカーブも織り交ぜてきた。
7回の表。三者凡退。いまだにスコアは0−0。
川端西高校に募った希望が、消えてしまうのだろうか・・・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
谷嶋さんは7回もきっちりと抑えた。2番、3番をゴロにしとめる。
4番の開成にはボールを見られて、四球になってしまった。
1塁に向かう前に、開成はタイムを取った。
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「どうしたんだ、開成?」
「あのピッチャーの球、なかなか速いが威力はそうでもない。・・・・・・思い切り振りぬく必要は無いぞ。よく見て当てていけ。予想以上に飛ぶはずだ。」
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開成は1塁に向かいタイムは解除。
相手の5番バッターへの一球目・・・・打ってきた!
「カンッ!!」
ん!結構鋭い当たりだ!!
・・・・・だが、打球はショート新月の真正面をついた。3アウトチェンジ。
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
引出の勢いも衰えない。それにしてもあんな1年生がいたとは・・・・・偵察に行った藤谷さんも知らなかったようだ(本人はそれをかなり悔しがっている)。
8回の表も三者凡退。スローカーブがかなり厄介だ・・・・・
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・・・
8回の裏、谷嶋さんが捕まり始めた。
1アウトのあと、7番がヒット。8番もヒットと連打。
シングルヒットだったのが幸いだった。9番には丁寧に投げ、ダブルプレーに抑えた。しかし、やや暗雲が立ち込めてきたような気もする・・・・・
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引出の快投が続く。30キロの球速差、いや、ストレートのキレのためにそれ以上にも見える直球とカーブのコンビネーションに、バタ西打線はきりきり舞いさせられた。
9回の表も三者凡退。そろそろ攻略の糸口を見つけないと・・・
・・・
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・・・
9回の裏。陽陵学園の1番打者が出塁した。一打サヨナラもあるこの回。バタ西ベ
ンチに緊張感が走る。
「・・・ちょっと見られてきてるな。さすがにあの高校の選手は一人一人がよく鍛
えられている・・・・・」
木田さんが堅い面持ちでつぶやいた。
・・・
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・・・
2番打者はセオリーどおりバント。1アウト2塁。絶体絶命だ。
しかし次の3番打者に、谷嶋さんは四球を与えてしまった。平常心をかなり失っている。これはまずい・・・・・
ここで捕手の荒川さんがマウンドへ言った。
「どうする?次は開成だ。わからんように逃げるか?」
「・・・・・確かにあのバッターは今日の陽陵打線の中で一番球が見えている。・・・・・・でも、俺は逃げたくない。勝負したい。」
「・・・しかし、試合のためには安全な方をとったほうが・・・・・」
「・・・・・浅越は絶対に甲子園に出ろといった。でも、そういう形で出られたとして、あいつは本当に納得するか? 本当に喜ぶか?・・・・・・もしあいつがそんな奴だったら、俺はここまであいつについてこなかった。」
谷嶋さんは力強く逃避を否定した。
「・・・その通りだな・・・全くお前も、気の強さはあいかわらずだな・・・・」
「それが俺の持ち味だ・・・行くぞ!」
しかしそうは言い切ったものの、谷嶋さんの手はかすかに震えていた。
・・・
・・・
・・・
谷嶋さんが4番開成に対して第一球を投げる・・・・・・うわっ!!
「ボール!」
球はストライクゾーンのはるか外で、キャッチャーミットに収まった。荒川さん、よく追いついたな・・・・・
「いつもの谷嶋じゃない・・・・・」
「あいつがあんなに緊張することもあるんやな・・・・・そらそうか。こんな状況で平静でいられる奴なんか、もう人間ちゃうわな・・・・・」
監督はため息をついた。
谷嶋さんの投じた第2球目。
だが、その球の行方はバッテリーの思惑を外れた。
ピッチャーはマウンド上で「あっ!」という顔をした。
ボールは開成の肩の当たりに向かって進む。そして曲がる。
肩口からストライクゾーンに入るカーブ。投手が最も投げてはならない球。
新島県最高の高校生打者とも言われる陽陵学園の四番打者が、その球を逃がすはずも無かった。
太い腕によって振りぬかれたバットが白い軌道を描いて一閃した。
その瞬間、グラウンドは二つに分かれた。
戦場を去る者、そして栄光の場へと行く者。
川端西 0−3× 陽陵学園
2004年新島県夏の大会が、終わった。
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