刈田恵一の甲子園講座

 

___________________9月3日_____________



「・・・へぇ〜。陽陵ってベスト4までいったんだ。すごいな。そりゃ負けても仕方ないよな。ははは。」
「・・・・・・ははは、じゃないよ。ジョーは本当に何にも知らない、と言うか調べようとしないんだな・・・」


川端西高校野球部部室の日常的な光景。今日も刈田が、南条の情報音痴にあきれている。
「じゃあ聞くけどさ、いやこれぐらいは知ってると思うけどさ、今年の夏の甲子園の優勝校はどこでしょう?」
「うーん・・・・・・・・・・
知らん。」

だめだこりゃ。つくづくだめだ。
「・・・・・・高校野球、全然見てないのか?」
「いや、見てないことは無いよ。陽陵も二回戦ぐらいまでは見てたし・・・」

「で、途中までは見てたけど途中でめんどくなってみるのやめた、と。」
「そうなんだよ。なんか俺、野球するのは好きなんだけど、見るのは根気が持たなくてあんまり好きじゃないんだよ・・・」


それでも高校球児なら甲子園ぐらい見ろよな・・・・・・よし、決めた。


「本当にお前ってやつは・・・・・・よし、今日は俺がジョーのために楽しい甲子園講座を開いてやろう!」
「楽しい甲子園講座?なんだそれ?」
「2004年の夏の甲子園についてみっちり解説してやる、ってこと。これでジョーも少しは九回のことがわかるようになるはず。」
「・・・・・面倒だなぁ・・・」

そう言うかと思った。でも、ここは無視して進めよう。


勝者の条件、それは相手を知り己を知ること。南条はあまりにも相手を知らない。これじゃいくら能力があってもなぁ・・・


「やっぱりこの本を使うかな。・・・・・・ほら、「栄冠への道 甲子園ダイジェスト特別号」だ。」

刈田が差し出したこの雑誌に、南条は見入った。
「・・・なんかいろんな情報載ってるな。へぇ〜。」
「・・・お前さ、例えば本屋でこういうの立ち読みしたり、買って読んだりしないのか?」
「・・・・本自体、あんまり読まんからなぁ・・・・・・」


「全くお前は家でなにして過ごしてるんだよ・・・・・・まあいいや、まずは手近な陽陵のことから説明していこうか。

さっきも言ったけど、陽陵学園は今年はベスト4。庄原を中心とした快進撃。ほら、こんな感じだ。」


と言って、刈田は雑誌に載っている庄原の写真を見せた。


「『新島の技巧派右腕がうなる、いや、指がしなる!』、か。すげー。・・・お、この握りはお化けフォークか?すごかったよな。」
「そうそう。このお化けフォークでなんと一試合平均11個の三振を奪った。プロからの注目度も急上昇みたい。」


「この隣の写真は引出か。・・・・・・しっかし小っちゃいなぁ・・・」
「でもリリーフとして全試合に出場・・・」
「全試合!?1年生なのに!?」

「そう。新島県大会決勝でもそうだったけど、庄原ってあんまりスタミナないんだよな。まあ彼の場合、古傷のせいもあるんだけど・・・」
「古傷?」

ちょっと気になる単語が飛び出して、思わず南条は聞き返した。

「ああ、そうか。やっぱりそれも知らないんだな。
古傷って言うのは、庄原は2003年の夏の甲子園の出場前、要するに新島県大会の後ぐらいにな、ひじを痛めたんだ。それで去年庄原は甲子園には出られず、結局陽陵は甲子園で1回戦敗退した。まあそういうことだ。」


ふーん。だからあんなにすごいピッチャーなのに新月もあんまり知らなかったんだな。

「つーことで庄原−引出のリレーが上手く機能して、陽陵はベスト4まで駆け上がったわけだ。」


「・・・・・あ、そういえばさ、あのなんだっけ、なんかすごいバッターいたよな。あの人はどうなったんだ?」
「・・・開成だろ。覚えとけよ・・・・・うん。こっちもかなりすごかった。甲子園では4割、3本塁打、9打点。」
「はぁ〜、なるほど。かなりすごいな。」
「そうそう。そんなすごい陽陵だったけど、それを破ったのがまた変わったチームだったんだ。」

変わったチーム、か。どんなんだろう?

当初は面倒がっていた南条だったが、どんどん刈田の話にのめりこんでいた。


「山口の長州学院ってところで、左右の変則派ピッチャーが一試合を半分ずつ、担当して投げるんだ。」
「半分ずつ・・・・・って、5回まで投げて交代、って感じ?」
「ご名答。右のアンダースロー、草分(そうぶ)。左のサイドスロー西間(にしま)。常に、この2人で試合を作っていた。・・・今までの高校野球にはありえないパターンだからね。もしかしたら今後の高校野球に革命をもたらす存在になるかもね。」


ふーん。草分と西間、か。どれどれ、ちょっと雑誌で調べてみよう。



どちらのピッチャーも2年生。草分はアンダーから、130キロ代前半だが大きく浮き上がってくるストレートを、西間はサイドからなんと140を越えるストレートを投げ込んでいたらしい。大会での失点は、二人合わせて6試合で4点。・・・すごいな。


でも、なんで完投しないんだろう?スタミナ不足なのかな?・・・・・・あ、長州学院の監督インタビューが乗ってる。


『なぜこのような分担性を取り入れようと思ったんですか?』
『あの二人はね、別に完投しようと思えば完投できるんですよ。ただ二人ともああいう投げ方だから結構負担がかかる。どうしても完投しようと思えば球の勢いは落ちてしまうわけですよ。甲子園、ということで連投も必要になってきますしね。

そこで考えたのがこの分担制。全力を出す二人に一試合を担当させる、つまり超高校級の投手を一人創り上げる。
こうすることによって、守り勝って優勝を目指そう、というのが今回の長州学院の戦略です。」


なるほどなぁ。高校野球といえば完投、の定石を壊す。今後の高校野球界に革命をもたらすかも、か。


「すごい采配をしてたんだなぁ。へぇ〜。・・・で、やっぱりここが優勝したのか?」
「そう思うか?うん。確かに長州学院の力はすごかった。しかしそれを超える集団がいたんだ。」
「上には上がいるんだなぁ・・・・・」


「全くそうだよな。その優勝校って言うのが京都の七条高校ってところで、なんとそこのエースピッチャーは1年生なんだよ」
「また1年生!?え、1年生って俺たちと同い年だろ!?それで甲子園優勝って・・・・・・」
「俺も信じられないよ。だがあのピッチャーは本物だ。大河内って言うピッチャーで・・・・・」


と、そこまで言いかけたとき、部室に新キャプテン角屋さんが乱入してきた。

「こらお前たち!もう練習始まるぞ、早く出て来いよ!」
「・・・あ、すいません。南条に今年の甲子園のことを教えてて・・・・・・」
「・・・確かに過去のことを研究するのも大切だけどな、今は目の前の、9月18日からの大会のことだけを考えろ。」


角屋さんの言うとおりだな。
熱心に説明してくれた刈田には申し訳ないけど、今は秋季大会でのベンチ入りに向けて自分の練習をきっちりしないとな。


南条と刈田は、背番号のないユニフォームをまとってグラウンドへと飛び出して行った。

 

 

 

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