糸
「あいつとはな、小学校の頃からの友達なんだ。」
グラウンドの外からひらひらと葉が舞い降りてきた。うっすら赤みがかっている。もう秋か・・・・・
「川端三中で啓はエースで4番、俺は今と同じで1番センター。俺だってその当時はピッチャーもやりたかったし4番も打ちたかった。・・・でも、啓にはどうしてもかなわなかったなぁ。とにかく球は速いし、ミートの技術は天才的だし」
そう語る島田さんの顔は輝いていた。
「そんな感じでずっとやってて、二人で川端西高校に入れて、これから先もずっと一緒に野球できると思っていた。
実際、夏休みぐらいまでは普通にやってたよ。啓は高校でも頭角を現して、夏の大会でも2回ほど代打で使われた。
秋季大会では絶対一緒にレギュラーになろうな、って約束してたのに・・・9月ぐらいかなぁ、啓が変わり始めたのは。」
雲が出始めた。・・・秋の空、か・・・・・・・
「急に練習をまじめにしなくなって・・・・・・ちょくちょくサボるようになった。それだけならよかったんだけどな・・・・・・
ある日から、あいつはおかしなことを言い始めるようになったんだよ。「こんな公立高校で甲子園になんていけるわけがない。行けたとしても、負けに行くようなもんだ。俺たちがどうがんばっても、それは無駄な努力だ。」ってな。
こんなことをまわりに聞かせて、悪い空気を広げて行く啓に監督は激怒した。そりゃそうだよな。監督はもちろん、みんな一丸となって甲子園を目指そう、って時にそんなことを言うやつが許されるわけないよな・・・・・
そこで啓もやめりゃいいのにな、とことん刃向かっていったんだよ。本当に何があったんだか・・・・・・
そしてついに監督を殴ったあげく 」
「・・・殴った!?」
「ああ、そうだ。・・・・・・本当になんであんなことになったか分からない。その後な、「お前らせいぜい2年間を無駄に使うがいいさ。俺が知ったことじゃない。二度と野球なんかやるか」って言って、このグローブを叩きつけて去っていった。」
島田さんは、持っていたグローブをもう一度見つめた。
「それが1年前の出来事だ。・・・確かに監督が許さないのはよくわかる。
でもさ、今啓は本当に真剣な気持ちで謝ってるんだ。そしてもう二度と野球をやらない、と言っていたのに戻ってきたんだ。それでいいじゃないか!なんでもう一度野球やらしてあげないんだ!」
再び、沈黙に包まれた。
「・・・島田さん」
「・・・すまんな。いきなり大声出して。
啓はな、俺の目標だった。どんどん、際限なく体が大きくなっていって、野球もバンバン上手くなっていって、俺なんかじゃ到底追いつけそうにない。追いつけそうにないけど、いつか追いつきたい、そんな気持ちで俺は野球をやってきたんだ。ずっと。
なのに1年前あいつは野球をやめてしまって・・・・・・そのとき俺は本当に悲しかった。しばらく何もする気になれなかったよ。
でも、やっと、やっと啓が戻ってきたんだ。野球をやり始めようとしてるんだ。それなのに、なんで、なんで・・・・・・・」
空がいっそう濃い雲に包まれていく。
グラウンドに影が下りる。
うつむいた島田さんに、南条は何も言うことが出来なかった。
「・・・ワシはここの高校で甲子園を目指している。バタ西の生徒たちを甲子園に連れて行くため努力している。他でもない、川端西高校を率いて甲子園に行くから意味があるんや」
「・・・監督?」
島田さんの話を聞いていたのか、聞いていないのか、それは分からない。いつの間にか、角田監督が近くに立っていた。しかし、監督は呼びかけても反応しない。
「そりゃ、推薦で選手を集めているような高校で指揮すれば、割合楽に甲子園に行けるかもしらん。でも、ワシが目指してるのはそんなんと違う・・・・本当に0から始めて、そこから栄光の場を目指す。それが今、ワシがやっていることや。
それを否定するやつは、この野球部に必要ない。断じて関わらせたくない。そのためには・・・・ワシは鬼にだってなる。」
監督は、中空を見つめてそう言い放った。
「監督、啓はもうあんな考えを捨てて・・・」
「自分が嫌になったらやめて、やる気になったらやる。そんなええかげんなやつも、ここにはいらん。
どん底から這い上がった木田、エースになれず苦悩した谷嶋、自らの精神力と戦った浅越。ここで野球をやって、そして去って言ったやつはまだまだおるけど、挙げだしたらきりがない・・・・・でもそいつらに共通して言えることがある。・・・みんな真剣なんや。誰一人、ええかげんな気持ちでやってない。
その上に今のワシらは立っている。その重みを・・・・・揺さぶるやつは、誰がなんと言おうといらんからな。」
監督はそう言い放って、立ち去った。
複雑に絡まった糸は、そう簡単にはほぐれないようだ。
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