血の通ったリード

 

__________________9月27日 3回戦 新陽球場_________________


「あれ?引出君のあの腕・・・・・・」
自他共に認める観察眼が持ち味の藤谷さんは、引出が姿を現すとすぐに左腕の異常に気づいた。
「・・・この前南条と新月が偶然街で出会ったらしいんですけど、そのとき聞いた話ではちょっと前に怪我したって・・・・」
「ケガ!?それは大変だ・・・・」
藤谷さんは素直に驚いた。刈田も、最初新月からそのことを聞かされたときはかなり驚いた。


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「よお、引出!」
「あ、新月。先日はどうも。」
新月は試合直前にもかかわらず、引出に気安く話しかけた。
「・・・で、どないや?調子は。と言うか、何のケガなん、それ?」
「うーん・・・どうやらしばらくは投げられなさそう。骨は折れてなかったけどねんざしたみたいでね・・・・・・」

「そうか・・・・・・ほんま残念やな・・・・・・君とはぜひ一度対戦したかったんやけどな。」

新月の思いがけない一言に、引出の顔は輝いた。
「え!?そうだったの!?そりゃ嬉しいな」
「同学年にこんなすごいピッチャーがいるのに、気にならんわけがないやろ・・・しかもこんな小っこいのに」
新月は笑顔で引出の頭に手を置いた。

「うるさいなぁ、小さいは余計だよ・・・・・・まあそういわれると、出れなくてつくづく残念だなぁ・・・・・・」

そのとき新月は、遠くから誰かが叫ぶ声を聞いた。
「・・・あっ!監督が呼んどるみたいやからこれで。・・・ねんざ、ゆっくり治しいや。」
「うん。・・・・・・あ、そうそう。これからもいろいろ情報交換とかしたいから、メルアド教えてくんない?」
「お、名案やな。えーとなー、newmoon06@の・・・・・・」

こうして、試合直前にもかかわらず、交流も深め合う二人であった。
もちろん監督の招集に遅れた新月はたっぷりと怒られてしまった・・・・・・・全く・・・・・


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「プレイボール!」
先攻は陽陵学園。オーダーは9人中左打者を5人もそろえてきた。藤谷さんがそのことで何か悩んでいたようだったが・・・・

ピッチャーの中津川さんが、振りかぶってオーバーから第一球を投げた。

「カキンッ!」
「「あっ!」」

陽陵の左打ちの1番打者は、初球から思いっきり叩いてきた。
打球は・・・・・・・・右中間だ・・・・・・島田さんがすかさず追いつく・・・・だがランナーは2塁へ向かう!・・・・・・・・・島田さんが送球する・・・・・・・正確な送球がランナーの滑り込みとほぼ同時に・・・・・・・・・どうだ・・・・・・・!?

「セーフ!」

・・・・・・あーあ、2ベースか・・・・・・・1回からいきなり大変だな・・・・・・



ノーアウトランナー2塁。呼吸整える間もなく、ピンチはやってきた。
「タイムお願いします!」
ここで藤谷さんがタイムを取り、ピッチャーの方へ何やら言いに行った。


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「サイン、見えてますか?」
「この前も言ったようにそれは大丈夫なんだけど・・・・・・」
「初球はボールに、ってサインでしたよ。よりにもよってあんな甘いところに・・・・・」
「ごめんって。次からはちゃんとするよ・・・・・・・」


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「プレイ!」
2番打者が打席に入る・・・・・・・っと、これも左か・・・・・・


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陽陵の猛攻撃が始まった。2番はセオリーどおりバント・・・・・・をせずに強打。引っ張った打球はライト前へ。
幸いゴロで1,2塁間を抜けただけのため2塁ランナーは返れずノーアウト1,3塁。

だが次の3番打者にまたもや安打を許す。センター前ヒット。1点追加。ノーアウト1,2塁となった。

4番 四球 満塁
5番 2ベース 2点追加 ランナー2,3塁
6番 左中間へのヒット 2点追加 ランナー1塁


打者6人。まだ、1アウトも取れない・・・・・・


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「タイム!」
ここで再び藤谷さんが中津川さんに駆け寄った。
「球威は少々落ちてもかまいません。コントロールをもう少し重視してくださいよ。」
「・・・わかってるよ。俺だって努力してるよ。」
「・・・・・・もう少しミットをよく見て、体全体のブレに気をつけて、踏み出す足を・・・・・・」
「うるせぇな!それぐらいわかってるって言ってるだろ!」

中津川さんの剣幕に、藤谷さんは一瞬ビクッとした。・・・だが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「・・・くれぐれもお願いしますよ。中津川君。」

ピッチャーは相当イラついている、これはまずい・・・・・・


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試合再開。中津川さんがセットから7番打者に投げる。
「シューーーーーー・・・・・・パシッ」

と、捕球した瞬間、藤谷さんが動いた・・・・・・・1塁に送球!
「うわっ!」
あまりの素早さ、思いがけなさに、1塁ランナーは反応できない。藤谷さんからの送球を受け取ったファーストがタッチする。
「アウトッ!」

ふぅ・・・・・・・何とか1アウト・・・・・・・だが、以前ランナーは3塁。ピンチには変わらない。


中津川さんが第2球目を投げる。左打者の内へ食い込むスライダー・・・・・・ストライク。
第3球目。高めのストレート・・・・・・
「ガキッ!」
・・・ファールか、惜しい。だが、1アウトになったことによって幾分落ち着きが戻ってきたような気もする・・・・・

そして第4球目。外角低めへのカーブ。

「キンッ」

よし、狙い通り!バッターは引っ掛けてしまった。打球がライトの角屋さんのほうへふらふらと上がる・・・・・・・取った。
これで2アウト・・・・・・・・ん!?ランナーがスタートを切った!?タッチアップか!?・・・・・・・しかし角屋さんが取った位置は定位置より前。送球が正確にくれば十分・・・・・・・・・・来た!

「バシッ・・・」
藤谷さんは、落ち着いてバウンドするボールをさばき、ランナーにタッチした。
「アウト!」


・・・・よしよし、3アウトチェンジだ。しかし5点は重いな・・・・・・この試合、ちょっと厳しそうだぞ・・・・・


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ベンチに帰ると、バッテリーが角田監督に呼ばれた。
「なんか、お前マウンドで怒っとったな。・・・・・・中津川、藤谷がなんか言うたんか・・・・・」
「・・・・・・サインを確認しろ、とか、球威はいいからコントロールに気をつけろ、とか・・・・・・」
「ほんまにそれだけか?他になんか言われたんやろ?ワシは元投手やからよくわかる。普通マウンドでの相談ぐらいでは、あんなことにはならんはずやで?」
角田監督は、中津川さんの目をじっと見てそう言った。

「・・・あとは・・・体のブレに気をつけろとか、軸足がどうのこうのとか・・・・・・」
「いや、キャッチャー側から見てちょっと気になったので・・・・・・」
藤谷さんがそう付け加えた。藤谷さんとしては、別にそれが悪いとは思っていなかった。だが・・・


「・・・・・・藤谷、普段の練習でそういうアドバイスをするんやったら別にええんやけどな、さっきみたいに試合中で、それもあんなピンチの状態でそれをいうのはどうかと思うで。」
「・・・え、でも、改善点を教えれば苦境を切り抜ける手がかりになるかと思って・・・・・」


角田監督はしばらく考えたあと、こういった。
「あのな、投手っていうのはな、普段そういう基本のところをみっちり練習してきて、そして本番でもちゃんと意識してるんや。・・・・・・でもそれでも打たれてしまう。自分の思うように球がいかん。そういうことはしょっちゅうある。そやろ?」
「はい・・・」
「そういう時にな、キャッチャーはどうすればいいか。・・・・・・ただなんもごちゃごちゃしたことは言わんと、がんばれ、と肩を叩く。これだけでええんや。それでピッチャーは楽になってええ球が行くようになるはずや。・・・・・・あんまりごちゃごちゃ言うたら逆効果。ただでさえ打たれて困ってるのにな、そんなややこしいこといわれたらたまったもんやない。そやな、中津川?」
「ええ、まあ・・・」

藤谷さんが、自分の行いをゆっくり反省するかのように何度もうなずいている。
「藤谷、ええか。お前の理論はかなりきっちりしとる。その点ではキャッチャーとしてすでにかなりええ感じやと思う。
ただ問題は、ここや、ハートの問題や。」
そういって、監督は藤谷さんのの胸を軽く叩いた。

「ピッチャーが投げる。キャッチャーがそれを受け取って返す。そしてピッチャーがまた投げる・・・・・・ピッチングって言うのはな、バッテリーによる会話なんや。だからそこには血が通ってないと、絶対にええもんはでけへん。」
「・・・血の通った会話・・・・・・」
「そうや、藤谷。これからのお前の課題はまずそこやな。ピッチャーの気持ちをよく知り、その上でいかにしてピッチャーの力を引き出していくか。確かに理論も重要やけど、それだけでは限界があるさかいにな・・・・・・・・ま、キャッチャーもそうなんやけど、中津川、お前ももう少し冷静に、そして基本を思い出しながら投げていけ。十分わかっとるとは思うけどな。」

「「はい」」

2人とも、少し自分が成長したような感じがした。


そして、角田監督は今まですっかり忘れていたかのようにグラウンドを見た。
「お、ランナーでとるやないか。南条か・・・・・・立派立派・・・・・って、次のバッター中津川やん!早よ行かな!」
「あっ、はい!」

中津川さんはあわててバットを抱え、打席へと向かった。


1回の裏。1アウト1塁。すでに開いてしまった5点の差を、果たしてひっくりかえすことができるか・・・?

 

 

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