覚醒

 

南条君がマウンドへ上がっている。もちろん、今日が初登板。・・・それも練習から通じて、だ。
確かに彼の肩は強い。すごく強い。
(でも、ただ肩が強いだけではダメなんですよね・・・・・・)

野手と投手の球は違う。何が違うかというと、球の質がぜんぜん違うのだ。野手がいきなり投げても、球速だけなら投手にも引けを取らない、いや、それ以上に速いかもしれない。だが、それだけでは、投手として抑えることはできない。
「打者にとって打ちにくい球を作る」ために日夜練習する、それがピッチャーというポジションなのだ。

藤谷さんはそんなことを考えながら構えていた。
「・・・さて、南条君の球、見せてもらいましょうか。」
ピッチャーが振りかぶる。足を上げて・・・・・・意外ときれいなフォームですね・・・・・・投げた!

「シャーーーーー・・・
・・・バンッ!」
「!?」

・・・・・・あれ?なかなかいい感じ・・・・・・?

角田監督の言ってたこと、本当かもしれないぞ・・・・・・・


・・・
・・・
・・・


「監督、柴島、結構抑えてたじゃないですか。なんでいきなり・・・・・・」
納得のいかない顔をしていた柴島がおそらく感じているであろう心境を、刈田が代弁した。
「3回、4回は、な。確かに、うまいことかわしとったな。・・・だが、それもそろそろ限界やと思うんや。正確に言えば、まだ「限界」の手前。でも「限界」が来て打たれてしまってからでは遅いからなぁ・・・・・1点でも取られたらあかんねや。今は。」
「限界?」
「柴島は腕の出所が見にくいから初対戦の、特に左打者には相当打ちにくいやろ。しかし、いかんせんまだちょっと球威不足やからな・・・・・・・さっきの回もヒットは打たれんかったけど、だんだん合わされとったっしな。」

うーん・・・そうは見えなかったけどな・・・・・・・まだまだ俺は修行不足、なのかな・・・・・

「でも、代えるにしても、何で南条なんですか?」
刈田を始めチームのほとんどが抱いている疑問をたずねた。
「ま、それは今から見てればわかるわ。・・・・・・ひとつヒントをあげるなら、チェンジアップ効果、やな。」

・・・・・・うーん、ますますわけがわからなくなってきたぞ・・・・・・
しかし実は、そのヒントにベンチの何人かは納得したようだった。


・・・
・・・
・・・


「プレイ!」
5回の表の陽陵学園の攻撃。この回の先頭バッターは・・・・・・すでに2安打を放っている5番打者だ・・・まずいな・・・
南条が振りかぶって、オーバースローから第一球を投げる。
「シャーーーーー・・・・・・バンッ!」
「ストライク!」
バッターはいきなりの速球に驚いたようで、身動きひとつしなかった。・・・それにしても藤谷さん、いきなりど真ん中とは大胆なリードをしてくるな・・・・・・初球から打たれたら俺、へこんでもう投げられないよ・・・・・・・


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・

「お疲れー!」「南条、よかったぞ」
ベンチのメンバーが南条を迎える。
「刈田君、何キロぐらい出てましたか?」
刈田はあわてて記憶を探った・・・・・・確か・・・・・
「えーと・・・MAXで134キロです。」
「ふふふ、やはりそうですか・・・・・・・たいした原石が現れましたね。まさか、いきなりあの打線を抑え込むとは」
藤谷さんはほくそえんだ。
そう、5回の表、南条は陽陵学園を無安打に抑えたのだった。

速い。とにかく速い。・・・・・・ように見える、球速差で。中津川さん、柴島、どっちもあんまり球速は速くないからな・・・・・・・・・・・・あっ!?、これが「チェンジアップ効果」か!?なるほど・・・・・・・・

・・・
・・・
・・・

「そういえば藤谷さん・・・・・・」
攻撃に入る前のバタ西ベンチで、南条は藤谷さんに聞きたいことがあった。
「なんかサインがど真ん中ばっかりだった気がするんですけど・・・・・本当にいいんですか?」
「・・・・・・南条君、コントロールに、自信はありますか?」
「・・・え???」
逆に聞き返されて、南条は困惑してしまった。

「たぶんちょっと厳しいでしょうね・・・・・・高校に入ってから一回も投手の練習をしてないというのが信じられないぐらい、君はいい球を投げますけどね・・・・・・ただコントロールばかりは、才能だけではどうにもならないですからね。」
「はぁ・・・」
才能・・・才能、か・・・それがないから、今こうして、自分も含めて驚きを与えることになっているんだけどな・・・・・・

「ですから、ど真ん中を指示して思いっきり投げてもらうしかない、と思いましてね。・・・まあ球もある程度散ってますし、なかなかいい感じですよ。それだけの球威があればそう簡単には打ち込まれないでしょうし。」
なるほど・・・そうだな。下手にコントロールを意識して球威が落ちたらどうしようもないもんな・・・・・・

「しかし、それでは近いうちに限界が来るかもしれません。僕がそう感じたら、サインを出していろいろなコースに投げてもらうかもしれませんが・・・・・・いけますか?」
「・・・ええ、はい。指示通り投げれるかどうかはわかりませんが・・・・・・」

返事はしてしまったけど、自信ないなぁ・・・・・・・・・えーと、確かコントロールをつけるには・・・・・
南条は、昔教えられたことを必死に思い出そうとしていた。

「あ、それとですね、南条君、カーブ投げれますか?」
「カーブ・・・ですか・・・・・・多分投げれないことはないと思いますけど・・・・・・」
こうして初めての、南条−藤谷バッテリーの打ち合わせが始まった。

・・・
・・・
・・・


5回の裏。川端西高校の攻撃は8番の山江さんから・・・・・・・・と、ここで陽陵ベンチが動いた。
「なんか忙しい試合だな・・・・・・」
そのあわただしい動きの渦中に位置する南条がつぶやいた。
「・・・そうですね・・・・・・ピッチャーを交代するみたいです・・・背番号15、西清志・・・・・左投手ですか・・・・・・おそらく島田さんから続く左打者への対策でしょう。でも、なんでここで代えるんだろう・・・・・・・」
藤谷さんは、やや得心いかない顔で諜報台帳をパラパラとめくっている。

「ま、回の頭から投げたほうが、投手としてはずっと楽やからな。」
角田監督が元投手ならではの解説を加えた。最近、そういう動きが多くなってきたな、この人・・・・・・


・・・
・・・
・・・


山江さんが三振に討ち取られて1アウト。・・・次のバッターである新月は奮い立っていた。

「ふふふ・・・・・・やっとあのうっとうしい投手がおらんくなったで・・・・・ようやく俺の時代が、来たな・・・・・」
スライダー、カーブを中心とした右腕浅野。その外にスッと逃げる球に苦しめられてきた新月。
どうやら今から投げるピッチャーは、右打者の外に逃げる球は持っていないらしい。これで、思いっきり振れるで・・・・・・


ついに、新月誠、覚醒や!


新月が、右バッターボックスに入った。
「プレイ!」
マウンド上のピッチャー西が、ランナーはいないもののセットポジションから投げた!

「キンッ!」「よっしゃ!」

初球に神経を研ぎ澄ましていた新月が低めの球を捕らえた・・・・・・・・・・・打球はピッチャーの足元を抜けセンターへ・・・・・クリーンヒットだ。
「新月!」
「ははは、好球必打、や!」
この大会、初めて納得の行く当たりを出せた新月は、期待にこたえられたことに内心ほっとしていた。

・・・
・・・
・・・

陽陵の作戦は外れた。確かにデーターの上でも、本人の意識の上でも、島田さんは左投手を苦手としている。だが、絶好調の今日の島田さんにそんなことはなんの関係もなかった。

当然、とでもいうかのようにまずは新月がやすやすと盗塁し、ランナー2塁。

その後、島田さんは鋭く一、二塁間を抜くヒットを放つ。
新月にとってホームに帰るにはそれで十分だった。1点追加。

さらに2番南条。その打席内で、島田さんが盗塁を決める。
再びチャンス・・・・・・・だが、南条は低目へのフォークでゴロに討ち取られた。しかしその当たりは高いバウンドとなり、セカンド方向へ跳んだ。・・・・・・それを見て、二塁ランナーの島田さんは三塁へ向かった。・・・・・・と、陽陵のセカンドが、三塁に送球した!・・・・・・微妙なタイミングだ・・・・・・しかし島田さんのほうが一瞬早かったような・・・・・・


「セーフ!」


よし!1アウト、ランナー一、三塁!打席は途中交代の具志堅へと回った・・・・・・


9月からバタ西の球児となったこの男の腕に、今日の試合がかかっている・・・・・のかもしれない。
とにかく、あと一点。何とかとってほしいところだ・・・・
・・

 

 

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