いきさつ、期待

 

試合終了後のベンチ。この球場ではこの後、試合の予定はないようだ。
・・・まだ引き上げまでには時間があるな。よし、ここで聞いておいたほうがいいだろう。

「南条君、お疲れ様でした。」
「あ、どうも。」
藤谷さんは、改めて南条をねぎらった。

「・・・それでですね、少し聞きたいことがあるんですが・・・・・・監督も交えて。」
監督も?なんだろう・・・・・・南条がそう思っている間に、藤谷さんは監督を呼び寄せた。

「なんや、藤谷。・・・たぶんあれや、南条が本当に昔ピッチャーをやっとったかどうか、について聞くつもりやろ?」
「その通りです。監督。・・・・・・南条君、そこのところはどうなんですか?」
「・・・ええ、確かにピッチャーをやってたこともあります。結構昔の話なのですが・・・・・」

ここで正式に、南条が元投手であることが発覚した。


角田監督は、やっと納得した、という顔でうなずいた。
「やっぱりな。お前の守備の時の送球とかを見て、ずっと違和感は感じ取ってんけどな・・・・・・なんでこんなええ球投げるやつが、ポジション希望のとき投手の「と」の字も持ち出さんかったんやろ、と思ってな・・・・・・」
「そうですね・・・・・・で、南条君、いつぐらいまで投げていたんですか?」

南条は昔の記憶を引っ張り出した。
「えーとですね・・・確か中学の・・・三年生の頭ぐらいまでだったと思います。」
こうして、南条が投手を辞めるまでのいきさつを語りだした。


「そのときまでずっと、俺は投手として野球をやっていました。特に、小学校のころは投手以外のポジションをやるなんて考えられなかったぐらいです。・・・中学になってからですね。初めて俺を脅かした同級生が現れたのは。
楠木、ってやつで、とにかくでかい奴でした。球がすごく速かったですね・・・・・・中学一年の野球生活は、とにかくそいつとのレギュラー争いでした。その時点では五分五分。コントロールと球の切れは俺のほうが上、速さと球の重さは楠木の方が上、で。」

その同級生の名に、藤谷さんが反応を見せた。
「楠木・・・・・・聞いたことがあります。パワーあふれるファーストとしてシニアリーグ界では有名な人で・・・・・・あれ?その人ももともとは投手だったんですか・・・・・・?」

「その辺のこともこれから話します・・・・・・

とにかくそういう競争があって、そのチームの、あ、「西関東フライヤーズ」っていうんですけどね、監督も甲乙つけがたかったみたいです。争いはずっと続くものと思ってました。ところが・・・・・・その争いは、中二のとき終わりました。
枚岡がチームに入ってきたんです。」

「枚岡、って言うと・・・・・・相模信和の一年生か?」
角田監督が、他県の高校の選手の名を上げた。


「確か・・・そんな高校に行ったと思います・・・・・・あいつは天才です。球が浮くんです。本当に。打席から枚岡の投げる球を見ると、まったく打てる気がしませんでした・・・・・・そいつを見て、投手として俺は、どうがんばっても絶対こいつには勝てないな、と思って。そして、それからは、野手の練習に力を入れていきました。楠木も同様です。」

「なるほどな・・・・・・で、そこで南条君は投手への道をあきらめ、完全にサードに転向し今に至るわけですね。」
「いや、その後も中二の終わりまでは楠木と二番手投手争いをしてました。まあその中で、楠木がすごく伸びてきて・・・・・・俺は結局、三番手になりましたけどね・・・・・・・・」
「でも、三番手なら別に投手辞める必要はないんちゃう?たまに起用されることもあるやろし。」


「俺もそう思ったんですけどね・・・中三になって、後輩が入ってきました。徳花、ってやつなんですけどね・・・・・・これがまたすごいピッチャーで・・・・・・そいつに三番手を奪われて、そこで俺は投手生活に完全を見切りをつけました。」

そうか・・・一応中二の終わりまではピッチャーをやってたんだな・・・それでまだあれだけの球が投げれたわけか・・・

「なあ南条、お前、もう一度投手をやってみる気はないか?」
角田監督がそう切り出した。

「・・・・・・すいません。俺はもう、サードでやっていこうって決めたんです。大分前に・・・・・・」
「そうか・・・・・・まあひとつだけいっとくけどな、今からでも全然遅くないで。その気になれば十分いけるはずや・・・・・・ま、この話は大会が終わってからしよか。変に考えて、打撃があかんようなったら困るしな。」

「監督!そろそろ時間です!」
キャプテンの角屋さんが、後ろから叫んだ。
「ほな、そういうことで、今日はいったん帰ろ。」

川端西高校の球児たちは、球場を後にした。


____________________9月27日 夕方 川端市___________________


「お、君ら、バタ西高校の野球部か?」
南条と新月がしゃべりながら帰っていると、いきなり見知らぬおっさんに声をかけられた。

「はい、そうですけど」
「そうかそうか。・・・で、どうだった、今日の試合は?」

お、このおっさん、今日俺らの試合があったことを知っとるんか・・・・・なかなか詳しいな。
「えーと、6−8で勝ちました。」
「お!?確か今日は陽陵とだったよな。よくやった!これで甲子園も近いな!」

「あのー・・・おじさんはいったい・・・・・・」
一人で勝手に喜んでいるおっさんに、新月は戸惑った顔を見せていた。
「あ、ごめんな。何者かも言わずにいきなりはなしかけて・・・・・そこの中華料理屋でコックやってる者です。」
おっさんはひっそりとたたずんでいる「成都閣」の看板を指差しながらそう言った。

「おじさんは高校野球のファンでな、ずっと地元のバタ西高校を応援してたんだが・・・・・・野球部がどんどん弱くなっていって荒れていって、つぶれたときは本当に悲しかった。でも、こうしてまた復活していきいきと野球をやってる君らを見るとな、すごく元気が出てくるんだ。ぜひ甲子園に出てくれよ、ここらの界隈の大人も、みんな期待してるからな。」
「へぇ〜・・・・・・俺たち、そんなに期待されてたんだ・・・」

南条がさも意外と言うようにつぶやいた。
「そうだぞ。今、君たちが使ってるグラウンドもな、地元のみんなで寄贈したものなんだ。」
「・・・え、ここの人たちでお金を集めて作ってくれはったんですか!?」
「そうそう。といっても、そのほとんどは水本の旦那さんが出してくれたんだけどな。あの人は社長だから・・・・・・・・まあそういうわけで、この辺の人全員で、君たちを応援してるからな。がんばってくれよ。」

角田監督がチラッと、バタ西の甲子園行きを地元の人たちが待ち望んでいるとは言ってたけど、まさかそこまで大きく期待されてるとは・・・・・・うれしいんやけど、結構プレッシャーやな、これ・・・・・・

南条と新月は、明日の準々決勝に向けて改めて気合を入れなおした。


___________________9月27日 夜 軒峰高校近くの公園_________________


すでに日は落ち、灯りの光だけが落ちる中、あるバッテリーが試合前最後の仕上げをしていた。

「ピシュッ・・・・・・・クッ・・・パンッ」

「よし、もういいか。坂登(さかと)、お疲れ。ありがとな。」
軒峰高校のエース乾が、遅くまで練習に付き合ってくれた捕手にお礼を言った。
「相当いい感じだな。球も走ってるし、新しい球も大分使いこなせてるな。あくまでも俺から見て、の感想だけど。」
「お前が見てそう思うなら間違いないよ。明日は絶対いける。」
乾は、相当キャッチャーの坂登を信頼してるようだ。

「まあ今日はゆっくり休んで、夏のお返しをしないとな。」
「そうだな。もう、あんな大量点は取られないぞ・・・・・・いや、一点も取らせない・・・・・・・・」

乾は、もう一度肩をブルン、とまわした。

 

 

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