素質

 

____________________9月30日 川端西高校___________________


秋季大会が終わった。これから試合は・・・しばらくないらしい。だからといって油断はしてられない。何せ、この川端西高校を率いるのは角田幸一監督なのだ。競争がモットーの監督。過去に実績を作っても実力が落ちればすぐに外されかねない・・・
さて、昨日は丸一日ゆっくり休んだし、今日からしっかり練習していこう。

そう決心して素振りを始めたそのとき、南条は後ろから声をかけられた。
「よう、早速気合入ってるな。」
「あ、中津川さんも来てたんですね。」

実は、今日は予定では休みということになっている。練習再開は明日からだ。
南条は自主的に来ていたのだった。ほかにも数人、自主練習をするために残っている。中津川さんもそのうちの一人らしい。

「ま、今回の大会のA級戦犯は、間違いなく俺だからな。休むほうが無理ってもんだよ。まず自分が納得できない。」
「そんな・・・・・・A級戦犯だなんて・・・・・・バタ西はベスト8に入ったじゃないですか。」
「でも、前より成績が落ちたのは、事実だろ?」
そう言われると反論のしようがない。しかし、中津川さんの沈痛な表情を見ると、決して責任をこの人一人にかぶせてはいけない、という思いが募ってくる。

「いやでも、うちの打線も無得点だったわけですし・・・・・・」
南条は自分にも非がある、との意図でそう言ったが、言い終えてから「打線」という言葉が先輩や同級生を含んでいることに気づいた。
これじゃ、ほかの人まで責めてることになるじゃないか・・・・・・
「あの、責任が誰にあるかなんて話すのはやめませんか?確かに試合を反省するのは大事ですけどこれでは何も・・・・・・」
南条は、そう付け加えた。

「・・・・・・そうだな。お前の言うとおりだ。・・・・・・ところでちょっと、南条に頼みたいことがあるんだけど・・・」
「頼みたいこと・・・ですか?」

「・・・南条、背番号1を、もらってくれないか?」
「・・・・・・え!?」
いきなりの提案に、南条は驚きを隠せなかった。背番号1を、もらう???

「もちろんそれは俺が決めることじゃないけどな。でも、お前ならきちんと練習すればすぐにエースになれる。三回戦のあのピッチングが何よりの証拠だ。南条が投手転向すると同時に、俺が野手に専念する。それが、背番号1を譲るってことだ。」
「え、でも・・・」
「もう俺はこれ以上投手を続けたくないんだ・・・素質のかけらもないのにこんな重要なポジションを続けられない・・・・」
「そんな、かけらもないだなんて・・・」
南条はあわてて否定した。だが、中津川さんはかまわず続ける。
「かばってくれてありがとう。でも、それは事実なんだ。俺自身が一番よくわかっている。藤谷も、角屋も、その他のみんなも、みんな心のどこかでそれを感じているはずだ。監督もそうだ。木田さんや谷嶋さんに課してた特別メニューを俺にはさせてなかったしな。理由を聞くのが怖かったから、詳しくは話し合わなかったけど・・・・・・」

そういえば、普段の練習のときに木田さんを見かけることはなかった。いつも一人で外を走っていた。あれは特別メニューをやっていたからなのか・・・・・・投手を作るための、エースを作るための練習。中津川さんには、課されなかった練習・・・・・・

「そんな状況でも、俺は投手を辞めさせられなかった。辞めることができなかった。他に代わりがいないからだ。
浜辺は俺よりプレッシャーに弱い。それに昔肩を痛めてるから連投が利かない。主戦になるにはきついだろう。柴島をエースにする・・・・・・俺がやってもあまり代わらないだろうな。こんなこと言ったらあいつには悪いけどな・・・・・・
でも南条、お前なら堂々と胸を張って背番号1を背負うことができる。お前にはそれだけの素質がある。あくまでも俺の目から見た話だから信頼できるかどうかはわからないけどな・・・・・・・」

中津川さんは、追い詰められている。周りから重圧を「かけられない」辛さ。にもかかわらず、試合になるとその位置にふさわしい力を求められる矛盾。そしてそこから逃げることが許されない環境。
「な、頼むよ、南条。このままだと俺、野球が嫌になりそうだ・・・・・・」
それが一押しとなって、南条は決意した。
「・・・・・・わかりました。本当に背番号1になれるかどうか自信はありませんが・・・明日監督に投手転向を頼んで見ます。」



今から二年半前。俺は真の「才能」を見せ付けられた。
枚岡徴(ひらおか・たもつ)。浮き上がるストレート。精密極まりないコントロール。
絶対に勝てない、と思った。こいつに挑んでも、努力の無駄になるだけだと決め付けた。
俺は投手の座から退いた。いや、逃げたのだ。

高校になっても、俺は逃げ続けた。サードというポジションで打撃を磨き、守備を磨き・・・・・・それは全然悪いことではない。
でも、一度投手復帰を求められられたのに断ったことは、「逃げ」以外の何物でもないだろう。

中津川さんの言うとおりに、俺に素質があるかどうかはわからない。でも、俺を必要とする人がいる。それなら、逃げずにもう一度立ち向かおう。投手への挑戦を、もう一度・・・・・・

 

 

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