復帰

 

___________________10月上旬 川端西高校 早朝___________________


絶対に一番乗りしたる。今日は張り切って4時半に起きた。そして今、時計の針は5時をさしている。ふっふっふ・・・・・・今日という今日こそはあの人たちよりも早いやろ。まさかこの時間には・・・・・・よーし・・・!
新月は朝練への到着時刻一位を目指して、改めてダッシュした。

「おはようございますー!」
新月は勢いよくグラウンドに乗り込み、そして叫んだ。誰もいないグラウンドに挨拶が響き渡る・・・・・誰もおらん・・・よっしゃ!ついに早起きNO,1の座を手にしたで!

「おはよう、新月。今日は早いな。」
2ヶ月来の目標を果たし浮かれている新月の後ろから、何者かが声をかけた。
「あ、島田さん。おはようございます。今来たんですか?」
「そうそう。・・・ところで啓、見かけなかったか」
島田さんが、土方さんの存在を確かめる。
「残念ながら・・・・・・じゃなかった、まだ来てませんよ。俺が一番乗りです。」
新月は念を押すようにいった。ふふふ、気持ちええなぁ・・・・・・

しかしそのとき、そんな新月の喜びを打ち砕く人物が現れた。
「・・・よう、昭に新月」
ベンチから、土方さんの声が聞こえた。
「あ、啓。おはよ。」
「・・・おはよう。さてと、掃除の続きでもやるかな・・・・・・」
へー、土方さん、偉いな・・・・・・ん?続き!?

「続きってことは、土方さん、ずっと掃除やってたんですか?」
「・・・ああ。5時ちょっと前ぐらいからやってるよ。」

し、しまった・・・・・・やはり甘かったか・・・・・・
新月は己の不覚を恥じ、明日は4時に起きることを決意した。


その努力に敬意を表し、新月も掃除を手伝うことにした。ついでに島田さんもやり始めた。


「よし、この辺でいいな。さ、練習しようぜ。」
「・・・そうだな。もういいだろう。・・・俺は朝しか練習できないから、お前ら付き合ってくれてうれしいよ。」
「いやいや、俺たち好きでやってるんだから。な、新月。」
「はい。そうですね。」
実は無駄に一番乗りへのこだわりを持っていることを、新月は口にしなかった。

「・・・今日さ、もう一度監督に野球部入りを頼んでみようと思うんだ。」
「うん。たぶんもう冷静になって考えてくれてるだろうし大丈夫だと思うよ。」
島田さんはそう入ったが、やはり監督の言葉を一つ一つ思い出すと、それは非常に困難であることは変わりないだろう。

そして、三人は手始めにグラウンドの外へ出て走り始めた。
この早起き三人組が、授業中眠りの淵に落ちていくことは間違いないだろう。


____________________放課後 川端西高校___________________


「・・・よし。」
土方さんは、改めて気を引き締めた。ここで失敗したら、もう二度とバタ西の野球部には入れない、というような覚悟で。
そして土方さんは、監督のほうへと歩み寄った。

「・・・監督!」
「・・・・・・おお、土方か。久しぶり。」
やっぱり昭の言ったとおり、冷静に考えてくれたのかな・・・・・・いつものような頭ごなしの拒絶は見られない。

「・・・角田監督。チームの空気を乱し、そして監督に暴力を振るったことを改めて謝罪します。本当にすいません。」
監督はそれには答えず、ベンチへ向かった。
「・・・監督?」
「まあ、座れや。」
監督は自らが座ってから、その隣を指差した。
「土方。聞きたいことがあるんやけど、ええか?」
「・・・え・・・あ、はい。」

聞きたいこと・・・・・・なんだろう?
「ワシもあれからいろいろと考えた。たどり着いた結論は・・・とりあえず、一度振り返ってみよう、ということになった。」
「はぁ・・・」
「お前は本当に心から謝ってくれているようやけど、ワシはあの出来事をそう簡単に許すわけにはいかん。チームの根底にかかわってくることやからな。でも、いきなり何の理由もなくあんなことを起こしたわけやないやろ?」
「・・・」
「少なくとも以前のお前は、あんなことをいうような人間でなかったはずや。さて、ここからが本題なんやけど・・・・・・一体なぜ、お前は「どうせ甲子園にいけない」なんて事を言い出したんや?・・・話してくれへんか。」


土方さん自身も、その答えを出しあぐねているようだ。うつむいて考えている。
「話しにくいやろとは思う。だが結局、そこをはっきりさせん限りはどうにもならんと思うんや・・・・・・」


無言のまま、しばらく時間が流れた。

そして土方さんは顔を上げ、ゆっくりと話しはじめた。


「・・・あの事件に直接かかわるかどうかはわかりませんが、かなり深いつながりがあるとは思います。俺が荒れ始めた理由なんですが・・・・・・今から1年半前、両親が離婚したんです。
親父が、女を作って逃げた。今まで信じていたものが、一気に壊れました。何も、信じられなくなった・・・・・・」

一度は顔を上げた土方さんだが、やはりつらい過去を思い出していくうちに自然と視線は下がっていった。

「・・・今でもあのときことはよく覚えています。母は最悪の形で突然父を失ってただ呆然と涙を流していました。そんな母を見て俺は、ただただ父を憎みました。憎んでも憎みきれなかった・・・・・・
そんな中で俺の気持ちはどんどん荒んでいって、ある日野球部で甲子園を目指して努力するみんなを憎むようになっていました・・・・・・目標に向かっていく野球部の仲間、先輩を・・・・・・憎く思うようになったのは・・・・・・」

土方さんはそこまで来て、言葉をさがしあぐねた。


再び沈黙が流れる。


「・・・憎むようになったのは・・・・・・みんなが「信じるもの」を持っていたからだと思います。
努力すれば目標にたどり着けるという信頼を、俺は壊したかったんだと思います・・・・・・」
「そっか・・・・・・」
監督はそれだけ言って、再び土方さんの言葉を受け入れる体制に入った。

「その後のことは、知ってる人も多いと思います。ただ自分のしたいことだけをして、やりたいように遊んで・・・・・・もう自分なんてどうでもいいと・・・・・・そうしているとある日、母親が倒れました。親父が逃げて、俺までふらふらしだして、どうしようもなくストレスがかかってたんでしょう。少し精神もやられたらしいです・・・俺は8月の終わりに、見舞いに行きました。そこで・・・」

そこまで来てついに、土方さんの目に涙があふれ出した。

「・・・すいません・・・・」
「ええぞ。あせらんでええ。話せるようなるまで話さんでええぞ・・・・・・」
角田監督は、完全に聞き役に徹していた。

ある程度収まった後、再び土方さんが口を開いた。
「・・・そこで、俺は母親に言われました。
「野球、がんばってる?今の私には啓だけしかいない。啓が甲子園で投げる姿を見るのが、私のたった一つの夢だよ」って・・・・・・」
それを聞いて俺は生まれてから一番きつく、自分を責めました。
俺は母親の期待に背いてる。俺が野球をやめてることはもう母親も知ってるはずなのに、心に強く俺への期待があったからあんな言葉が出てきた。それなのに俺は、その期待を裏切り続けて、母親を苦しめている・・・・・・
俺のやってることは、母親を捨てた親父と何一つ変わらないじゃないか・・・・・・!・・・・・・」


土方さんの話はそこで終わった。いや、それ以上続けられなかったのだ。今までのことを根こそぎえぐりだし、再び強い自責感にさいなまれている土方さんに、これ以上言葉を求めるのはもう無理だった・・・・・・




秋のグラウンドに、風が渡った。




角田監督が、前に落ちているボールを拾った。
「親孝行、してやれ。」
「・・・え?」
「ワシも協力する・・・・・・お前を、甲子園のマウンドに立たせたる。」
監督は深くうなずきながら、ボールを土方さんの手の上に乗せた。


手のひらとボールが当たる乾いた音が、パシッと鳴った。



2004年10月5日、土方啓は、川端西高校野球部に復帰した。

 

 

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