新・二枚看板

 

____________________10月6日 川端西高校____________________


ユニフォームを着た土方さんがグラウンドに現れた。驚きを見せる者、歓迎する者、反応はさまざまだ。
川端西高校に、新たな動きが生まれようとしていた。

その一方、南条の野球人生も大きく動き始めていた。昨日、監督に正式に投手転向を頼みにいったのだ。
その答えはこうだった。

「そうか。ついにやる気になったか・・・・・・まあ、転向したからといってすぐにエースになれるとは限らんけどな。」
やはり競争がモットーの監督だ。それを改めて強調したということだろう、と南条は解釈した。
だがその解釈は、監督の意図とは微妙に異なっていたようだった。



「じゃ、早速いってみましょうか。」
「・・・おう。」
質素な屋根のついたブルペンで土方さんと藤谷さんがキャッチボールを終え、今まさに投球をはじめようとしていた。
横では監督も見ている。その三人だけで進める予定だったのだが・・・・・・いつの間にやら選手が練習の手を休めてわらわらと集まってきている。新戦力の実力がいかほどのものなのかと興味津々の一年生、一年半のブランクがどのように影響しているのか気になる二年生。それぞれ自分の練習をしなければならないのだが・・・監督は別に注意しようとしない。


土方さんが振りかぶらず足だけを上げ、あまり体の重心を動かさずに投げ降ろす。

長い左腕からボールが放たれる。


「ギュルルル・・・・・・・・ドンッ!」

そのボールを目にして、はじめて見た驚き、あまり衰えていないことに対しての驚き、さまざまな種類はあったが観衆は一人残らず驚愕した・・・・・・速い。しかも角度がある。すごい投手が現れたぞ・・・・・・・・・

「藤谷、どや?土方の球は?」
「・・・すごく、回転が汚いですね。」
意外な言葉が発せられた。だが、藤谷さんは批判する気持ちをもって言ったようではないようだ。
「なるほどな。・・・・・・おい、角屋!」
振り向きざまに、監督が叫んだ。あれ、キャプテンいたっけ?

しゃがみこんで隠れていた角屋さんが姿を現す。
「気づかれてましたか・・・・・・」
「ワシの目をごまかせると思うなよ。全くキャプテンがサボってどうするんや・・・・・・」
「すみません・・・・・・」

「罰として、ほれ、打席に立て。」
「・・・は?」
角屋さんは呆然とした。・・・・・・・罰?

なにやらよくわからなかったが、とりあえず角屋さんはホームベースの右側に立った。


再び土方さんがボールを投じる。



「・・・・・・ドンッ!」
「すごい・・・・・・」

何球か見た後、角屋さんは思わずそうもらしていた。ゆれるボール、とはこれの事を指すのだろう。メジャーの投手が得意とすると言われているボール。一球として、同じ軌道では来ない。これはそう簡単に打てそうにないな・・・・・・

「監督・・・土方の球・・・・・・」
「そやろ。まだまだアカンやろ?」
「え?」

角田監督は、角屋さんをはじめ選手みんなが思っていたことと正反対のことを言った。
「フォームがあれで、回転が汚いのはしゃあない。いや、それはむしろ武器になる。角屋や藤谷もそう感じたはずや。」
「・・・そうですね。」
「それは無理に矯正せんほうがええやろと思う。しかしなぁ・・・・・・あまりにも足腰ができてない。リリースポイントもバラバラや。土方、さっき10球近く投げた中で、自分の思い通りのコースに行った球はあるか?」
「・・・いえ・・・・・・」

実際、土方さんにそこまで考える余裕はなかった。考えたとしても、うまくいかないのはわかっている。
「そやろ。それがブランクや。速球を投げるには素質が多分に必要でな・・・・・・少々練習せなんでも、もともとええ球放れるやつはある程度の球は放りよるんや。でも、コントロールばかりはどうにもならん。練習あるのみ、や。」
「・・・はい。」
「さ、大体土方の球の現状はわかった。次は南条や。」

「あ、はい。」
別に呼ばれたわけではなく、自主的に練習をやめて、というよりサボってきていたのに、監督はお見通しだったようだ。

・・・
・・・
・・・

一通り球威を確かめられた後、土方さんと南条は「特別メニュー」を渡された。
その後、今日は普通の練習に加わるように支持され、ノックを受けたり走ったりしたのだった。



__________________10月中旬 川端西高校  早朝__________________


すずめの鳴く声が聞こえる。道には、ほとんど人の姿を見かけない。
たまに走っている人がいる。そのうちの二人は、バタ西の投手候補、土方さんと南条だった。
「土方さん・・・俺たちって一日に、何キロぐらい走ってるんでしょうね?」
例の特別メニューを渡されて、すでに10日以上が経過している。二人は忠実にそのメニューをこなしていた。
「・・・さあな。俺は考えないようにしている。気が滅入るからな。」
南条も大体そんな理由で、今まで計算していなかった。あまり知りたくはなかったが、ためしに聞いてみただけだ。

「よう!川端西高校の諸君!」
後ろから足音が聞こえる。しかも速い。懐かしいこの声は・・・・・・

「おはようございます、木田さん」
言わずと知れた、川端西高校の元左腕エースだ。今年の夏の快刀乱麻のピッチングは、部員の誰もが忘れられない。
その木田さんは、野球部引退後もずっと、早朝にこうして走っていたらしい。

「しっかし土方が復帰した上に、南条が投手になるとはな・・・・・・バタ西野球部は進化を止めないな。うん。」
「まあ、角田監督ですから。」
南条のその簡潔な答えに、木田さんは大いに納得したようだ。

「ところで二人とも、このメニューには慣れてきたか?」
「・・・いや、今までサボってきた分がたたって死ぬほどきついっすよ・・・・・・」
「でもその割には土方、意外と息が整ってるじゃないか。」
そうである。土方さんの体力は想像以上だった。確かにブランクによる衰えは隠せないものの、普通のメニューにはもうついて来れている。たぶん、土方さんの持つポテンシャルのなせる技だろう。

「そういえば木田さん、大学から推薦があるっていってましたよね。まだ練習再開しないで大丈夫なんですか?」
南条は右にいる木田さんに聞いた。
「うん。あの場では勢いでそう言ったけど・・・正式な通達が来るのは10月下旬になるらしい。まあ、またそのときになったら報告しに行くから。きちんと推薦が決まったら、野球部の練習に顔出しすることになると思う。」

なんだ・・・まだ決まってなかったのか・・・でも木田さんなら確実にいけるだろう。
その後今度は投手としてのことを、いろいろ教えてもらいたいな。


_________________10月中旬 川端西高校  放課後__________________


「すいませんね・・・いつもいつも・・・・・・」
「いやいや。私らとしても最近野球部の姿を見なかったからちょっと寂しかったんよ。休憩時間のひとつの楽しみだったからね。」
「はぁ・・・」
「というわけで、遠慮なく使ってちょうだい。がんばってね。」
今日は女子バレー部の顧問に許可を取った。この練習を始める前には必ず、体育館の鏡の使用許可を取らなくてはならないのだ。
その日によって使用団体は違うので、いちいち顧問にスケジュールを聞いて、いつ休憩が入るか聞かなくてはならない。

この大きな鏡を使用してやること。それはもちろん・・・・・・シャドウピッチングだ。
「南条!ナイスピッチンッ!」
「うるさいなぁ・・・・・・」
バレー部員のクラスメートが冷やかしてくる。はぁ・・・・・・

角田監督が見守る中、二人の投手が腕を振り続ける。
「・・・監督・・・野球部専用の鏡、買えないんですか?」
土方さんがたまらずつぶやく。最初に比べだいぶ慣れてはきたが、やはりこの環境はやや耐えがたい。
「贅沢言うな。あのグラウンドを維持するだけでも、ものすごい金がかかるねんぞ。ええから続けろ。時間がない。」
角田監督の言うとおりだ。バレー部の休憩時間の間しかできないんだから有効に使わないと・・・・・・

「それに、衆人環境の中で投げるのは投手に必要不可欠な要素やしな。今のうちから鍛えておかな。」
監督が二人に聞こえないようにぼそっとつぶやいた。それぐらいは自分で気づけ、とでも言わんばかりに。


・・・
・・・
・・・


「サードッ!」
高く跳ねさせられた打球に向かって猛然とダッシュするのは・・・・・・南条だった。

「レフトッ!」
左中間の微妙なコースに飛ばされたボールを懸命に追うのは・・・・・・土方さんだ。


動き始めた新しい二枚看板。一枚にベンチを暖めさせる気は・・・・・・どうやらないようだ。
二人とも打撃がすごくいい。しかも貴重な左打者。
夏、秋と実績を積んでいる南条はともかく、土方さんのバッティングがあれだけうまいとは意外だった。
島田さんが「かつて4番だった」とはいっていたが・・・・・・それはそれで過去の話。
ブランクを経ているにもかかわらずのあのミート力にはただただ感服するしかない。
長い腕を生かし、少々のボール球でもきちっと当てていくのだ。それ自体はあまりよい傾向とはいえないが・・・そのうち目が慣れて選球眼がついてきたら、と考えると恐ろしいやら頼もしいやら。

二人を同時に出場させるなら、どっちかがマウンドで投げてるときはどっちかが野手やらないとだめだもんな・・・・・・
そういうわけで、二人の特別メニューにはしっかり野手でのノックが組み込まれている。


川端西高校の戦力構造が、大きく変わろうとしている。

 

 

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