救世主

 

___________________11月下旬 川端西高校 教室__________________


昼休みの1年1組の教室。いつもならのどかなこの教室も、この時期ばかりはピリピリとしている。
今のうちに追い込もうという者、もっと前からやっとけばよかったと激しく後悔する者、それぞれ机に向かっている。
休み時間に机に向かう・・・バタ西内ではあまり見られない光景だ。そう。今この高校はテスト期間中なのだ。

「それで、Aのsinが4/5だからcosは3/5になって・・・・・・」
「なんで?なんでそうなるん?」
「いやいや・・・・・・sinの2乗+cosの2乗=1だから・・・」
「え?・・・・・・そんなん習ったっけ・・・・・・?」
「基本だろ、これ・・・・・・」
「・・・ああもう、わからん!」
刈田が3組から駆けつけて、新月に数学を教えている。わりと丁寧に説明しているにもかかわらず、新月はなかなか理解できないようだ。こりゃ重症だな・・・・・・

「まあまあ、ちょっと落ち着いて・・・・・・」
南条が、気の立っている新月をなだめる。

「くそ・・・腹立つわ・・・サインとかコサインとかわけのわからんことばっかいいよって・・・そんなんいつ使うんやっ!?」
「日常で使うかどうかはわからないけど、とりあえずテストに必要なのは間違いないだろ・・・」
刈田がもっともなことをいった。が、いかんせん新月は興奮しているため、あまり強くは言えない。

「おいお前ら、うるさいぞ」
騒音にたまりかねた具志堅が苦情を言いに来た。「お前ら」って、うるさいのは新月だけなんだけどな・・・・・・

「なんや新月、わからんのか?」
「さっぱりですな。はい。・・・・・・ああ、どうしよ・・・このままじゃマジで進級でけへんで・・・・・・」

そこなのだ、問題は。新月は出席の面では無遅刻無欠席なので完璧だが、テストで欠点を連発しているため単位が足りなくなる危険性を抱えている。そういうわけで、後二回しかない定期テストのうちの一回、二学期松のテストにかける思いは強いのだが・・・・・・
「はぁ・・・何とかしてやりたいのはやまやまだけどな・・・・・・基本からしてできてないからな・・・」
刈田は思わずため息をついた。そのとき、具志堅がある提案を持ち出した。

「やったら、なんとかしてやればええんちゃう?」
「「・・・え?」」
「新月、一日がかりで刈田に教えてもらえ。そしたら少しはわかるようになるやろ」
「「・・・どゆこと?」」
二人同時に疑問を投げかける。

「つまりあれだ、新月が刈田の家にでも行って徹底的に教えてもらったらええやろ、ってことやな。」
あ、そうか・・・・・・そうだな。何で今まで気づかなかったんだろ?
「いい案だな、それ。俺も教えてもらおうかな・・・」
突然、南条がそんなことを言った。
「南条もか?じゃ、俺も行こうかな。化学とか意味不明やし。」
「え?え・・・・・・?」
どんどん決定されていく計画に、刈田はただ戸惑うだけだった。

「よし、決まりやな。学校手いったん家に帰って着替えてから、適当に刈田の家に集合な。」
「刈田!お前は俺の救世主や!」

新月が刈田に握手を求める。まだいいなんて一言も言ってないんだけど・・・・・・


___________________同日 刈田家__________________


「おっとっと・・・・・・意外と散らかってるな、お前の部屋。」
南条が床に落ちているものを踏みそうになりながらそういった。
「うーん・・・片付けようとは心がけてるんだけどな・・・整理整頓苦手なんだよな、俺。」
「・・・・・・しっかし、狭いなぁ・・・」
「当たり前だろ・・・・・・6畳の部屋に野球やってる男が4人も入ってるんだから・・・・・・」

「ちょっと寒いな。暖かいお茶とかないか?」
「・・・人の家をなんだと思って・・・・・・」
刈田はただあきれるしかなかった。


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「なあ、何でここに銅イオンが析出するんだ・・・?」
「えーと・・・ちょっと待てよ・・・・・・」
刈田はあわてて教科書をめくる。数学や化学など理系教科が得意な刈田でも、さすがにこの辺は難しい。

あ、そういえば各々がどのぐらいの成績なのか言ってなかった。この機会に説明しておこう。
南条の成績は中の下か下の上ぐらい。標準偏差の下限付近をさまよっている感じだ。
具志堅は編入試験で入ってきただけあってなかなか。平均点以上は確実に取れそう。
問題の新月は・・・・・・もともと成績はそんなに低くなかった。頭も悪くはない。ただ、6月ぐらいから朝練を始め・・・ただけならいいのだが、むやみにグラウンド一番乗りを目指すため睡眠時間が足らず、結局授業中爆睡してしまう。
そのため一学期期末以降みるみる点数は下がっていった。まったく・・・・・・

そして刈田。成績は抜群だ。ここまで三回のテストですべて20番以内をキープ。野球部の一年生の中ではもちろん一番だ。
さすが諜報部副部長・・・あ、ついでに、部長の藤谷さんは常に一ケタ台、10番以内の成績らしい。すごいな・・・・・・

「あ、あったあった。この正極のほうが・・・」
4人の戦いは、まだまだ続く。


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新月がなにやらごそごそしている・・・・・・あ、まさか!
「お、ええもんめっけた!」
「や、やめろ・・・!」
そういって飛びかかろうとする刈田を、具志堅が捕まえた。そうなるともう身動きは取れない。
「おい、見せろ見せろ。どんなんや?」
「これやこれ・・・・・・ええもんもっとるやないか」
「へぇ・・・刈田もやっぱりなかなかあれだなぁ・・・」
「あまり健全でない」本を囲んで、三人はニヤついていた。

「絶対、こういう展開があると思ったよ・・・・・・」
刈田が、自分を押さえつける具志堅の太い腕の下でうめいた。


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しばらく各自問題を解く時間が続く・・・・・・
沈黙にやや耐えられなくなったのか、南条が勉強に関係ない質問をした。
「新月、左打ちのほうはうまくいってるか?」
「ああ、うん。この前ジョーが教えてくれたおかげでなかなかええ感じになってるで。」
新月は、現在スイッチヒッターに挑戦中だ。逃げる球を苦手とする新月のための「対応策」なんだそうだ。

「県予選ぐらいやったらシュート投げてくるやつなんてほとんどおらんからな。スイッチにすればスライダーは全部食い込んでくる球になるから大丈夫、っていう理論や。ま、これはあくまでも応急処置やから。逃げる球を打つ練習はこれからもやれよ。」
と、角田監督談。

この「応急処置」が新月の打率向上につながることを願おう。


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「よ、よっしゃ・・・・・・終わったで・・・・・・」
刈田から課せられたノルマを終えた新月はそうつぶやくなり、床にバタンと倒れ込んだ。
「お、おい新月、大丈夫か・・・・・・」
「なんとかな・・・・・・刈田、今日は遅そまでありがとう・・・・・・」
時刻はすでに夜2時を回っている。南条、具志堅はとっくに帰った。普段早起きするため10時に寝てる新月にとっては相当ハードだったようだ。さて、やることはやった。あとは実戦だけだ・・・・・・


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それで結局結果は・・・・・・まあとりあえず四人そろって二年生になることはできそうだ。
まだ学年末が残ってるから確定ではないけど、よかったよかった。

 

 

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