第一歩

 

___________________12月中旬 川端西高校 放課後_________________


ふぅ・・・今日もなかなかええ感じやったな。
新月はノックを受け終え、端のほうで一休みしていた。ショートと言うポジションの関係上、人一倍動いたため体が熱い。だがその熱気もしばらくすると、冬の風に奪われいてった。そろそろオフシーズンやな・・・・・・

「おい、新月、なにサボってるんだ!」
そうして地面に座り込んでいると、突然後ろから声をかけられた。この声、どっかで聞いたことが・・・・・・あっ!
「浅越さん!?」
後ろを振り向くなり、新月は立ち上がって声を上げた。そこには元キャプテンの姿が。
「全く久しぶりに来てみれば・・・背はなんかやたらとでかくなってるけど、精神的には相変わらずだな。お前は・・・」
新月は今成長期の真っ只中だ。4月には165cmしかなかった身長がすでに今173にもなっている。浅越さんは驚いたみたいだ。

「いやいや、今ちょうど休憩時間やったんですよ・・・・・・」
「その言い訳も、今となっては懐かしい。」
浅越さんは昔のように冷たくあしらった。


「ほんまに休憩時間ですって・・・・・・ところで浅越さん、引退後もちょくちょく野球部に顔見せに来るとか言うてましたけど、いったいどないしたんですか?めっちゃ久しぶりやないですか。」
そういえば新月はいつだったか、引退後も浅越さんに「地獄ノック」を受けるよう脅されて辟易していたことがあった。
「うん・・・・・・まあちょっと大学受験のほうがいろいろと大変でな。予想していた以上に勉強しないとだめみたいで。今日も本当は来てる暇なんてないんだが・・・・・・まあたまには息抜きもしないと、と思って。」
「なるほど・・・・・・大変なんですね。」
「それなりにな。ところで、バタ西の調子のほうはどうなんだ?」
「えーとですね・・・・・・」


そして、新月は浅越さんに川端西高校の現状を報告し始めた。


まず真っ先に伝えたのが土方さんのこと。最初その名前を出したときは「あの事件」のこともあってか少しいやな顔をしたが、土方さんの身体能力の高さ、そして野球センスを聞いていくうちに浅越さんの表情に安心が浮かんでいった。
191センチの超長身から繰り出すゆれるストレート、身長に比例して長い指から放たれるフォーク。コントロールはまだもうちょっと練習が必要らしいが、その素質には角田監督もかなり驚いているらしい。野手としても俊足、好打だ。

次は南条のこと。投手に転向したと聞いたとき、浅越さんははじめ信じなかった。新月の冗談だと思ったのだ。
だが南条の投手としての実力は冗談ではない。とにかく球が速い。そして制球もなかなかのものだ。カーブもよく曲がる。新月は二度ほど実戦形式で対戦したが、二回ともやすやすと打ち取られた。それを聞いて、予想通りに浅越さんは笑った。
そんな南条だが、野手の道も完全に捨てたわけではない。スタメン決定の時点で土方さんのほうが投手として勝っていれば、スタメン出場するには野手をやらなければいけないからだ。だが南条のバッティングはチームでも指折り。野手としても心配無用だ。


「ふーん・・・・・・他の野手も大分いい動きしてるな。」
浅越さんはグラウンドでノックを受ける選手を見てそう言った。

一塁には具志堅。グラブさばきはあまり上手くないが・・・身長があるため捕球範囲が広い。
二塁には中津川さん。投手は完全に辞めたようだが、秋には中軸を打った打撃の持ち主。次の大会もスタメンだろう。
ショートにはなぜか刈田・・・・・・ってあいつ、何やっとんねん!?
「へぇ・・・新月より上手いじゃないか。さすがに動きが軽快で緻密だな。」

・・・確かに。もし俺が今取り組んでるスイッチヒッターに失敗したら、スタメン落ちの危機かもな・・・
三塁には南条。守備はまあまあだが、何せ肩が強い。あれを見せ付けられては、送りバントすらするのをためらってしまう。
まあ土方さんが主戦投手になっても、レギュラーは確実やな。うん。

一方の外野手。
センターを守るのはもちろん島田さん。相変わらず守備範囲がすごく広い。足、速いもんな。
あ、ついでに言っておくと、この前新月と島田さんが初の公式競争を行ったところ、勝負は見事新月に軍配が上がった。かなり微妙なところではあったが、バタ西一の韋駄天の称号は新月にわたった。
レフトは土方さんが守っている。当然肩は強く、足も速いので外野としては申し分なさそうだが・・・・・・いまいちフライの目測が立てられないようだ。小学校からずっとピッチャーをやってるからな・・・・・・と、島田さんは語っていた。
ライトは角屋さん。だいたい無難にこなしている。この人は守備よりむしろ打撃だからな。
「角屋が、このチームのキャプテンなんだって?」
浅越さんが尋ねてきた。
「はい。4番も打ってますよ。一番頼れるバッターですわ。」

「そうか。前のキャプテンの俺と違って、きちんと実力も伴ってるんだな。」
「ええ。その通り・・・・・・」
つい新月は口を滑らせてしまった。
「なんだと!?」
浅越さんが飛びかかってくる。
「いや、あんたが先に言うたんやないか・・・・・・ってうわっ・・・!?」
新月は見事につかまり、後ろから首を絞められた。なんか高校生にもなって無邪気だな・・・



冬の大地に、のどかな時間が過ぎていく。



しかしそんな穏やかな時間を打ち破る出来事が起こった。
「皆さん!大ニュースですよー!集合してください!」
声の主は藤谷さん。そういや、さっきグラウンドにこの人の姿はなかったな・・・・・・この人がこれだけはしゃいでいるのは珍しい。しかもキャプテンでも監督でもないのに集合をかけるなんて・・・・・・いったい何があったんやろ?

そんな異常な状況に疑問を感じたのか、選手たちは練習をやめて素直に藤谷さんの下に集まった。
「藤谷、どうしたんだ?」「下らんことだったら承知せんぞ」

「いいですか。落ち着いてくださいよ。すごいことが起こったんです。」
藤谷さんは、手のひらを下に向けて皆をなだめた。まるで捕手が低目の球を要求するときのようなポーズを取って。


静寂が訪れる。ゴクッ、と生唾を飲むものもいる。


藤谷さんが深呼吸をした。そして・・・・・・


「川端西高校が、21世紀枠の候補校に選ばれたんです!」
「!?」「???」「おーっ!」
歓喜する者、何のことだかわからず呆然とする者、ただ周りに合わせて騒ぐ者、反応はさまざまだったが、皆一斉に騒ぎ始めた。

「21世紀枠って、何だ!?」
呆然としていたものの一人が、我に返ってたずねた。
「センバツ高校野球の特別枠です!!」
騒ぐ選手たちの声に負けないよう、藤谷さんは叫んだ。
「センバツ・・・・・・って言うと、甲子園に出れるのか!!?」
「その通りです!!!」



藤谷さんがそういうと、騒ぎはますます大きくなった。
「あ、ちょっとみなさんすいません。一度落ち着いて・・・・・・」
藤谷さんはあわてて場を収めようとしたが、当然そんなものは聞かない。
「静かにしろっ!藤谷の話を聞こうぜ!」
キャプテンの角屋さんが一喝すると、さすがに静まった。


藤谷さんは再び深く呼吸して、話し始めた。


「まだ出れると決まったわけではありません。候補校に選ばれただけです。でも、可能性が生まれたのは事実です。」
「・・・でもその情報、本当なのか?」
部員の一人がダウトをかけた。藤谷さんに限ってそんなことは・・・・・・

「大丈夫です。うちはきっちり条件を満たしてますから。基準、と言ってもあくまでも参考のものですけどね。

1、困難状況の克服・・・バタ西は一度は廃部に追い込まれましたが、見事に復活しました。

2、強豪校に勝利・・・陽陵学園に勝ちましたよね。押しも押されぬ新島の強豪ですよ、陽陵は。

3、好成績ながら未出場・・・まさにウチのことですよね。ベスト4、準優勝と来てますから。

そして、最低条件の秋季大会ベスト8も満たしています。つまり・・・・・・この情報は信頼に値します!」
やや硬い言い方ではあったが、その言葉は十分な重みを持ってグラウンドに響き渡った。

いよいよ、栄光の場への第一歩を踏みだすチャンスが回ってきた。

先輩たちの想い、地元の人たちの想い、そして部員たちの想い。

さまざまな想いを乗せて、バタ西野球部は今、スタートラインに立った。




第三章 終わり

 

 

第三章メニューに戻る

小説メニューに戻る

ホームに戻る

 

 

 


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送