ある種の奇跡

 

_____________________1月1週 川端市_________________


冬の風は乾いていて冷たい。しかしこうやって走っていると、この風は限りなく心地よい。火照った体がひんやりとした空気を切り裂いていく。寒いような、熱いような良くわからない感覚。一定の間隔で息を吸い込むたび、冬の大気は塊となって肺に落ちていく。
今、目の前にいる人がいつも走っているのは、単に自分を鍛えるためだけじゃないのかもしれない。南条はそんなことを感じていた。

「お、自販があるな。そろそろ休憩しようか」
目の前にいる人、木田さんは自動販売機を見ると、スピードを緩め始めて、そして止まった。

「はぁ・・・はぁ・・・なんであんたら、いや木田さんはわかるとしても、なんでジョーまでそんな涼しい顔してられるんや・・・」
新月は、早速飲み物の品定めをしている南条を恨めしそうな目で見た。

「うーん・・・そんなに疲れるほどでもないと思うけどな・・・単にお前が走りこみ不足なだけだよ」
「いや、今日はまあまあ走ったからな。おそらく15キロ以上は・・・」
「・・・そんなに?」
具体的な距離をきいて、新月の疲れはさらに増したようだ。
「ま、でも新月も十分スタミナはついてるぞ。今日のペースにキチッとついてこれた、ってことはな。・・・それにしても南条はよくがんばってるみたいだな」
「はい。最近は結構」

確かに近頃の南条のランニング量には驚くべきものがある。監督の投手強化メニューをこなしていれば必然的に走る量は増えるのだが、それ以外でも自主的に、土方さんと共によく走っている。その結果は二人ともに制球力の上昇と言う形で現れているようだ。


南条の飲み物が決まった。
「俺はお茶にするけど、新月はどうする」
へたり込んでいて、自販に向かう気力のなさそうな新月の分も買ってやることにした。
「・・・あ、俺はその隣のアミノ酸のやつな」

「じゃあ俺は・・・そろそろ正月期間も終わりだし、おしるこにしようかな」
・・・おしるこ・・・15キロ走っておしるこ!?・・・・・やっぱこの人は鉄人だ・・・・・・



「しかしよく考えてみると、お前らみたいな選手がここにそろってるのは、やっぱりこう、奇跡だよな」
小さな飲み口から湯気を上げる缶入りのおしるこを手に持ちながら、木田さんが唐突に言った。
「どういうことですか?」
「だってさ、新月と具志堅はつい去年まで大阪だろ。で、南条は隣の県といっても去年は東京にいたわけで・・・・・こういう三人がバタ西に集まった。ある種の奇跡だよな、これは。うん」
そういえば、具志堅も大阪出身だったな。しかも新月との面識は全然なかった。新月は準硬式、具志堅は軟式で野球をやっていて、試合などで顔を合わせる機会もなかったからだ。・・・・・確かに、木田さんの言うことは納得できる。

「ところで新月、お前には推薦の話とか来なかったのか?そんだけ足速くて、しかもシニアだったんだろ?絶対スカウトも注目しそうだけどな・・・・・」
新月はやや痛いところを突かれたような顔をした。
「・・・・・確かに足は評価されとったんですけどね・・・・・まずバッティングがそこまでようなかったですし、それに・・・・・守備が粗い、ってよく言われましたね」
中学時代からそうだったのか・・・・・まあ最近はちょっとましになってきてるけど。

「守備なんか、鍛えれば伸びる可能性が一番高い部分なんだけどな・・・・・スカウトももったいないことしたな」
「あ、あと小っこかったのも敬遠された理由なんちゃう?、と中学のときの監督が言うてはりましたわ」
「体格なんかもっと不確定要素だよな。今の新月を見ると。」
木田さんはそういって、新月をしげしげと見回した。新月の身長はここ一年足らずで10センチも伸び、今では170を超えている。最近は成長痛にも少し悩まされているようで・・・・・こう言うと悪いのだか、ちょっとこの伸び方は気持ち悪い。


「まああれだよな。なんかいろいろあるんだろ。南条はどうだったんだ?お前は全般的にいいものを持ってるよな。センスもあるし」
木田さんは勝手にまとめて、次に南条へ聞いてきた。
「そうですね・・・・・いや、純粋に、そんなに上手くないからだと思いますよ」
「そうか?打撃は今の1年の中で一番のバットコントロールだし、足もまあまあだし、守備もかなりのもんだと思うけど」
「ありがとうございます。でもそうだとしても・・・・・・あいつらの中では完全に埋もれてしまいますよ」
「あいつら?」
ペットボトル入りのアミノ酸飲料を飲み終えた新月がたずねた。

「あ!そういえば、おまえ西関東フライヤーズのレギュラーだったんだよな!」
なぜか南条より先に木田さんが、疑問に答えた。
「そうです。もうとにかく、あいつらはすごかったですよ。俺以外、全員どっかに推薦で入ってますからね」
「へぇ・・・・・・どんなやつがおったん?」

「一人ずつ上げていきましょうか。

まずはピッチャーの枚岡(ひらおか)。こいつは・・・天才ですね。
キャッチャーが津野。打撃が良く5番も打ってました。肩も強いし、なぜか足も速いし・・・とにかく運動能力に恵まれたやつでしたね。
ファーストは楠木。二番手ピッチャーもやってました。とにかく、でかいです。
セカンドが間宮でショートは内っちゃん、あ、内和っていうやつなんですけど。こいつらのコンビネーションは絶妙でした。間宮は小柄な割にパンチがあって、内和は中学生のくせに職人タイプで。で、俺がサード・・・をやったりやらなかったり」
「え?」
「・・・最後のほうはスタメン外されることも多くて・・・・・・

で、レフトは穴井。これがフライヤーズの四番で、とにかくパワーがすごかった。
センターは高村。フライヤーズ一の俊足で、一番打者です。一回新月と競走させて見たいかも。
最後にライトが片桐。三番打者です。ミート力が尋常じゃなかったですね。この人は。
ついでに俺から三番手ピッチャーを奪ったのが一年後輩の徳花ってやつです。まあ、こんな感じですね」

南条は一気に紹介し終えて、さすがにのどが渇いたのでお茶を飲み干した。
フライヤーズのことを話すとき、南条の目はいつも輝いている。これだけのそうそうたるメンバーと野球をしていたということを、南条は誇りに思っているのかもしれない。

「なるほどな・・・・・確かに、なんか聞くだけですごそうだな。でも、南条は何でわざわざこっちに来たんだ?」
「あ、父さんの転勤です。今までは単身赴任してもらってたんですけど・・・これを気に、新島にマイホームでも持とうか、ってことになって」
高校生になって転勤で引越しか・・・・・大変だな、それは・・・・・

「で、新月は「野球留学」だったよな」
「そうですそうです。やっぱり大阪の公立ではしんどいんで・・・」
大阪の私立の野球強豪校の設備と力の入れ方は、ほとんど異常といってもいいかもしれない。たぶん外国の人が見たらびっくりするだろうと思う。全天候型のグラウンドがあったり専用寮があったり中学全日本チームのメンバーを集めまくったり・・・・・公立高校が勝ち上がるにはきつすぎる。

「そういえば、具志堅はどうなんだろ」
実は南条は、そのいきさつについてはきいてなかった。なんでも中学のころは普通に軟式でやっていたらしいが・・・・・
「ああ。あいつのいたチームはやたらと弱かったらしいわ」
新月は理由を知っているらしい。
「ほとんどグッち一人で引っ張ってたって。四番エースで。それでもチームの仲はよかって、みんなよう頑張ってたらしいけどな・・・・・その辺が、野球の難しいところやろな。そういうわけで、スカウトは見向きもせんかったらしいわ。で、そのあとは俺と同じく野球留学やな。・・・・・・まあ、詳しいこと聞いたわけやないけどな。たぶんそんなところやろ」


木田さんは、缶をさかさまにして口に当て、残ったあずきを食べるために底をたたきながら聞いていた。それが終わると、木田さんはまたもやこうまとめた。
「でも普通、「野球留学」って推薦で強豪私立に入寮する、って意味だよな。こうやって地方の一公立の学校に、一同勢ぞろいするなんてな・・・しかも具志堅も新月もたまたま近くに親戚がいたから来れたわけだろ。やっぱり、ある種の奇跡だよな」
この人、実はただ「奇跡」って言葉を使いたかっただけ・・・ってことはないか。

 

 

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