ドラゴンブラザーズ

 

____________________1月1週 川端西高校 部室____________________


新春早々、バタ西諜報部は活動を開始していた。
諜報部員全員が・・・といっても藤谷さんと刈田だけなのだが
・・・05年度最初の活動として新聞チェックをしていた。

「ん?・・・藤谷さん!ちょっと来てください!」
12月後半から昨日までの新聞をあらかた見終わり、今日の新聞をチェックしていた刈田が驚きの声をあげ、藤谷さんを呼んだ。
「どうしたんですか?・・・ああ、これですか。」
藤谷さんは、刈田の視線からどの記事に反応しているのかすぐにわかったようだ。さすが諜報部長。
その記事は、「プロとアマ 完全和解か〜指導全面解禁へ」と言うものだった。

「ね、すごいですよね、これ。もしかしてうちにもスター選手が教えにきたりして・・・・・」
刈田は完全に興奮していた。しかし藤谷さんは、いつも通り冷静に状況を分析した。
「いや、その可能性は限りなくゼロに近いでしょうね。指導解禁って言っても全ての球児が指導を受けられる、ってわけではないですから。プロの選手は当然忙しいですからね・・・・・まあ、その忙しい間を縫ってでも母校に教えに行きたい、ってケースなら考えられますけどね。」
「母校、ですか・・・・・バタ西からプロ選手は出てませんから・・・・・」
「ありえない、というわけですね。・・・・・まあでも、そんなに悲観することはないですよ。川端市単位とか新島県単位でなら、なにかこう野球教室みたいなものは開かれるかもしれませんから。各校代表が参加するようなセミナーがね。」

そうか・・・・確かにそれは考えられるな。とりあえずそういう場合に備えて、代表になれるよう頑張るかな・・・・・

しかし刈田は、確実に落胆していた。



_____________________1月2週 川端西高校_____________________


いかめしいドイツ製の高級車が、校門の横へ止まった。左側のドアが開き、中からがっしりとした体格の男が現れた。
ふぅ、とため息をつき、あたりを見渡す。とりあえずどこに進めばよいのか迷っているようだ。
すると、一人の少年が校門へ向かって歩いてきた。少年は、野球のユニフォームを着ている。
がっしりとした男はしめたと思った。これは都合がいいな、と。そして男は少年に声をかけた。

「少年。」
高級車とこの体格の男の取り合わせ、いかにもヤミ社会的な空気に少しおびえていた少年、南条は、びくっとして振り返った。
「は、はい。」
「君は野球部、だよな。スミスの所へ案内してくれないか?」
スミス・・・?突然外国人の名前を出され、南条は少し戸惑ったが・・・・・思い出した。
「角田監督のことですか?」
「あ、ごめん。つい昔の呼び名を使ってしまってな。それにしてもよくわかったな。今でもそう呼ばれてるのか?」
「いえ。昔ちょっと聞いたことがありまして・・・・・金田さん、って言う人から。」
なにげなくつぶやいたその名前に、がっしりした男は反応した。
「金田・・・・・もしかして、金やん?」
「え、ええ。角田監督はそう呼んでいました。この辺に住んでるらしいですよ。」
「そうか・・・・・金やんも近くにいるのか。こっちも一回、会いに行きたいな。」
がっしりした男の表情はかなり緩んでいた。それを見て、南条の緊張も解けた。


改めて、男を見回してみる。・・・遠くから見る限りではよくわからなかったが、南条はこの男をどこかで見たような気がしていた。

そのとき、向こうから男がもう一人やってきた。こちらは背が高くヒョロっとしている。
「お、京司(きょうじ)。遅かったな。」
「大して遅れてないよ・・・洋司さん・・・・・。で、ここなの?スミスさんが監督やってる高校は。」
「そうみたいだな。今からこの少年に案内してもらおうと思っているんだが。」
南条は、この割と細身の男もどこかで見たことがあるような気がした。しかも、二人ペアで。どこかで見たことが・・・・・まあいいや。とりあえず案内しよう。
「今からグラウンドへ行くのでついてきてください。角田監督は・・・・たぶんいるはずです。」
「たぶん?」
「あの人は急にどこか行ってたりすることが多いんで・・・・・」

がっしりした男は思わず笑ってしまった。
「ははは・・・相変わらず飄々(ひょうひょう)としてるんだな、あいつは。・・・じゃ、行こか。」
3人は、グラウンドへ歩み始めた。それにしても、どこかで見たことがある気がするなぁ・・・・・・


前から何度も言っているのだが、南条の野球知識の乏しさは度を越している。本当に野球をやっているのか?と改めて問い直したいぐらいだ。この兄弟がそろってさえ気づかないとは・・・・・後日、刈田などチームメイトはあきれて何も言えなかったそうだ。


・・・
・・・
・・・


グラウンドに入り、兄弟の姿が現れた瞬間、グラウンドは一気にざわめきだった。・・・なんだろう、これ?
南条は特に気にもせず歩を進めていく。右手に角屋さんが見えた。何か言いたがっているようにも見えたが・・・何も言ってこない。

ベンチへ入ると、運良く(?)監督がいた。
「スミスさん!お久しぶりです!」
「ん?・・・・・
おお!京司!・・・って、洋司さんまでお揃いで!?どないしましたんや!?」
監督が今までになく驚いている。南条の謎はますます深まっていった。

「うん。自主トレ期間ももうすぐ終わるし、今のうちに会いに来ようと思って。・・・スミスがここで監督をやってるって言うのは前から聞いてたんだけどな。いままではあれだろ、ほら、なんかプロとかアマとかややこしかったから気軽に会いに行けなくてな。」
「下手したら、両方が損をするようなことにもなりかねませんでしたからね。」

プロとアマの壁。これがここまで厳しかったスポーツはほかにないだろう。選手獲得がらみの過去の事件以来、プロ野球関係者は高校球児に少しでも指導的な言葉をかけると処分される、という酷なルールが存在してしまっていた。
だがその、ともすれば理不尽な規則もついに撤廃された。角田監督はその改正に感謝し、そして旧知との再会に素直に喜んでいる。

「そんなん気にせずに、個人的に会いに来てくれたらよろしかったのに・・・いや、ほんまにうれしいです。」


一方、南条は横でその光景を呆然と見つめていた。よく頭の中が整理できていないらしい。
そのとき、グラウンドから刈田が駆け寄ってきた。
「ジョー!この人たちはいつ来られたんだ!?」
「えーと・・・さっき校門で会って、監督のところに案内してくれ、って言われたからこう連れてきたんだけど。・・・・・ところで、なんでみんなこんなに驚いてるの?」
刈田は兄弟の訪問に心底驚いていたが、その言葉にはもっとビックリした。一旦、息を整えてからこう説明した。

「なんかお前の様子、さっきからおかしいと思ってたけど・・・・・まさか知らないとは・・・・・この人たちは、横浜ポートスターズの竜兄弟だよ!」
「竜兄弟・・・・・
あっ!!!」
ここに来て、ようやく南条の頭の片隅に追いやられていた知識が復活した。竜兄弟・・・・どうりで見たことあるはずだと思ったら・・・



竜洋司、44歳。竜京司、42歳。プロ野球史に燦々と輝くスーパー兄弟である。
兄の洋司は横浜ポートスターズ一筋21年。首位打者2回、HR王5回、打点王4回、そしてこのうち三冠王が一回と球史でも指折りの強打者。力と技を兼ね備えた打撃と見た目からは想像できないほど俊敏なグラブさばきで、ポートスターズの看板選手として4番サードを守り続けてきた。

弟の京司は東海フェニックスに9年間在籍したあと、兄のいるポートスターズに移籍して今年で10年目となる。なんと言っても自慢はゴールデングラブ12回の驚異の外野守備。俊足を生かした守備範囲と抜群の強肩、近年は経験に基づいた的確な反応で外野に君臨している。打撃面でも首位打者1回、最高出塁率2回を記録し、盗塁王も4度獲得している。
このように個々の成績ももちろんすごいが、一番驚きなのは2人とも40を過ぎた今でも、コーチ兼任で現役を続けているということだ。
しかもお情けや限界への挑戦、などで残っているわけではなく、2人とも自分の野球の実力で毎年契約を勝ち取っている。

そしてこのようのスターが現れたあかつきには、球児たちが驚くのは至極当然のことなのだ。



「そうだ、せっかく来たんだからちょっといろいろ少年たちに教えようかと思うんだが。京司はどうだ?」
「うん。俺もそのつもりで来たから。」
兄弟にとっては自然に出た二言だったが、角田監督はこの上なく感激した。
「え、ほんまに!?わざわざ遠いところから来てもらった上にそこまでやってくらはるとは・・・・・」

「・・・・普通は、一旦断るもんですけどね。やっぱりスミスさんだ。ぜんぜん変わってない。」
そういった京司を始め、三人は再び笑った。
もはやそこにはプロとアマの壁などというものはない。かつてのチームメイトが、昔への回帰を爽やかに果たしているだけだ。

・・・・・チームメイト?あ、その辺の話は次回に。

 

 

 

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