竜京司

 

監督は、部員たちに集合をかけた。

「よし。なんかごちゃごちゃしてもうたからな。改めて紹介しよう。ま、その必要はないやろけどとりあえず・・・・・この人らは、横浜ポートスターズの泣く子も黙る野球兄弟、竜洋司さんと竜京司(きょうじ)さんや。」
監督がそう言うと、部員たちから一斉に歓声が上がった。予想していなかったわけではないだろうが、兄弟はなかなか驚いているようだ。
「歓迎してくれてありがとう。竜洋司です。・・・京司、俺はこういうの苦手だからやってくれないか?」
「OK。・・・ただいまご紹介に預かりました、弟の竜京司です。監督のスミスさん・・・じゃなかった、角田さんとは兄さんも含め社会人のチームで一緒に野球やってました。」
なるほど。それであんなに親しげだったのか。この人たちほどの人がここへ来たのも、そういうところにあるんだろうな。

「その頃からこの人らはすごかったぞ。打つにも守るにも格が違う感じやったわな。うん。」
角田監督が、いきなり後ろから口を挟んだ。
「いやいや、スミスさんも一流でしたよ。何せ西のエース・・・・・って、話がそれるのでやめますね。・・・まあそういうわけで、今までも何度かお会いしたいとは思ってたんですけど、なかなか機会もなかったし、いろいろ周りもうるさかったので・・・・・・でも今日、やっとこうして再開を果たすことができました。そしてこのまま帰るのもなんなので、ついでといっては悪いのですが、今日は皆さんにいろいろと野球のことを教えようかな、と思っている次第です。」

いっそう大きな歓声が、グラウンドへ響き渡った。


「はい、静かに静かに・・・・もうお前ら、今日はほんまに幸せもんやな。なかなかこんな機会、ないで。ま、そういうわけで、今から竜兄弟の指導を受けたいやつは手を上げろ!」
監督・・・いちいちそんなこと聞かなくても・・・・・・当然のごとく、全員の手が上がった。
「・・・すまん。愚問やったな。できれば全員に教えてもらいたいところやけどな・・・・・いろいろと予定もありますやろ?」
角田監督はそう言うと、兄弟に目を向けた。
「そうだな・・・・・一日ここにいるわけにも行かないしな。できれば人数を絞ってもらったほうが。」
「よし、じゃあちょっとだけ待ってや・・・・・・誰にするか考えるから・・・・・・」

監督は目をつむって思考体制に入った。グラウンドの球児の視線が一身に集まる。
つばを飲む音が聞こえるほど、あたりは静まった・・・・・

「よっしゃ。決めた。まず洋司さんに担当してもらうのは・・・・・具志堅!中津川!それに角屋!」
「「はい!」」
「はいっ!!!!」
ひときわ大きな声で返事をしたのは・・・・・角屋さんだ。・・・・あれ?
いつも割りと冷静なキャプテンにしては珍しい。待ちきれないとでも言うように、一人でもう立ち上がっている。

「まあまあまあ、そうあせるな。気持ちはようわかるけどな・・・・・はい、じゃあ次に京司に見てもらうのは・・・・・刈田!島田!新月!」
「「「はい!」」」
「今日は今
選んだ6人を見てもらう。残ったやつは・・・・・指導してはるところを見てもええし、各自練習してもええ。くれぐれも、すねてサボるなよ。じゃ、いったん解散や。」
選手たちは再びグラウンドに散って・・・・・いかない。一部を除いて。直接受けられなくても、技術を吸収したいという思いは皆強いようだ。当たり前か。


・・・
・・・
・・・


「そうか。去年の秋から取り組んでるんだな。」
「はい。どうしても逃げる球が苦手なんで・・・・・」

新月は、竜京司にスイッチヒッターの基本を学ぼうとしていた。
いまや球界を代表する両打ち打者の竜京司だが、スイッチを目指したのはプロ入りしてからだ。そして類まれなるセンスと不断の努力で、彼は周りが目を見張るほどの短期間で両打ちを習得した。
いまの新月にとって、こうした経緯を持つ竜京司はもっとも有意義なコーチだろう。

「苦手を克服するために、ね・・・・・・まあ悪いとは言わないけど、それだけだといつか絶対に壁にぶち当たると思うよ。
スタイルの改造は、自分の武器を得るためにやるものなんだ。野球をやるに当たって、常に変革していくことは一流選手になるために必要不可欠な条件だけど・・・・・・スイッチに転向するってことは本当に大変革だからね。安易な気持ちで臨めば、取り返しがつかないぐらいに打撃の形が崩れるかもしれない。だからしっかり覚悟を持ってやってほしいな。
君の苦手な逃げる球も、できるだけ努力して克服していかないと。両打ちは万能じゃない。頼りすぎると痛い目にあうよ。」

「はい。なるほど・・・・覚悟、ですか・・・・・」

それは今はじめて言われたことではない。同じようなことはもちろん監督からも言われたし、左打ちを教えてもらっている南条からも何度か言われたことがある。でもさすがにこの人が言うと、重みがあるな・・・・・南条とかの言葉が軽い、ってわけやないけどな。
「うん。その辺は十分しみこんでそうだから大丈夫かな。じゃあまず聞くけど、今どういう練習をしてる?」
「そうですね・・・・・左打ちの友達にフォームを見てもらって素振りしたりとか、実際に打ってみたりとかですね。」
「うんうん・・・・じゃ、とりあえず何回か振ってみて。」
足元に合ったバットを取り上げて、新月は素振りを始めた。

京司さんが見てるってだけでも相当緊張するけど、その他の観客がまた気になるなぁ・・・・・なんでこんなおんねん・・・・・・特に刈田・・・・・なんかメモとって、やたらとうなずいてるし・・・あいつほんま、最近不気味やわ・・・・

「よし、もういいよ。大体きちんと振れてるね。」
少し意識が他に行きかけていた新月は、その言葉で一気にわれに返った。
「あ、ほんまですか?」
「もちろん、改善したほうがいいところはまだまだあるけど・・・・今日は時間がないから、これからバタ西の人に随時見てもらっておいて。さて、次は目を慣らしていかないとな・・・・・・」
「目、ですか。」

なんとなく気の抜けた新月のその反応に、竜京司は鋭く指導した。
「おいおい。スイッチ転向の練習で一番重要なのはそこだぞ。右打席から見る球と左打席から見る球はぜんぜん違うからな。大体挫折する人の原因は、そこで感覚を崩すことにあるんだな。」
竜京司はポートスターズでコーチも兼任している。役割は守備コーチだが、ある程度打者の指導状況も知っているだろう。そういう中でいろんな選手を見てきた上での言葉だろう。やはり説得力が段違いだ。

「とにかくたくさんの球を見ること。それに尽きるな。じゃ、早速今ブルペンで投げてる子の球を見てもらおうか。」
そういって指差した先で投げているのは・・・・・土方さんだ。
「え、でも土方さんはサウスポーですよ・・・・・左打席での目を鍛えないと意味ないんやないですか?」

新月の言っていることはもっともだ。
普通、スイッチヒッターは相手が右投手なら左打席、左投手なら右打席に入る。だから、当然土方さんに対して、新月は右打席に入る。新月は元は右打者。これまでの野球人生、右打席で球筋を見続けているのだ。いまさら鍛える必要はない。・・・・と、新月だけでなく聞いていた全員が思ったが・・・・・

「いや、君にはちゃんと左打席に立ってもらうよ。今投げてる子は確かに左投げだけど・・・・完全なオーバースローだし、カーブは持ってないみたいだし。右投手とそんなに変わりはないはずだから。できるだけいい球を見たほうが練習になるからね。」
京司さん、いつの間にそこまで見てたんだ・・・!と、その言葉を聞いた者は、竜京司の視野の広さに驚いた。


・・・
・・・
・・・


「ドンッ!」
長い腕から投げ下ろされた直球が、ミットに撃ち込まれる。左打席には新月が立っていた。相変わらずボールがよく揺れるな・・・・・

「あ、ちょっとピッチャー、ストップしてもらっていい?」
竜京司は土方さんに何球か投げさせたあといったん止めた。
「もしかして今、少し力抜いて投げてない?」
え?そうなん・・・?新月にはとてもそうは見えなかった。力抜いてるにしては速すぎるやん・・・・・
「・・・俺、コントロール悪いんで。」
図星だったようだ。いったい、どうやって見分けたんや・・・・・・?
「今監督に言われて、丁寧に投げることを心がけているんですよ。ピッチャーにとってそれが一番大事なことだ、って。」
土方さんのあまりにも少ない言葉数を、球を受けていた藤谷さんが補足した。

「そうかな・・・・土方君ぐらいの球威があったら別にそんなに意識しなくてもいい気もするんだけどな・・・・・俺の知っている範囲では、他に高校生でムービングファストを投げる子なんて知らないし。」
「投手は試合になるとまず間違いなく普段より荒れるから、練習では少し大人しめに投げるぐらいのほうがちょうどいい、って監督は言ってました。時々、全力で投げる練習もしてますよ。」
「なるほどね。・・・・・まあいいや。とりあえずこれは打者の目を慣らす練習だから、できるだけ速い球を投げて欲しいな。」
「・・・はい。」
マウンド上の土方さんは、ロージンバックを手に取った。

「思いっきり投げて。当てそうになってもかまわないから。むしろ当てるぐらいのほうが、よける練習にもなっていいかな。」

竜京司が何気なく言ったこの一言が、グラウンドの空気を一気に換えてしまった。
「・・・・・・はい。わかりました。」
え?・・・え?・・・当てるって・・・・・嘘やろ・・・・・!?

土方さんの目が、妖しく光っている。

「・・・いくぞ、新月。」

土方さんが足を上げて、投球を始めた。

新月は、命の危険を感じた。

 

 

 

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