竜洋司

 

一方、竜洋司の指導はバッターボックスで行われることになった。
そこへ向かう途中、角屋さんが意を決して切り出した。
「あの、洋司さん。」
いきなり下の名前で呼ぶなんて失礼じゃないの?と思われるかもしれないが、この兄弟に対してはだいたいの人がこう呼ぶ。だから別に失礼にはあたらない・・・はずだ。

「いきなりこんなこといってあれなんですけど・・・後でサインもらえませんか?」
・・・切り出された竜洋司も驚いただろうが、それを聞いていたほかの部員たちはズッコケた・・・・・・・角屋さん、今日はなんかおかしいぞ・・・・・
「あ、ああ・・・いきなり怖い顔で前に出てくるから、なんだ?と思ったらそんなことか。もちろんいいよ。」
「ありがとうございます!俺、子供のころから洋司さんの大ファンなんです!」
同学年、2年生の部員の中にはそのことを知っている人は結構いる。だが、それを今日の角屋さんの異変につなげて考えることはできなかったようだ。

角屋正一、17年の人生の中で今日は最高の日になるだろう。


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まずは素振りをチェックするのだろう、とほどんどの部員は予想していたが・・・
「じゃあ、フリーバッティングからやろう。トップは・・・角屋。できるだけ普段どおりに打ってみてくれ。」
「はい!」
予想が外れた部員たちは少し戸惑っていたが、角屋さんにそのような様子は見られなかった。

後から角屋さんに聞いたところによると、これは打撃コーチ竜洋司の指導方針なのだそうだ。
ルーキー打者にはまず打たせる。キャンプを越してその年初めて練習に参加する打者にもまず打たせる。
とにかく打たせる。竜洋司にとって、それがその打者の長所、短所を見つける一番迅速かつ的確な方法らしい。
それを聞いた人は竜洋司の理論にも感心したが、そのような竜洋司の指導方針まで知り尽くしている角屋さんのファンぶりにことさら感心した。

・・・まあ、それはいいとして。角谷さんはいつもにも増した集中力で球を飛ばしていた。20スイングほどのところだろうか、そこで竜洋司はいったんスイングをやめさせた。
「角屋、俺のフォームを参考にしてるのか?」
「あ、はい。試合のビデオとか、野球雑誌に載ってた連続写真とかを参考にしました。」
「うん。フォーム作りにはプロ選手を真似るのがすごく効果的だからな。よく研究してると思う。内角もかなりさばけてるしな。」


確かに、角屋さんの内角打ちは天下一品だ・・・・・と、ここで一人の部員があることに気づいた。
「角屋の内角打ちって・・・・・洋司さんの内角打ちから来てるんだな。」
「・・・・あっ、なるほど!」

そう。角屋さんのフォームの根源、竜洋司の内角打ちはプロでも随一のものなのだ。プロ特有の、インコースへの厳しい球を見事にさばく技術によって、竜洋司は率も残せるパワーヒッターとして名を馳せてきたのだ。それを目標にしている角屋さんが内角を得意とするのは当然・・・・・では決してない。そんなに簡単にいくなら、一流選手なんていくらでも生まれるだろう。やはり絶え間ない努力と素質があってこそ、今の角屋さんが作られているのだ。


「ただ、ちょっとそのさばき方に問題があってな・・・・・少し、体が突っ込みすぎの感がある。ほんの少しだけどな。それで外の球を強く打てなくなっている、ように俺には思えた。」
強く打っていない・・・・素人目にはそうは見えなかったが、確かにそういわれた上で改めて思い起こしてみれば、打球の勢いが落ちていた気もする。さすがに目の付け所が違うな。
「内角の球はできるだけピッチャーに近いところでたたくのが基本で、突っ込みたくなるのも自然なことだ。だがそれでは、後々、特に外の変化球をさばくのに問題が出てくるんだな。」
「なるほど。・・・・・具体的にはどうすればいいのでしょうか?」

「といっても、下手にフォームを硬くして、角屋の長所を消してしまってはダメだからな・・・・・まあでも、今よりもう少しだけ腕がたためていれば、球を呼び込んでも十分にさばけるはずだ・・・よし、それでやってみるか。」
こうして、竜洋司によりフォーム矯正が始まった。憧れの選手からここまで丁寧な指導を受けられて、角屋さんの感激はひとしおだった。


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角屋さんへの指導が終わると、次は具志堅の番になった。
いつものように、フリーバッティングでも左打席からとにかく飛ばす飛ばす。とても一年生とは思えない飛距離に、普段見慣れているはずの部員たちも改めて目を見張った。が、しかし、竜洋司だけは首をひねっている。

「うーん・・・・ちょっとボックスから外れて、素振りしてみろ。」
言われるまま、具志堅はバットを振った。
風を切り裂く音が響く。

「これだけスイングスピードがあるのに・・・・・意外と球が伸びてないんだよな・・・・」
「「・・・え?」」
何人かの部員が、思わず声を出して驚いてしまった。ガンガンスタンドインしてたのに・・・・足りない?
「今はフリーだから割と楽になるけど、実戦になると意外と飛ばないな、と思ったことはないか、具志堅?」

具志堅は考え込んだ。

「確かに、思い当たる節はありますね。」
「そうだろう。俺が思うに、トップの位置が浅いんじゃないか。最短距離からバットを出そうとしているんだろうが、もう少し深くしても、お前の力ならそんなに気にならないはずだ。」

トップの位置、とは打撃において前足を踏み出したときのバットの位置のことだ。静止写真で見てみるとわかるのだが、パワーヒッターであるほどトップの位置が深い、つまり腕の位置がよりキャッチャーに近いほうにある。そういう選手は、身長が小さくても意外な飛距離を記録したりする。逆に、すごく体格のいい選手でもトップの位置が浅ければ、見た目ほど飛距離が出ずアベレージヒッターになっている場合もある。まあこれは、一概に言えることではないけれど。


しかし、竜洋司の指導は的確だった。少し矯正してみると、確かに飛距離は伸びた。
「すごいですね・・・・ぜんぜん気づきませんでした。」
その変化に、具志堅本人が一番驚いているようだ。
「選手が気づかないことを教えるのが、コーチの役目だからな。・・・まあでも、これに味を占めて、むやみにトップを深くすればどんどんよくなる、ってもんでもないからな。その辺のバランスは引き続き、周りの人にチェックしてもらってくれ。」
「はい。」

「次は中津川を見ないといけないのに、その前に結論を言ってしまって悪いんだけど、ここでどうしても言いたい事がある。
打撃は生き物だ。その日ごとに、いやそれどころか一打席ごとに、打撃の形は多かれ少なかれ変わっていくんだ。だから一人で盲目的に練習してると非常に危険なことになる。トップのことに限らず、いろいろなところでバランスが崩れていく危険性は常にあるからな。
これは部員全員に言うけど、定期的に自分の打撃を人に見てもらえ。それが上達へのひとつの秘訣だと、俺は考えている。」
うん。今日は本当に有意義な日だ。「秘訣」まで教えてもらえるとは・・・・・


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その後、予定通り竜洋司は中津川さんを指導し、竜京司のほうでは刈田に打撃、そして島田さんに守備を教えた。島田さんの外野守備は竜京司もほめるところではあったが、それでもやはり改善すべき点を見つけ出すのはプロの目がなせる業だ。
守備にかなりの自信を持っていた島田さんだったが、新しく得る点はかなり多かったようだ。


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一通り指導を終え、きちんと角屋さんへのサインも果たし・・・それに乗じて他の部員たちも一斉にサインを求めてきたので大変だったがなんとかこなして・・・・・二人は帰路へついていた。
「なあ京司、バタ西は今年のセンバツには出るのか?」
「え?知らなかった?・・・・・・まだ決まってないよ。21世紀枠の候補になってるらしい。」
「21世紀枠、か。高野連もなかなか面白い制度を考えたもんだよな。・・・・・・バタ西が出るとなると、今年のセンバツはかなり面白いことになってくると思うな。」
竜京司も、それに大いにうなずいた。
「ぜひ出てほしいね。新島の普通の高校にあれだけの逸材たちが眠ってるとは・・・・・正直、まったく予想してなかった。」
「うん。俺もだ。まあ、スミスさんが監督だから、一人ぐらいならすごい選手がいるかも、とは思ってたけど。一人どころじゃなかったな。全く、すごい。」

兄弟は大きな楽しみを見つけ、それぞれ自宅へと向かった。



ちなみに、新月は無事生還したようだ。何度か危ない場面はあったらしいが、持ち前の瞬発力で見事に・・・・・・というか土方さん、少しは手を抜いてくださいよ・・・・・・

 

 

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