呪縛

 

___________________1月3週 川端西高校 ブルペン___________________


体をキャッチャーの正面に向け、腕を無駄なく伸ばして振りかぶる。
足を軽く上げ、腕を引いた後投げ込む。正統派のオーバースロー。
「バンッ!」
小気味のよい音が、簡素ながらも屋根のつけられたブルペン内に響く。
キャッチャーがいったん捕球体制をやめ、ピッチャーに話しかける。

「だいぶ、フォームが板についてきたな、南条。」
南条の球を受けていたのは、同学年の後藤だ。1年生ながら、秋の大会では背番号12を背負って見事にベンチ入りしている。
「うーん・・・板についてきた、というより感覚が戻ってきた、って感じかな。」
「そうか。お前、中学の前半はピッチャーだったんだよな。でも、それだけブランクがあるのによくこれだけ投げられるよな。最近ではちょくちょく135も超えるようになってきたし。」
確かに、南条の成長ぶりはなかなか驚異的だ。転向当初の球速はMAXで130キロ台前半程度。しかし最近では130キロを越すことは珍しくなく、最高球速もこの前139キロを記録した。
ストレートだけではない。カーブも感覚を取り戻して投げられるようになったし、新たにフォークも覚えた。特別メニューに基づいた走りこみのおかげで制球もどんどん安定してきている。
投手復帰からわずか3ヶ月でこれほどの投球。南条圭史、なかなか只者ではない・・・・・・・・はずなのだが、この人と一緒に練習してると、全くそれは霞んでしまう。いや、霞むどころかやや忘れられている気も・・・・・


「・・・スッ」
白球が鋭く沈む・・・・・・ように見える。実際には、自然な放物線を描いているだけなのだが。
「いいですね。まともに決まれば、まず打てないですよ。これは。」
藤谷さんは、返球しながらそう言った。
「・・・もう少し、コントロールができればな。」
ほめられた土方さんは、謙遜しながら返球を受ける。
「そんなに欲張らないでも。ストレートが相当制御できるようになって来ましたから、やはりこれだけのフォークは脅威ですよ。それに、たとえ真ん中に入っても、落差が抜群ですから。まずバットに当たらないですね。」

190センチを越す巨体の土方さん。それに伴って、指も普通の人よりかなり長い。その指から繰り出されるフォークは、キレ、落差ともに1年間野球をやっていなかった投手とは思えないほど素晴らしい。
・・・そう。この人は1年間のブランクを抱えているのだ。途中で投手の練習から離脱していたとはいえ野手としてずっと野球をやっていた南条とは、比べ物にならないほど条件は厳しい。なのにこの投球・・・・・・周りの者は賞賛する前に、逆に首を傾げてしまうほどだ。

「じゃあ、ストレートも交えて投げていきましょうか。サインはもう覚えましたよね?」
「・・・ああ。了解。」
土方さんと藤谷さんのバッテリーが、実戦的な投球練習を開始した。南条たちは、思わずしばらく見とれてしまった。


その時、何かの集団が時々奇声を上げながらブルペンのほうへ近づいてきた。・・・・・・やばい。
「よお、啓。」
先頭の一人が、土方さんの下の名前を呼んだ。土方さんが、視線をそちらのほうに向ける。・・・・・・その表情は、明らかに曇っていた。
「相変わらずお前は、クソ真面目に球と遊んでるんだなぁ。ボールは友達、ってか。」
「おいおい、それはサッカーじゃねぇの?」
集団がけたたましい笑い声を上げた。服装は意図的に崩してあり、髪は元の色を失っている。・・・・・・いわゆる、不良という人種だ。
「・・・何しに来た?」
土方さんの発した第一声は、つれないものだった。
「何しに来た、はねぇだろ。ダチの足洗った姿、見に来てやってんだよ。」
「お前、最近本当に「お利口さん」に成り下がったらしいな。あんだけ文句垂れてたカバの授業にもずっと出てるらしいじゃねぇか・・・・・うぜぇ。」
「カバ」とは、日本史の先生のあだ名だ・・・・・・って、そんなことはどうでもいい。不良たちが、ブルペンと外を隔てるフェンスにもたれかかった。どうやら、たむろするつもりらしい。上着から、ショートホープを取り出して吸い始めた。

・・・土方さんは完全に無視して投球を続けようとした。しかし、不良の一人がブルペンに向かってつばを吐くと、土方さんの顔色が変わった。そして土方さんは、フェンスのほうへと歩み寄った。
「・・・別に見学するのは自由だがな、迷惑かけるようなら帰ってくれ。」
つばを吐いた男が、土方さんを睨み付けながら立ち上がった。
「いつ俺らが迷惑をかけた?」
「・・・まず、騒がしい。それだけならまだいいが、ブルペンを汚したことは許せない。これは監督が・・・」
土方さんの言葉を、男はさえぎった。
「監督?あのジジィがどうした?お前、いつか殺してやるとか言ってたじゃねぇか。」
「・・・」
土方さんは、非常にばつの悪そうな顔をした。それはそうだ。・・・・・・土方さんが1年もの間野球部を離脱していた理由は、監督との確執にあるのだから。それは間違いなく、二度と思い出したくない過去だろう。
「大体よ、こんなショボイ建物」
そういうと、不良はフェンスに蹴りを入れた。その振動がブルペンに伝わり、天井から何かが落ちてきた。
「ほら、一発で欠けやがったぜ!」
不良たちが、手をたたいて笑った。・・・土方さんに、我慢の限界が訪れた。

「・・・帰れ!!」


すると、不良が懐から何かを取り出し、土方さんのほうへ突いた。とっさに、土方さんは後ろに飛びのいた。
フェンスの隙間からその身を突き出していたのは、刃渡り20センチほどのナイフだった。
ブルペンの面々は、体をこわばらせた。・・・一人を除いて。
「へへへ・・・まだまだ、いい動きできるじゃねぇか。やるか?こっち来いよ。」
土方さんは、無意識に戦闘体勢に入っていた。が、そこから全く動かない。
「やれるわけねぇよな。半年前のてめぇなら、これごときは何の役にも立たなかったが」
不良はナイフを自分のほうに寄せ、そして捨てた。
「今はこんなもんなくても、全然怖くねぇ。犬に成り下がったてめぇは絶対かかってこねぇもんな。野球部だからよぉ。」
勝ち誇ったようにそういうと、不良たちは再び笑った。
・・・もし土方さんが暴力を振るえば、川端西高校野球部に、処分が下る。いちいち言われなくても、それぐらい土方さんはわかっているのだろう。だから、全く動かなかった。
・・・よせばいいのに、土方さんは言い返した。
「・・・何もできないのはお前も同じだろ?・・・お前はすでに一回、高校やめてるんだよな。・・・二回目は避けたいんじゃないのか?」
その言葉は、少し効いたようだ。不良はほかの男たちに目配せして、立ち去っていった。捨て台詞を残して。
「・・・・・・・・おい、犬。俺らをコケにするのもここまでにしとけよ。でないといつか、死ぬより痛い目に合わせてやるからな。」


「過去の呪縛、か・・・・・・」
重苦しい空気の中、藤谷さんがボソッとつぶやいた。


「・・・ごめん。続けよう。」


2年生バッテリーは所定の位置に戻り、練習を再開した。

 

 

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