招聘

 

____________________1月30日 川端西高校野球部部室_____________________


今までにない緊張と希望が、ここ川端西高校野球部を襲っている。
しきりに時計を気にする者、意味もなくあたりをうろつきまわる者、なんとなくじっとしていられなくて走りに出る者・・・誰一人として、落ち着いている部員はいなかった。それは、バタ西のブレーン藤谷さん、キャプテン角屋さんも全く例外ではない。

「・・・・・・おい藤谷、足が震えてるぞ。」
角屋さんにそう指摘された藤谷さんは、少し恥ずかしそうに膝頭を抑え付けた。なんとなく、顔も蒼白くなっている。
「あっ・・・・・・全く気づきませんでした・・・・・・僕、意外にアガると制御が効かないほうなんですよね・・・・・・」
この意外な自白に、角屋さんは素直に驚いた。
「そうなのか?いっつも冷静だからそうは見えんけどなぁ・・・・・・あれだ、重要な試合の時なんかは全然、普通じゃないか。」
「うーん・・・体動かしてたり頭動かしていたりしたら、まだマシなんですかね。それにしても、これだけ緊張するのは受験のとき以来だ・・・・・・」
受験・・・高校受験か・・・角屋さんは、自分のその当時のことを思い返してみた。

確かに、結構心臓の強い角屋さんでも受験のときはなかなか緊張した。前日は十分に眠れず辟易したものだ・・・・・・だが、藤谷さんのように、ここまで大きな変化が現れるほどの緊張はしていなかったように思う。

公立高校の受験というのは、ある程度「いける」ところに挑戦するのが普通である。いけるかどうかは中学校の先生が、様々な情報を参考にしながら判断する。「志望校に行けなかった」という言葉には単に入試に落ちた、という意もあるだろうが、この「判断」の段階で志望校への受験を断られた、というケースもかなり多い。そのようにして淘汰されていった結果、大体普通の公立高校の入試倍率は1倍前後ぐらいに落ち着く。つまり、結構高い確率で合格できるわけだ。
ここ、川端西高校も確か現在の二年生のときの受験倍率は1ちょっとぐらい。そういうこともあるので角屋さんとしては、いざ試験に臨んでみると意外にリラックスして臨めたような記憶があるのだが・・・・・・と、ここで、角屋さんはある大きな違和感を感じた。

「・・・いや、よく考えてみればお前、本当にここ受けるときそんなに緊張したのか?藤谷だったら風邪引いてても、バタ西ぐらい余裕で通りそうな気がするんだけどな。」
前にも紹介したと思うが、藤谷さんの頭脳は野球だけでなく、勉強面でも遺憾なく発揮されている。定期テストの学年順位は1年中間からここまで常に1ケタ台、さらに首位打者・・・じゃないや、学年1位も3度獲得したことがあるという度を越した優秀さだ。

「僕、バタ西は、後期日程で受けたんです。」
「あ、そうだったっけ・・・?じゃあ、ここの他にどこ受けてたんだ?」
(選抜試験の)後期日程とは、前期である学校を受けて通らなかった人がもう一度受ける試験のことだ。
「えーと・・・新島東と、陽陵の理数科ですね。」
「・・・え!?」
角屋さんは、まったく予想外の校名に驚いた。
新島東と言えば新島県の公立高校のトップ校だ。陽陵高校・・・はいまさら説明する必要もないだろうが、新島県の野球名門校である。と同時に、都市部のスポーツ強豪校によくあるように、進学の面でもコースを分けて非常に力を入れている。その理数科と言えば・・・これも、新島の私立ではトップクラスの難易度だ。

「あの日は、ちょうど今みたいに前日から足の震えが止まらなくて・・・・・・」
藤谷さんは、ひざを押さえていた手を離した。いまだ、小刻みに上下している。
「胃も痛くなるし、果ては途中の電車で立ちくらみを起こしてしまって・・・一応試験会場へはいけましたけど、試験どころじゃなかったですね・・・」
苦い思い出をよみがえらせた藤谷さんの表情は、どんどん沈んでいった。
「・・・どうだったんだ?普通のコンディションならいけそうだったのか?」
「塾の先生も学校の先生も、一応100%通るだろう、とは言ってくれてましたね。後は油断するな、って・・・・・・油断に注意しすぎるあまり力が入って、結局あんなことになったのかもしれませんね・・・ははは」
藤谷さんは寂しく笑った。もしかしたら俺は、軽々しい好奇心からこいつの古傷を無残にえぐし返してしまったかもしれない・・・・・・角屋さんは、なんともいえない罪悪感に襲われた。

しかししばらくすると、藤谷さんはいつもの顔に戻って言った。
「でもよく考えてみれば・・・まあこれは結果論なんですけど、あの体調不良は野球の神様が僕に向けたメッセージだったのかもしれませんね。」
その口元には、微笑さえ浮かんでいた。それを見た角屋さんが安心したのは言うまでもない。
「そうだな・・・陽陵でも理数科からあの野球部に入るのはほぼ無理だろうしな・・・新島東なんかに行ってたら野球どころじゃないだろうし。」
「一応、野球部はありますけどね。でもあそこでは・・・・・・確かに、まともな練習なんかできないでしょうね。」
新島東高校は、新島県大会において5年連続で1回戦敗退している。「悲願の一勝!」がスローガンだそうだ・・・・・・ちょっと情けない話に聞こえるかもしれないが、あの学校の進学への力の入れようを見たら決して笑えないだろう。その力は、運動部だからといって緩められることはない。
「まあ、まず甲子園なんて、夢のまた夢のまた夢だろうな。」
角屋さんは強調するために、あえて三回繰り返してみた。
「甲子園・・・そうですね。僕たちは今まさに、夢をつかもうとしているんですよね。」



そう。これほど野球部がざわめきだっていのはなぜか。・・・・・・今日1月30日は、春のセンバツ高校野球の選考会がある日なのだ。21世紀枠の候補校となっている川端西高校は今、運命の電話を首を長くして待っているのだ。



・・・・・・ちょっと、これを言うのが遅かったかな・・・?



「プルルルルッ!」



それまで鳴りを潜めていた黒い物体が音を立てた瞬間、部室は一気に静まり返った。・・・・・何人かの心臓は、すさまじい打撃を受けていた。
「プルルルルッ!・・・・・・プルルルルッ!・・・・・・」
・・・・・・静まり返っただけでは、どうにもならない。
「おい、誰か出ろよ・・・・・・」
「やっぱりここはキャプテンに・・・・・・」
そういったある部員が、角屋さんに視線を送る。角屋さんは、ゆっくりうなずいて電話のほうへと向かった。・・・・・・・・そしておもむろに受話器を上げる。

「はい、川端西高校野球部です・・・・・・はい・・・・・・はい・・・少々お待ちください。」

受話器を持つ手、応答する声、ともに隠したくても隠し切れないほどの震えを見せている。平常時に見れば、滑稽以外の何者でもないだろう・・・だが今の状態では誰一人として笑わないし、笑えない。
角屋さんは、部室のドアへと向かった。一人ベンチで、なぜか瞑想している角田監督を呼びに行くらしい。


・・・
・・・
・・・


監督が到着した。
誰も、一言も、発さない。
極度に張り詰めた空気。


監督が、放置されていた受話器を再び手に取る。


「もしもし。、ただいま変わりました。はい・・・・・・はい・・・・・・えっ!?」


監督の素っ頓狂な声に、ビクッと跳ね上がったものが数人いた。まさか・・・・・・無理だった・・・・・?


「すいません・・・・・・もう一度お願いできますか?ちょっとワシ耳が悪うて・・・・・・」


・・・・・・驚かせないでくださいよ、監督!・・・・・・と、心の中で抗議するだけで、引き続き誰も動かない。ただひたすら、監督の受け答えを凝視する・・・・・・


「はい・・・・・よろしくお願いします。」


監督はガチャッ、と受話器を元に戻すと、ふぅー・・・・・・と長い息をひとつ吐いた・・・・・・


「よっしゃっ!!ついに行ったで!!!甲子園やっ!!!」

・・・・・・おかしなタイミングで叫ばれたため、何人かの寿命が数年縮まった。そうでなくても、監督の間があまりにも悪いので、皆喜ぶタイミングをつかみ損なってしまった。

「・・・あれ、どないした?お前ら?」


気まずい空気が流れる。


と、その時、部室のドアが静かに開いた。

「ただいま帰りました。どうでしたか?」

今まで走りに出ていて、のんきに帰ってきたこの男は・・・・・・南条だ。
本人にとっては普段どおりの挨拶だが、周りから見ればあまりにも場違いな緊張感のない声と表情に、一同の硬直は一気に崩れた。
「・・・うん。行けたよ。甲子園。」
ドアのそばにいた刈田が、何とか声を振り絞った。
「え?そうなんだ!?いやぁ、よかったですね!」

「・・・そうだそうだ!!!俺たちは甲子園に出れるんだ!もっと上げていこうぜ!!」
普段のテンションからは想像できないほど固まっていた島田さんが、ここで復活した。

この一言を皮切りに、部室は前代未聞の大騒動となった。
隣と肩を叩き合って喜ぶ者、ひたすら叫ぶ者、なかにはキャプテンを胴上げにかかった者たちもいた・・・・・・当然、放り上げられたキャプテンは低い天井に激突した・・・・・・


「バタ西に来て、よかった・・・」
2年前、野球の神様に招かれた部員が、歓喜の影でそっと涙を流した。

 

 

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