紅と白、初采配

 

____________________2月2日 川端西高校 ベンチ前___________________


「・・・いよいよやな。」

びっくりするほど重量を増やしたバーベルを黙々と上げていた具志堅が、突然そうつぶやいた。

「ん?何が?」

答えたのは、軽めのダンベルでストレッチをしていた新月だった。角田監督のお年玉を存分に使用して、大阪出身の二人が筋力を鍛えている。
「何が?って・・・きまっとるやろ。背番号決めやん。」
「そうかぁ?センバツまでまだ、一ヶ月以上あるんやで?」
・・・普通の感覚では考えられないような会話だ。だが、背番号のないユニフォームで一年の大半を過ごすバタ西野球部員にとっては、むしろ新月の返答のほうが自然だといえる。何せここまでの夏の大会、秋の大会と、角田監督が部員の背番号を決めたのはようやく大会一週間前になってからなのだ。
「そやな・・・まあでもあれや、お前はほぼ100%いけるやろ?この前の大会でも背番号6付けとったし。」
「いやいや・・・わからんで。あの監督のことやからな・・・」
思わず原因を監督に向けてしまったが、新月自身にもレギュラー入りを確信できない要素がある。かなり完成してきたとはいえ、両打ちに転向してまだ間もないし、改善されてきたとはいえまだまだ守備にミスは多いし、それに何より・・・・・・刈田が最近、やたらとショートの練習をやっているのだ。セカンドに入った中津川さんと組んで。実際、「バタ西のファイアーウォール」、刈田−新月の二遊間よりうまいような気さえしている・・・・・・

すると、向こうからその中津川さんが走ってきた。
「新月、具志堅、全員集合だ!監督の招集だぞ!」
「監督の・・・ですか。」
おかしな話だが、ここバタ西では監督自身が部員に召集をかけることは少ない。普段のグラウンドの権限は、ほとんどキャプテンに一任している。そしてその数少ない招集がかかるときには、たいてい予期しないことが起こることが多い。
「ほらな。やっぱり今から決めるんやろ。」
「ほんまかなぁ・・・・・・」
依然として新月には、一抹の不安が付きまとっていた。・・・・・・そしてその不安は、悪い形でではないがある程度的中することになる。


・・・
・・・
・・・


角田監督が、おもむろに口を開いた。
「じゃ、ちょっと早いけど、これから背番号を決めようと思うんやが・・・」
「が」・・・?やっぱり、なんかありそうや・・・
「正直、何人かは迷っとる。まあそれはいつものことやけどな。気にせず決めてもええんやけど・・・・・・さすがに甲子園も控えてるし、そう適当に決めるのは気が引ける。そこでや、」
監督は、ここで一旦言葉を止め、部員の顔を見渡した。覚悟はええか?とでも言うように・・・・・・やばい・・・
「明日、紅白戦をやってもらうことにする。各自しっかり準備せい!以上!」
いつもながら唐突すぎる決定を残して、監督は素早く立ち去った。残された部員たちはいつものように困惑した・・・・・・なんであの監督は、あんなに準備悪いんかな・・・・・・


____________________2月3日 川端西高校 グラウンド___________________



部員たちは、紅組と白組に分かれて練習を始めている。
メンバーはこのようになった。敬称略。数字はポジション番号。表記はスタメンだけ。

紅組

1 土方
2 藤谷
3 村岸
4 中津川
5 今尾
6 山江
7 林部
8 島田
9 角屋

白組

1 南条
2 後藤
3 具志堅
4 刈田
5 清川
6 新月
7 神部
8 河野
9 柴島


「つーかこれさ、要するに1年対2年じゃん」
メンバー表を見た島田さんは、即座にそう言った。
「全くあの人も、無駄にプレッシャーかけてくれるよな・・・・・・」
角屋さんはため息をついた。絶対に負けられないじゃないか、この戦い・・・まあこれも、「協調と競争」の一環なんだろうけど。
と、その時、後ろから誰かが二人の名を呼んだ。

「角屋!島田!」
聞き覚えのある声だ。声の主は、グラウンドの外にいるらしい。そして振り向いてみると、見覚えのある顔だ。あれは・・・・・・
「おお、谷嶋さん!久しぶりです!」

校内で時々見かけることはあったが、なぜかグラウンドには来ていなかった谷嶋さんだ。そしてその横には荒川さん、後ろには辺山さん、須藤さん、芦原さん・・・・・・
「どうしたんですか、みんなお揃いで?」
「おう。きょう紅白戦があるってことで、ちょっと監督に呼ばれてな。」
「それで見に来てくれたんですか・・・・・・勉強とか、大丈夫なんですか?」
島田さんのその問いに、三年生の何人かはうつむいた。
「おいおい、なかなか痛いこといってくれるな・・・・・・まああれだ、直前に息抜きも必要だろ。」
「そんなこと言いながら、おとといもこいつはゲーセン行ってたんだけどな。」
そんな荒川さんの突っ込みに、谷嶋さんは声の根を詰まらせた。さすが、元バッテリー。

「そうそう。お前たちの試合を見るってのもあるが、あいつの采配ぶりも見てみたいからな。まずここでしか見れないだろし。」
「・・・あいつ?」
「あれ?聞いてないのか?白組の監督をやることになってるんだけど・・・・・・」
え?監督?・・・・・・そうか、紅白戦で2チーム作れば、当然監督は二人必要となってくる。いったい誰なんだ・・・?


・・・
・・・
・・・


「はいはい!ちょっと練習やめだ!オーダー決めるぞ!」
その声に、一塁側で練習していた白組のメンバーの視線が集まった。視線の先にいたのは・・・・・・なんと木田さんだ。
「あれ、木田さんどうしたんですか?」
「うん?ああ、今日俺、このチームの監督やるから。」
「「え!?」」
木田さんはごくさりげなく言ったが、部員たちは誰もそのことを聞いていない。驚くのは当然だ。
「いけるんですか?監督なんて?」
刈田が、素朴な疑問をぶつけた。一見失礼にも取れるこういう質問を、気軽に投げかけられるのは木田さんの魅力であったりする。
「うーんまあ、一応15年以上野球やってるし、何とかなるだろう。つっても初めてだからな。ちょっとミスっても勘弁してくれよ。・・・・・・じゃ、えーと、まずは一番から・・・・・・・・・・あれ?」
木田さんはズボンのポケットに手を入れ、なにやらゴソゴソとやり始めた・・・・・・
「・・・ごめん、メンバー表忘れた。ちょっと取ってくる。」


・・・・・・大丈夫なのか、本当に?

 

 

第四章メニューに戻る

小説メニューに戻る

ホームに戻る

 

 


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送