新芽たち

 

____________________2月2週 川端市 河川敷グラウンド___________________


ここ新渡瀬川(にとせがわ)河畔のグラウンドで毎週日曜、軟式野球団「川端チェスターズ」は練習をしている。
この地域の中学にはきちんと野球部が存在していて、チェスターズのメンバーもほぼ全員、それぞれの中学の野球部に所属している。しかし、よりレベルの高い指導環境や切磋琢磨を求める中学球児たちは、休みを返上してここに集まってきているのだ。
その中の一人に、川端西高校1年具志堅海のいとこである、八重村諭(やえむら・さとる)という球児がいる。


「おーい、板橋!ちょっと待てー!」
練習が終わった帰り道。一人でさっさと帰ろうとするチームメイト、板橋貴一(いたばし・きいち)を、八重村はあわてて追った。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・そんなに急がんでもいいだろ・・・」
「お前が遅すぎるんだよ。だからいつもどおり先に行こうと・・・」
「ま、まあそうなんだけどな。今日はちょっと重要な話があるんだ・・・・・・とその前にもう一度確認しとくけど、板橋もバタ西に進学するつもりなんだよな?」
「ああ。もうこの時期だから変えることもないと思う。」

八重村については前にも書いたことがあったかもしれないが、この二人の中学生は志望校を川端西高校に決めている。理由はただひとつ。野球のためだ。
「でさ、明日一緒にバタ西野球部を見学しに行かないか?」
「・・・明日かぁ・・・確かに休みだけど・・・一応、受験勉強もあるしなぁ・・・」

そう。高校受験を控えた中学3年生にとって、この時期はそうのんびりとはしていられないのだ・・・・・・と、ここで、それなのに野球団の練習に加わっててもいいのか?という疑問が浮かんでくるかもしれないが・・・・・・まあそれは置いておこう。
とにかく、板橋にとってその話はすぐにうなずけるものではなかった。しかし、八重村もここで簡単には引き下がらない。
「いやいや、野球部の見学も十分受験プログラムのひとつだって。要するに、志望校の下調べだからな。」
「でも学校説明会にはもう行ったから・・・・・・」
「そんなもん当てにならねぇよ。なんたって部活が高校生活の大半を占めそうな勢いだからな、俺たち。学校説明会なんかより部を見学する方がずっと重要だろ、な?」
「うーん・・・そういわれてみればそういう気も・・・」
「気もしてきただろ?というかそうなんだよ。な、お願いだ、このとおり。・・・海兄ィから頼まてるんだよ。」
・・・やけにしつこいな、と思ったらそういうことか。どうやら八重村は、いとこの具志堅からチームメイトを見学に来させるよう依頼されていたらしい。
「・・・・・・まあ確かに、マイナスにはならないだろうしな。行ってみるか。」
「おお、サンキュー!・・・さて、一人確保、と。次は・・・・・・」

確保・・・ってどういうことだ?と板橋がいぶかしがっていると、後ろから誰かが現れた。


「うっす」
「おっ、貴史!ちょうどいいところで来てくれたな!」

八重村の隣に並んだのは、中学生にしては長身なチェスターズのサード、金田貴史(かねだ・たかし)だ。
前に書いたはずだが、この金田貴史の父親と川端西高校の角田監督は社会人野球チームで一緒に野球をやっていた。その二人は以前ある場所で再会し、そして金田父は息子が川端西高校に入学するように勧めてみるといっていたが・・・結局どうなったのだろうか?

「今な、板橋と話してたんだけどな、貴史も明日バタ西の野球部を見に行かないか?」
「ああ、俺は先月もう見に行ったよ。親父のいうとおり、なかなかいい感じでやってたな。」
「いや、明日はただ見るだけじゃないんだ。うちに下宿してるいとこの海兄ィ・・・って呼んだらちょっとまずいかな・・・具志堅さんの取り計らいで、グラウンドに入って一日体験入部みたいな事をさせてくれるらしいんだけど・・・どう?」
話を聞いていくうちに、金田はかなり興味を持っていった。
「なるほど・・・おもしろそうだな。あ、あれだ、バタ西のピッチャーと対決、とかやらせてくれるのかな?」
「どうだろ・・・海兄ィに・・・あ、また言っちゃった・・・まあいいや、とにかく頼んでみるよ。」

「相変わらずお前はバッティング大好きだなぁ・・・・・・」
横から板橋が、感心して、というより半ばあきれてそう言った。
「ん?だって、バッティングが一番楽しいじゃん。野球の醍醐味だよ。うん。・・・そうかぁ、新島県で今一番乗ってる高校のエースと勝負かぁ・・・楽しみだなぁ・・・」
「エースとの対決」を頼む、とは一言も言っていないのだが・・・金田の脳内では既に、明日のプランが着々と組み上げられているようだ。困ったやつだ。・・・まあでも、たぶん対決させてくれるだろう。


「これで二人確保だな。あとチェスターズでバタ西志望のやつって言ったら・・・張(ちゃん)だけか・・・?」
「そう、だな。たぶん。でもあいつは野球部には入らないだろ。現に今でも柔道部だし。」

先ほど、チェスターズの「ほぼ」全員が中学の野球部に所属していると書いたが、話に上がった張という者のように、ごくわずかではあるが野球部でない者もいる。
「惜しいよな・・・いいセンスしてるのにな・・・まあ、一応呼んでおこう。もしかしたら来るかもしれないし。あとは・・・道岡でも呼んでみるかな・・・」
八重村は、ある球児の名前を出した。
「道岡?あいつはたぶん来ないよ。だってもう、陽陵行きがほぼ決まってるんだろ?」
「そうだよな・・・推薦来てるみたいだしな・・・あいつ自身も、『引出さんの球を受けたい』ってすごい乗り気だからな・・・」

引出というのは最近の新島県の高校野球界をリードする名門、陽陵高校で1年生ながらエースを務める凄腕投手だ。いや、正確には「エース候補」と言ったほうがいいか。去年の秋季大会では、残念ながら怪我のため出場できなかったのだ。しかし現在ではその怪我も順調に回復してきて、去年の甲子園で見せたようなイキのいい球を投げているそうだ・・・・・・と、道岡は言っていた。

「なんかあいつ、『今の新島県の投手で引出さんと乾さん以外のピッチャーの球は受けたくない』とか言ってたしな。」
「・・・確かに道岡のキャッチャーとしての能力はすごいけど、ちょっと傲慢すぎるんだよな、あいつは・・・・・・」
中学生だが、「新島県の投手で引出さんと乾さん以外のピッチャー」である八重村は、少しショックを受けつつ道岡をそう評した。

「そういえば、今バタ西のエースって誰なんだ?貴史、親父さんからそういう情報聞いてないか?」
「えーと・・・うん。確かに聞いた気がする・・・あ、名前が出てこない・・・・・・中・・・・・・そう、中塚さん、だったっけな。」
・・・中津川さんの間違いだろうか。金田父の情報は少し遅いらしい。その上、貴史によって間違って伝えられてしまった。

「中塚さん・・・聞いたことはないな・・・でも一応秋季ベスト8まで行ったピッチャーなんだから、それなりにいいピッチャーのはずだよな。道岡の情報網にかかってないだけかもしれないし・・・明日直接見て確かめてみるか。」

 

 

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