体験入部

 

 

___________________川端西高校 グラウンド___________________


具志堅たちは、ベンチのほうへと向かっていった。
「まずは監督に挨拶しとこう。監督!体験入部の中学生、連れてきましたよ!」
具志堅は必要以上とさえ思われるほど、大きな声でそう叫んだ・・・・・・しかし、反応はない。
「あれ・・・?聞こえんかったかな・・・?・・・・・・監と」
もう一度叫びかけようとすると、肩をつかまれ何者かによって後ろから止められた。

「今日は監督いないよ、具志堅。・・・いや、今日も、か。」
「・・・あ、そうなん。」
そう報告してくれたのは、南条だった。グローブをはめておらず、少し頬が上気しているところを見ると、どうやらランニングから帰ってきたところのようだ。
「ところで、この人たちは・・・?」
「ああ、こいつらはな・・・」
具志堅は、一日体験入部の内容などを説明した。


「・・・ふーん。OK、わかった。で、どうするんだ?監督いないし、キャプテンは今ちょっと外に出てるし・・・」
「あー・・・キャプテンまでいないのか・・・じゃ、副キャプ・・・」
具志堅はそう言いかけて、肩書きだけでぜんぜん頼りにならないお祭り男のことを思い出した・・・

「いや、やっぱり俺たちだけで適当に案内しようか。」
「そうだね。そのほうがいいと思う。」
そのほうが、って・・・・・・まあ、下手にあの人が関わるとややこしそうだからな・・・・・・とにかく進めよう。
「じゃあ中学生、まずは何をやりたい?」
「そうですね・・・」

「バッティングがいいです。」
他の者が考える前に、金田貴史が即答した。
「バッティングか。ちょうどいいな。南条、今から投げられるか?」
「うん。アップも終わったし、ちょっと20球ほど投げてからだったらいける。」
「じゃあ頼むわ。後藤呼んでくるな。」
具志堅は同学年のキャッチャーを呼びにいった。


「南条さん、ですか?」
「うん。そうだけど。」
後藤と具志堅を待っている間、貴史がたずねてきた。
「南条さんがここのエースですか?」
「・・・なかなかズバッと聞いてくるね・・・エースって言うのは、背番号1ってこと?」
「そうです。」
「グラウンドを見てもらえばわかると思うけど、いま誰も背番号つけてないよね。これはうちの監督の方針でね。部員を競争させるためにあえて大会前ギリギリまで、背番号がもらえないんだ。」
「そうなんですか・・・親父の言っていたとおりだ。」

・・・親父?・・・・・・そうか、そういえば貴史の父さんと前にあったことがあるな。あれは確か去年の秋季大会の直前だ。具志堅にいとこの中学生の試合を見に行かないかって誘われて・・・そうだ、そのいとこが、そこの八重村なんだよな・・・で、球場に行ってみるとなぜか角田監督もいて、そこで貴史の父さんと会った。なんか監督と知り合いみたいだったな。「スミスさん」って言ってたし・・・・・・そうだ!そこで貴史の試合も見たぞ・・・確か打率が7割とか・・・・・・

「・・・条さん!」
「・・・・・・ああ、ごめん。ちょっと考え事してた。」
南条はいったん何かを思い出そうとすると細かいところまで探っていくので、外から見るとボーッとしていると言われることが多い。
「で、南条さんは、背番号1はもらえそうなんですか?」
「・・・・・・ものすごい、ズバズバ聞くね・・・・・・うーん・・・」
南条が答える前に、具志堅が後藤を引き連れて戻ってきた。・・・・・・さて、マウンドに向かうか。


・・・
・・・
・・・


「シューーーーーーーーーー・・・・・・・バンッ!」


20球目はストレート。南条が投球練習を終えた。
「よし、もういいよ!」

「・・・ええみたいや。誰から打つ?」
「僕から打たせてください。」
具志堅が許可を出そうとする前に、貴史はもうバッティンググローブをつけ、準備を整えていた・・・・・・・・・こいつ、度胸あるよなぁ。普通はもう少し緊張したりするもんやけどな・・・・・・


貴史は右打席へ入っていった。バットを胸の前に持っていき、一度背中をそらす。そして、オーソドックスな構えを取った。
いくら中学野球で打率7割とは言っても、所詮は軟式野球での話。まずは高めのストレートで、硬式のスピードを体感させよう。

「シューーーーーーーー・・・・・・・バンッ!」

真ん中高め、甘いコースに直球が決まった。
「・・・速いな・・・・・・」
貴史はそうつぶやいたが、その言葉とは裏腹に表情は至極落ち着いていた。
しかし一方、他の3人の中学生はレベルの差を感じていた。
「やっぱりすごいな・・・高校は・・・」
「そうだろ、板橋。具志堅さんが言ってたんだけどあの人、何ヶ月か前に野手から転向したばっかりなんだって。」
「へぇー。いい球投げるよなぁ・・・」

南条は二球目を投げる体制に入った。今度はカーブを投げようかな。軟式に比べて球が重く、ボール表面の縫い目もしっかりしている硬式ボールの変化量の大きさ。最初は俺も驚いたもんだよな・・・・・・

振りかぶって、腕を振り下ろす!
「シューーーーーーー・・・・・・・・・・・」
「カンッ!」
「・・・え!?」

打った・・・というよりさばいた、という感じだった。貴史は外角のカーブをライト前に運んだ。


「・・・うまいなぁ・・・・・・ちょっと曲がりきらなかったかな・・・」
南条はショックを受けていた。
「いや、いいカーブでしたよ。ちょっと芯をはずされました。さすがに硬式は違いますね。」
外してた・・・かもしれないけど、すごいバットコントロールだよな・・・・・・完全に運ばれたよ・・・・・・


・・・
・・・
・・・


その後南条8球を投じ、貴史は3球をヒットにした。安打の数も驚くべきものだが、何よりすごいのが貴史が打った4球の種類が、ストレート、カーブ、フォークという南条の持ち球すべてだったことだ。
完敗だ・・・・・・俺の投球はまだまだ通用しないってことか・・・・・・?南条はそうも思ったが、しかし思い返してみると、先輩相手の紅白戦では完全ではないにしろそれなりには抑えられていた。金田貴史・・・恐ろしいやつだ。
続いて板橋に対しても南条は10球を投じた。結果は、三遊間を抜けるだろうと思われるヒット1本。板橋は完全に南条の球威に押されていたが、たった1本とはいえ崩れながらも外角の直球を鋭くはじき返したそのヒットには見るべきものがあった。


・・・
・・・
・・・


あと二人。八重村と張が残っている。
「次は・・・どうする?どっちが打つ?」
「そうですね・・・俺は一応ピッチャーですから、張から先に。」
「うっス!」
張は威勢よく返事をし、中学生にしては大きなバットを持って右打席に入ろうとした。


「ああ、張、ちょっとこの荷物邪魔やからどけとくで。」
具志堅は、三塁線上においてあった張のボストンバックを指してそういった。
「・・・・・・ああっ!すんません!置いてはいけない所に・・・・・・自分がどけるっス!」
「ん?ええよ。俺がやったるわ。今度からは気ぃつけや。」
「いや、そのバック、すごい重いんっスよ。先輩の手をわずらわすわけには・・・」
「そうなんですよ。具志堅さん、こいつはいつもボストンにダンベルを入れていて・・・」

いとこに対して敬語で話すことに慣れてきていた八重村もそう忠告したが、具志堅はかまわずバックを持ち上げた・・・
「んっしょ・・・・・・なるほど、確かにちょっと重いな。」
・・・片手で。

「「「「!!?」」」」

それを目にした中学生4人は絶句した。4人の中で最もパワーが少なめな板橋などは、昔そのボストンバッグをポン、と手渡されてよろけてしまい、こけてしまったことさえあるのだ。チェスターズの中で怪力を誇る張でもこのボストンは肩にかけて運び、下ろすときは両手を使う。そのとてつもなく重い物体をやすやすと片手で・・・・・・

「す、すごいですね、具志堅さん。」
今まで落ち着き払っていた金田貴史が、初めて驚きを表に出した。
「そうか?・・・まあ、結構筋肉は鍛えてるからな。」
実際にはこの男の鍛え方は、「結構」どころではないのだが・・・・・・と、その時、副キャプテンの島田さんと、練習をひと段落終えたらしい土方さんが現れた。

「やあ中学生諸君。俺が副キャプテンの島田昭(あきら)だ。体験入部、楽しんでるかね?」
なにやらよくわからない口調で、島田さんは自己紹介をした。
「あ、初めまして・・・・・・いやー、この具志堅さんって人、すごいですね。この野球部には他にもこんな人いるんですか?」
「え?すごいって?具志堅、なんかしたのか?」
島田さんはいぶかしげに、いまだにボストンを右手にぶら下げている具志堅に尋ねた。
「いや、このボストンをちょっと持ったら、よくそんな重いものもてるなぁ・・・見たいな感じで驚かれてるんですよ。」

「・・・そんなに重いのか、それ?ちょっと貸してみろ。」
具志堅は、島田さんにボストンバックを手渡した。・・・ごく普通に、島田さんも左手で受け取った。
「なんだ。そんな驚くほどでもないぞ、これ。」
「・・・す、すげぇ・・・・・・」
再び中学生たちは衝撃を受けた・・・・・・特にボストンの持ち主である張は、先ほどから一言も発することができないほど驚いている。
「・・・昭、俺にもちょっと持たせてくれ。」
後ろに立っていた土方さんもボストンに興味を示し、島田さんに催促した。
「ああ。わかった・・・それっ。」
「・・・むっ。」
「・・・・・・投げた!?」
そう、島田さんはボストンを両手で放り投げたのだ。そして土方さんはこれまた片手でキャッチした。


「・・・・・・すごいっス!バタ西野球部・・・すごいっス!」
ここで先ほどから黙り込んでいた張が、興奮して叫んだ。
「先輩方、どうやってそんなに体を鍛えられるんっスか!?」
その質問に、島田さんが答える。

「そうだな・・・筋トレの設備自体がまずここの野球部にあるし、各自家でトレーニングもしてるしな。いや、そういう物理的なこともあるけど、やっぱり甲子園って言うとてつもなく高い目標を必死で目指していれば、自然と力もついてくるんじゃないかな。」
「甲子園・・・高い目標・・・っスか・・・」
張は感動していた。野球部の面々の圧倒的なパワーに、そしてその力を作り出す源に。そんな張を見て、八重村はここぞというばかりに殺し文句を決めにいった。

「なあ、張。柔道で関東制覇を目指すのもいいけどさ、この人たちと一緒に、野球で日本を取ろうぜ。この人たちとなら、絶対にいけるって。・・・そう思わないか?」
「・・・よし、決めた。」
張はしっかりとうなずくと、具志堅や島田さんの前に出た。

「張大福、川端西高校野球部にお世話になります!よろしくおねがいしやす!」
「・・・まあ、ここの入試に合格したら、だけどな。」
土方さんがボソッと、痛い言葉を放った。
「・・・うっ・・・・・・」
張は思い当たるところがあるのか、かすかにうめいた。それを聞いて、一同は大いに笑った。


「・・・あ、そういえば南条、言い忘れてたんだが・・・監督が呼んでたぞ」
「え!?本当ですか?・・・困ったな・・・まだ中学生の相手するのが残ってるのに・・・」
「・・・これからフォームチェックとかをやるそうだ。絶対に行かないとな・・・中学生の相手は俺がやっといてやるよ。しばらく休憩だしな。」
「そうですね。ありがとうございます。」
「・・・まあ、いい訓練にもなるしな。」
土方さんはグローブをはめて、ブルペンへ向かおうとした。すると、キャッチャーの後藤があわてて声を上げた。

「えっ!?今から土方さん、投げるんですか!?・・・藤谷さん呼んでこないと・・・・・・」
この言葉には理由がある。後藤は土方さんの投げる威力抜群のムービングファストボールを受けると、手を傷めてしまうのだ。それに対して藤谷さんは、一日中受けていても顔色一つ変えない。球の軌道にあわせてミットの中心で適切な受け方をすれば、絶対にいためることはないですよ、と藤谷さんはサラリと言う。しかし言うは易し、行うは難し、後藤の技術ではまだまだ「適切な受け方」ができないようだ・・・・・・そういうわけで、今バタ西野球部で土方さんの球を受けられるのは藤谷さんだけなのだ。


・・・
・・・
・・・


藤谷さんがキャッチャーボックスに座る。それを見てブルペンを整えていた土方さんが投球体制に入る。
ひざだけを高く上げるフォーム。高速で振り下ろされる長い長い腕。不規則に変化する直球・・・・・・またひとつ、中学生は今までに経験したことのない野球をバタ西に感じた。

「これまたすごいな・・・・・・」
板橋が感嘆の声を漏らす。
「あとで対戦させてくれないかな。俺にも・・・・・・打てるかどうかわからないけど・・・」
さすがの貴史も、目の前で放たれるムービングファストには驚かざるを得なかった。
「・・・・・・これならいける。あいつも絶対満足するはずだ。」
八重村もまた他の二人と同じように驚きながら、そんなことを言った。

「そうだな。この球なら少なくとも、ここに来て損したとは思わないだろうな。・・・八重村、携帯持ってないか?」
「ああ。俺が今から呼ぶつもりだ。・・・島田さん、ここのグラウンドって携帯使用はいけますか?」
「えーと・・・特に禁止はされてなかったはずだけど・・・まあ、もう2005年になるんだし、いけるっしょ。」
島田さんは、この上なく適当な理由で許可を出した。それを受けて、八重村はある男に電話をかける。

「・・・もしもし、道岡?今、俺たち・・・ん?ああ、張も貴史もいるんだけど、バタ西野球部を見学してるんだ。で、お前も・・・・・・まあまあ、そう言わずに。ちょっと話を聞いてくれよ。・・・うん、実はな、いま目の前で、ここの2年生の人がものすごい球を投げてるんだ。・・・・・・ああ、速いよ。140越してるかもしれない。・・・・・・な、興味出てきただろ?今から来いよ、どうせ暇だろ?・・・そっか、受験勉強か・・・まあ俺たちも今やってないわけだしおあいこだって。いけるいける。じゃあな!来いよ!」
八重村はよし、とガッツポーズをして、電話を切った。

「誰にかけてたんだ?野球部志望のやつか?」
島田さんが、詮索をかけた。普通はいきなりそんなことを聞くものではないのだが・・・そこは、島田さんが島田さんたる所以だ。
「はい。道岡信夫(みちおか・のぶお)ってやつなんですけど・・・まだここの野球部志望、ってわけじゃないんです。でも今日中に、ほぼ確実にここに入りたくなりますよ。」
「・・・なんで?」
「道岡は、すごい投手の球を受けるのが好きなんです。それで、引出さんのいる陽陵や、乾さんのいる軒峰に行きたい、って言ってるんです。」
「そうか・・・じゃ、確かにバタ西入りは確定だな。啓の・・・あ、土方の名前なんだけどな・・・あいつの投げる球は、引出や乾なんてボンクラピッチャーなんかとは比べ物にならないからな。」
・・・自分は思いっきり三振をとられていたくせに、島田さんはやけに強気な発言を繰り出した。
だがそれを聞いて、八重村はもう一人のダークゾーンの人物確保に、さらなる希望を燃やしていた。

 

 

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