強気

 

「ストライク!・・・ですね。」
藤谷さんが外角ギリギリの直球をしっかり受け止めて立ち上がった。土方さんが張に対して投げた10球目、この対戦最後の球だった。張はかなりいい振りをしていたが、結局一球も芯に当たらず無安打に終わった。

「・・・やっぱりすごいっス・・・こんなボール、初めて見たっス・・・」
張はしばらくボックスから去ることができなかった。
「今回は残念でしたが・・・・・・張君、かなりスイングスピードがありますね。確かにこのまま野球をやめてしまったらもったいないところでしたよ・・・これから頑張りましょう。」
藤谷さんもすでに、張のバタ西野球部入りを確信しているようだった。


「八重村ー!板橋ー!どこだー!」
グラウンドの外から、高校のメンバーが聞きなれない声がした。
「あっ、道岡かー!」
「そうだー!ちゃんと来たぞー!」
「そこからだとな、左のほうに行くと土の道があるから、そこを通ったらこれるはずだー!」
「わかった!すぐ行く!」


そうして、一人の男がグラウンドに現れた。男は高校生のほうへ歩いていって、挨拶した。
「初めまして。川端チェスターズのキャッチャー、道岡です。」
「ああ。よろしく。俺は副キャプテンの島田・・・」
「ところで八重村、そのすごい投手って誰だ?」
島田さんの自己紹介を聞くのもそこそこに、道岡は八重村が携帯で話していた投手のことについて尋ねた。

「うん。島田さんの左隣にいる土方さんって人。」
道岡は土方さんのほうに視線を向け、その長身を、たしかにすごそうだな、とでも言うかのように眺め回した。
「土方さん、俺に向かって何球か投げてくれませんか?・・・本気でお願いします。」
前に貴史がそうしていたように、道岡も許可が出る前にミットを用意し始めていた。
「・・・ああ、いいけど・・・・・・」


「ちょっと待ってください。・・・道岡君、君の所属しているチェスターズって、軟式野球のチームですよね。」
何気なく承諾した土方さんを止めて、藤谷さんが道岡にそう尋ねた。
「ええ。そうですけど。」
「監督からくれぐれもケガ人は出さないように、と注意されているので・・・・・・今回はちょっと、見送ってもらえませんか?」
藤谷さんとしては気遣いで言ったつもりだったのだが・・・・・・この言葉が、道岡の闘志に火をつけた。

「それは、俺が慣れない硬式の球を受け損うだろうと言う前提の上での話ですよね・・・・・・心配りはありがたいですが、よけいな心配は要りません。」
「ちょ、ちょっと道岡、抑えて・・・」
八重村はあわてて道岡を制した。言葉遣いは不気味なほど慇懃だが、頭に血が上っているのは明らかだ・・・・・・道岡は自分のキャッチングに絶対の自信を持っている。その、人より高いプライドをひどく傷つけられたと思っているようだ。
「しかし、土方君の球は・・・たぶん、君が思い描いている球の軌道とはまったく違うものですよ。」
「もしそうだとしても大丈夫です。万が一怪我したら、自分で責任取りますから。」
「責任取るって言っても・・・わかりました。そこまで言うなら僕のほうから監督に交渉しておきます。」

「ありがとうございます。・・・土方さん、行きましょう。」
「・・・あ、ああ・・・」
あの土方さんが、道岡の迫力に飲まれてブルペンへと向かった。これはまた、別の意味ですごいのが現れたぞ・・・・・・


「いくぞ。」
土方さんが、いつものアメリカの投手の様なフォームで直球を投げ込む。


「シューーーーー・・・」

確かにかなり速い、でも取れないことは・・・・・・道岡がそう思ってミットを構えた瞬間、ボールはシュート気味に、道岡から見て右のほうへスッ、と変化した。ストレートと同じと思われる速さで。
・・・道岡は、その球に対応できなかった。ボールはミットの先をはじき、むなしく後ろへ転がっていった・・・・・・一瞬、皆が沈黙に包まれる。

「道岡君、やっぱり土方君の球は今度の機会に・・・」
後ろから、藤谷さんがそういった。
「・・・大丈夫です・・・ちょっと油断してました。まさかシュートで入ってくるとは・・・」
「え?・・・あれはシュートでは・・・」
藤谷さんの訂正を聞く前に、道岡はマスクをつけて座った。二球目を受ける体制に入る。


土方さんが再びひざを高く上げる。第二球目、もちろん直球を投げたが・・・・・・・・・道岡のミットの少し前で、ボールは小さく沈んだ。今度ははじかなかったが・・・・・・球を受けるときに、ミットの中心を外してしまった。鈍い痛みが親指の付け根辺りに走る。

「今度はスプリットか・・・確かにすごい投手だ・・・」
道岡は、いまの球をSFF(スプリットフィンガーファストボール)、速いフォークボールと勘違いしたようだ。


・・・
・・・
・・・


その後十数球、道岡は何とかはじかずに土方さんの球を受け続けた。しかし土方さんが必殺のフォークを投げ込むと・・・・・・道岡はミットを使ってとることができず、体のプロテクターで球を止めた。
「・・・もういいでしょう。道岡君。そろそろ・・・」
藤谷さんはそれを見て、そこで切り上げるよう迫った。

「・・・そうですね・・・・・・確かに俺が思っていた球とはぜんぜん違いました。こんなに変化球が多彩な投手がいるなんて・・・」
「・・・・・・やっぱり思い違いをしてたみたいですね。最後の球以外は、全部ストレートです。」
「・・・え!?それじゃあ・・・」
「彼の直球は、ナチュラルに変化するんです。たぶんものすごく受けにくかったでしょう?」
「・・・・・・す、すごい・・・・・・高校生でムービングボールを投げるのか・・・・・・・」
このようにしてこの男もまた、バタ西野球の強烈な洗礼を受けたのだった。


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・


この日で、道岡の志望は大きく変わったようだ。最も推薦などの関係上、すぐに決めることはできないが・・・・・・しかしこれで、バタ西に強力な捕手が入ってくる可能性はかなり高まっただろう。

その「衝撃のキャッチング」の後は八重村、道岡のバッテリーとバタ西の打者が対戦したり、角屋さんのノックを各選手が受けたりと、さまざまな練習が行われた。
実はバタ西としては初めての試みとなるこの体験入部。チェスターズの各メンバーにとっても、そしてバタ西野球部にとても、有意義な一日となったようだ。

 

 

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