留守番

 

________________3月16日 川端西高校 部室_________________


京都・七条高校・・・圧倒的な力を持つ一年生エースを中心に、堅い守りで粘り勝つ、新進気鋭の好チーム。今回のセンバツも、やはりここが優勝候補になってくるだろう。他の優勝候補は・・・順当に行けば、2004年夏の準優勝校、山口の長州学院だろうか。いや、そういった実績よりも純粋に実力をみつめてみると・・・夏は不運なサヨナラ負けでベスト8に終わったものの、長身エースの大口やスラッガー橋見を要する福岡の九州士道館高校や、走攻守にバランスの取れた西東京の強豪、昭成高校なんかも上位に喰いこんで来るだろうな・・・・・・

「よう、刈田。どこと当たりそうかわかるか?」
いよいよ6日後に差し迫った今年の選抜高校野球大会の出場校一覧をじっと見つめていた刈田に、ノックを受け終えて部室へやってきた新月がそう声をかけた。
「・・・わかるわけないだろ。抽選は完全にランダムなんだから・・・」
「そらそやな。確かに。・・・あとは角屋さんのくじ運しだい、か。」
新月は壁にかかっている時計を見た。4時10分か・・・もうそろそろ、決まっとるころかな・・・

そう。今日3月16日、毎日新聞大阪本社のオーバルホールで、センバツの組み合わせ抽選会が行われているのだ。
大阪に近い高校や、野球部に多くの金をかけている私立高校などは主要な部員全員で抽選会に望んだりもするが、初出場の公立高校であるバタ西ではそうも行かない。今日は、監督、角屋キャプテン、そして藤谷さんの3人が会場に向かっている。
抽選会メンバーに選ばれなかった、一応副キャプテンである島田さんははじめ文句を言っていたが・・・「ワシと角屋の留守を任せられるのはお前だけや」という監督の一言を聞くと、むしろやる気を出して留守番を引き受けた。最も、その言葉が監督の本心から出たものかどうかはわからないが・・・


その時、一人の大柄な男が疲労困憊した男で部室に入ってきた。
「お、具志堅か。どや、土方さんの球は?」

「・・・・・・痛いわ!」
具志堅はいつもの関西弁でそう一言叫ぶと、再び沈黙した。
藤谷さんは抽選に出かけている。前にも書いたことがあるが、バタ西で土方さんの球をまともに受けられる捕手は藤谷さんしかいない。・・・というわけで、捕手ではないが一番体が頑丈な具志堅が、代役として選ばれたのだ。

「ああ・・・さすがのお前でもきついか・・・ちょっと手ぇ、見せろ・・・・・・あ、意外と腫れてないやん。」
「後藤よりはましだな。」
初めて土方さんの球を受けたときの後藤の手を見たことがある二人は、そう感想を述べた。あのときの後藤の手はすごかった・・・・・・触っただけで、「痛っ!」って叫びよったもんな・・・
「今までやったことないのにこれってことは、お前実はキャッチャーの素質あるんちゃう?」
「勘弁してや・・・・・・俺、あんまり肩強ないし、キャッチャーはやること多すぎてバッティングに集中できんようなりそうやし・・・・・・痛いし。もうこりごりや・・・」
具志堅がここまで弱音を吐くのを、二人は始めて見た。よっぽどこたえたのだろう。

「だから今から後藤に代わってもら・・・」
そういいかけたとき、さらに大柄な男が部室に入ってきた。
「・・・おい、具志堅・・・そんなところにいたのか・・・まだ終わってないぞ。早くブルペンに来い。」
土方さんが、具志堅を連れ戻しに来たのだった。
「え、まだやるんですか!?」
「・・・お前が座ってると、なかなか投げやすいからな。・・・ほら、行くぞ。」
なかなか行こうとしない具志堅を・・・なんと土方さんはズルズルと引っ張っていった。怪力の具志堅はそう簡単には動かないはずなのに・・・さすが土方さん。


「電話、まだかなぁ・・・」
甲子園への出場決定のときでもそうだったが、やはり待っている時間というのはとてつもなく長く感じられる。
「前の時みたいに、南条が帰ってくるちょっと前にかかってくるんじゃないか?」
「ははは・・・そうかもな。またボケーッとした顔で帰ってきて、他人事みたいに『どうだった?』とか聞くんちゃうか。」


「プルルルルッ!」

・・・噂をすれば何とやら。そんな軽口をたたいていると、電話がけたたましい音を上げ始めた。
「お、おい・・・俺ら二人しかおらへんぞ。どうすんねん・・・」
真っ先にノックを受けていた新月と刈田のほかのメンバーは、まだ練習中だ。
「どうする?って、出るしかないだろ・・・」
「は、早よ出ろよ・・・俺、こういう微妙な緊張感、苦手やねん・・・」
「そんなに緊張するほどでもないだろ。今回は。まあいいや。」

刈田は、おもむろに受話器を取り上げた。

「はい、川端西高校野球部です。」
「もしもし。藤谷です。その声は・・・刈田君ですか。」
「そうです。で、どうでした、結果は?」
「・・・初戦は3月22日、開会式の日の第2試合です。二回戦は・・・」
「いや、あの、それも聞きたいんですけど・・・初戦の相手はどこなんですか?」
藤谷さんが目の前にいるわけではないのに、刈田は身を乗り出してそう聞いた。・・・かなり間が空いたあと、藤谷さんが対戦校の名前を言った。

「・・・・・・山口の、長州学院高校です。」
「えっ!!?」
「ど、どうしたんや、刈田!」
刈田があまりにも大仰な驚き方をしたので、新月はドキッとしてしまった。

刈田がいったん受話器を下げ、新月の問いに答える。
「一回戦の相手、長州学院だって・・・」
それを聞いて、新月は言葉を失ってしまった。そりゃあ、いきなりそんなことを聞かされたら、誰でもびっくりするよな・・・
「どこや、そこ?」
・・・新月の第一声は、刈田の推測を見事に裏切った。

「お約束のボケをかますなよ・・・南条じゃあるまいし、本当に知らないのか?」
「いや、どっかで聞いたことはある気がすんねん・・・えーと・・・なんやったっけな・・・」
「・・・もういいよ。長州学院は、去年の夏の甲子園の準優勝校だ。」
それだけ答えて、刈田は再び受話器を耳に当てた。

「すいません。お待たせしました。」
「しかし、大変なことになりましたね・・・まあ対策は、こちらに皆さんが来てから考えましょう。・・・それじゃあトーナメント表を全部教えますから、メモを用意してください。」
藤谷さんは、組み合わせを読み上げていった。もっとも、いちいちこんなことをしなくても明日の新聞で十分わかるのだが・・・藤谷さんは一刻も早く情報がほしい刈田の気持ちを汲んでくれた・・・のかな?



「・・・それでは、皆さんによろしくお伝えください。」
「はい、わかりま・・・」
刈田が電話を切ろうとしたとき、藤谷さんのあわてる声が聞こえた。

「あ、すいません!まだ切らないでください!」
「・・・え?」
「ちょっと監督に代わります。」
そういうと、藤谷さんは受話器を話したようだった。会場のざわめきを、スピーカーが拾っている。

「もしもし、ワシや。」
「・・・監督。ちょっと大変なことになりましたね。」
「・・・お前も藤谷もネガティブやなぁ・・・そんなに大変か?大体15分の1ぐらいの確率で、長州学院か七条に当たるのは最初っからわかっとったことやろ?」
「それはそうですけど・・・」
「ええか、刈田。いくら強豪とはいうても結局は高校生や。今のワシらの力を持ってすれば決して、全く勝てん相手ではない。」
「・・・・・・はい・・・」
「ほら、しっかりせんか!やる前からボコボコにやられたみたいな声出してどうすんねん。お前も含めこれからの二日間、今まで通りしっかり練習してこっちにこい。ええな!」
「・・・はい。」
力強い、とはいえなかったが、監督の言葉を受けてしっかりと刈田は返事をした。
「・・・ちゅうことを、みんなに伝えといてくれ。あ、できれば最初に島田に言うてくれへんか?」
「やっぱり、副キャプテンからですか?」
「それもあるねんけどな。あいつならこの結果を、部員のモチベーションアップにつなげることができる。そういうことや。じゃ、よろしく頼むで。」
・・・監督は返事を聞く前に、電話をきった。

「・・・そうだよな。いつも通りやればいけるよな。」
刈田は島田さんに伝えるために、グラウンドへと向かった。・・・・・・あれ、そういえば新月は・・・?まあ、いっか・・・・・・


・・・
・・・
・・・


刈田が部室を出た直後、入れ替わりに入ってくる者がいた。
「抽選結果、どうでした?・・・・・・ってあれ?だれもいない・・・」
背番号「5」をつけたこの男は、結果がわかった「ちょっと後」に帰ってきた・・・刈田たちの予想は、惜しいながら外れた。


・・・
・・・
・・・


グラウンドへ出てみると・・・いつの間にか人だかりができていた。しかも、部員のほとんどがそこに集まっているようだ・・・どういうことだ?よく見ると、その中心には島田さんがいて・・・演説をしている!?・・・のか?よくわからないけど、とりあえず行ってみよう。


「・・・よかったなぁ。本当にラッキーだよな。これで俺たち、目立ちまくりだな!」
「どういうことだ、島田?」
「おいおい、聞くまでもないだろ。関東の片隅の無名の高校が、去年準優勝したやつらを叩きのめす。大金星、ってやつだな!」
監督の言っていたのは、こういうことか・・・・・・そういえば島田さん、何でもう長州学院と戦うことを知ってるんだ・・・・・・刈田が辺りを見回すと、新月がいつの間にか島田さんの近くにいた。勝手に俺の役目を奪うなよ・・・

「でも、そんなにうまくいくかなぁ・・・」
あまりに強気な島田さんに対して、さすがに不安を抱いた部員の一人がそうつぶやいた。
「うまくいくか、じゃなくて、うまく波に乗ってやるんだよ!な、啓!」
「・・・ん?」
突然、島田さんは土方さんをポン、とたたいてそう言った。その土方さんの背中には、背番号「1」がついていた。
「長州だか九州だか知らないけど、啓の球がそう簡単に打たれるわけないだろ?あとは俺のホームランとかで適当に点を取ればめでたしめでたし。簡単なことじゃん。」
・・・・・・やっぱこの人は適当だな・・・しかも結構土方さん頼みじゃないか・・・・・・
「・・・浮かれすぎだ、お前は。でも戦う前からヘコんでても仕方ないのは確かだよな。」
「そうそう。それが言いたかったんだ、俺は。」
部員たちの表情は、だんだん希望を帯びてきた・・・気もする。とは言え、このまま島田さんを暴走させていてはきりがない。早く監督の伝言を伝えよう。

「島田さん。」
「お、刈田。実はな、甲子園の初戦の相手が決まって・・・」
「その知らせは初めに俺が聞いたんですよ・・・で、その電話の中で監督が『これから二日間、今まで通りしっかり練習して甲子園に来い。』言ってました。」
「なるほどな・・・・・・ってことみたいだから、練習戻ろうぜ!」
「「おう!!」」

なにはともあれ、バタ西野球部は結束を固め、甲子園の決意を新たにした。



そうだ、遅ればせながら、ここで背番号を発表しておこう。

1 土方
2 藤谷
3 具志堅
4 刈田
5 南条
6 新月
7 中津川
8 島田
9 角屋
10 林部
11 山江
12 村岸
13 後藤
14 浜辺
15 今尾
16 柴島
17 神部
18 河野



ついに、球児たちは悲願の舞台へと向かう!

 

 

 

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