遅刻、言い回し

 

__________________ 3月18日 川端市 _________________


「な、南条・・・いま何時や!」
「はぁ・・・はぁ・・・7時16分・・・!」
「こらまずいな・・・!」
川端西高校、甲子園初出場の船出。栄えあるこの日に、一年生の二人は全力で走っていた。・・・練習のためではない。
事の発端は昨日にさかのぼる・・・

・・・
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新月は相変わらず、毎日朝練への一番乗りを目指している。そのため起きるのは早いが、寝るのも人一倍早い。その日も、次の日の出発の準備を整えベッドに入り、夢の世界へ分け入ろうとしていたころ・・・・・・新月の携帯が着メロを鳴らした。
「・・・なんや・・・こんな時間に・・・」
といってもまだ10時だ。健康的な生活だな・・・
「・・・はい、もしもし」
「あ、新月。俺さ、すっかり明日の集合時間聞くの忘れてて・・・何時だったっけ?」
・・・ったく、うるさいな・・・新月は眠りに入る直前の、最もキレの悪い頭で予定の時間を思い出した・・・えーと・・・・・・あれ?・・・何時やったっけ?・・・まあええわ。
「んーとな、たぶん8時ぐらいちゃう?」
「8時ね。ありがとう。」
・・・新月は限りなく適当に答えた。普通なら確信のない口調の答えは一度疑うものだが・・・南条はすんなりと信じてしまった。
「ここらへんから川端駅までは大体歩いて30分ぐらいかかるはずだから・・・余裕を持って7時10分ぐらいに出ようかな・・・」
「・・・なぁ、俺眠いんやけど。そろそろ切ってええか?」
「あ、ごめん。そうそう、明日一緒に駅行かない?」
「・・・うん。わかったわかった。ほな切るで。」
返事も待たず、新月は電話を切った。7時10分か・・・6時50分ぐらいに目覚ましかけたらええかな。どうせ荷物持って着替えて出るだけやし。・・・ほぼ無意識に目覚ましのスイッチを回し、新月はベッドに倒れこんだ。

・・・
・・・
・・・

予定通り、南条は7時10分に迎えに来た。そしてゆっくり目に川端駅へと向かおうとしたそのとき、新月の携帯が鳴った。ディスプレイをの表示を見る。かけてきたのは・・・刈田か。
「もしもし・・・今どこにいるんだ?」
「ああ、南条と一緒に出発しようとしとるところやけど。」
「出発って・・・まさかまだ家?」
「まだ?・・・ってそんなにあせらんでもええやんか。」
「・・・・・・もしかして、タクシーで来るつもり?」
「いや、普通に歩きやけど。」
「・・・え!?集合は30分だぞ!間に合うのか!?」
「!?」
刈田の言葉を聞いた瞬間・・・新月の記憶が鮮明によみがえった。確か昨日監督が7時30分って・・・や、やばい!
「南条、急がな!」
「・・・は?」
ボーっと新月を見つめる南条を引っ張って、二人の爆走が始まった・・・

・・・
・・・
・・・

時間は無常にも過ぎていく。このままでは本当に遅刻する・・・!そう思った新月はある決意をした。
「あーもう、お前遅いねん!」
「え?」
「先行くで!」
そう言うと、新月はスピードを上げた。南条の足も、50メートルなら6秒5と決して遅くはないのだが・・・何しろ新月の足は格が違う。50mを5秒台で駆け抜ける俊足に、南条は見る見るうちに引き離されていった・・・・・・のだが・・・

5分後・・・

「おい新月・・・大丈夫か・・・」
「はぁ・・はぁ・・・大・・・はぁ・・・」
足は一応動いていたが、新月はもはや言葉を発することができなかった。
「全く・・・自分のスタミナ考えろよ・・・バカだなぁ・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・」
新月はなにか言い返したいようだったが・・・やはり言葉にならない。
目的地まで後どれぐらいか見当をつけるため、遠くのほうを見ると・・・・・・川端駅前の時計塔の先端が見えてきた。よし、あと少しだ・・・
「・・・ほら、もうそろそろつくぞ・・・・・・ん!?」
ラストスパートをかけようとした南条たちの前に、ツアー旅行の団体だろうか、カバンを抱えた集団がゆっくりと歩いていた。・・・・・・よけている暇はない!
「すいません!!どいてください!!」
「・・・!?」
後ろからすごい形相で、大きなカバンを抱えて突進してくる高校生二人を見たツアー客達は反射的に道を開けていった。
「すいません!・・・すいません!」
「・・・はぁ・・・はぁ・・・ゴヘッ・・・」
二人はひたすら謝りながら、群衆の中を走っていた・・・・・・その先に、ユニフォームを着た集団が見えてきた。

「あ、やっと来た!」
「・・・ほんまやな。おーい!お前ら、遅刻やぞ!」
その集団の中から、監督らしき声が聞こえた。
「すいません!時間を間違えて・・・って、新月!?おい、ほんとに大丈夫か!?」
後ろで、すっかり体力と気力を使い果たした新月が地に伏していた・・・

・・・
・・・
・・・

「がんばれよ!バタ西!」
何とか新月を集合場所まで連れてきた時、そんな声がどこからか聞こえてきた。どうやら遅れて走ってきた二人が、周りの注目を大いに集めていたようだ。
「テレビで応援してるからな!」
「優勝しろよ!」
声の主は、何人かのサラリーマンのようだ。すると、何の騒ぎだ?と言わんばかりにどんどん人が集まってきた。先ほどのツアー客たちもこちらを見ながら、声援に加わっている。
「ありがとうございます!行ってきます!」
その応援に、角屋さんがそう答えた。
・・・何はともあれ、西宮に出発だ。


__________________ 3月21日 西宮市 _________________


開会式前日の夜。川端西高校の面々は、宿舎にいた。なかなか立派な畳張りの旅館だ。部員たちは早速明日にある試合に備えてくつろいでいた・・・かったのだが・・・
「・・・こっちは!OKです!」
「じゃあ皆さん、できるだけ普段通りにお願いします!」
「・・・・・・って言われてもなぁ・・・」

高校野球が開催される間に深夜放送される「激闘甲子園」。その映像の撮影のため、今日はテレビ局のカメラが宿舎に来ていた。
「3・・・2・・・・・・・キュー!」
「宿舎の球児たち」の撮影が始まった。普段通りにしようとするあまりにガチガチになる者、特に気にせずその場を乗り切る者、反応はさまざまだ。・・・島田さんは、いつもにも増して騒いでいた。どうせまた目立ちたいんだろう・・・
「・・・はい、OKです!」
「お疲れさまでした!」
・・・まあ、そんなに重要なカットでもないから大丈夫か・・・


・・・
・・・
・・・


「なんか無駄に疲れたなぁ・・・・・・」
「ま、特にお前ははしゃぎすぎだったからな・・・」
テレビ局が引き上げた後、島田さんと角屋さんは心底疲れた表情で床にへたり込んでいた。

「そうだ島田、これ見たか?」
角屋さんは、傍らにあった新聞紙を取り上げてそういった。
「ん?・・・なになに・・・『百花繚乱 甲子園に舞う32校』・・・?」
見出しを読んだだけでは、島田さんにはよくわからなかったが・・・要はセンバツ出場校の紹介特集のようだ。
島田さんは、当然自分たちの高校の紹介記事を最初に読んでみた。

『21世紀枠によって初出場を果たした。注目は今大会最長身192cmのエース土方。これまで公式戦登板がなく未知数だが、守りに安定感を見せれば勝機はある。1年生も多く織り交ぜたジグザグ打線でどこまで点を稼ぎ出せるかがカギ。』

「・・・俺が紹介されてない・・・・・・」
「・・・・・・最初の感想がそれかよ・・・」
ま、紹介されるほど目立った活躍もしてないしな・・・・・・
「・・・この記事を見る限り、俺たちあんまり注目されてないみたいだな。」
「まあな。『勝機はある』って言い回しは、要するに『勝てればラッキー』ってことだからな。」
「ますます勝つしかねーな。これは。・・・・・・でさ、明日の対戦の前予想とかそういうのはないのか?」
「ああ、それもある。」
角屋さんは、別の新聞を持ってきて島田さんに渡した。なになに・・・

『第二試合 12:50〜
長州学院 2年連続9回目・・・夏の快進撃を支えた左右の横手投手は今大会も健在。打線、守備ともにバランスがよい。
川端西 初出場・・・長身左腕土方に球威あり。全員野球で強豪に立ち向かう。』

「・・・この記事を見る限り、俺たち全然勝つと思われてないみたいだな。」
「・・・・・・まあ、たぶんそうだな。『全員野球』って要するに、注目選手がいないってことだからな・・・」


島田さんは、大金星へ向けますます士気を募らせた。

 

 

 

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