始点

 

________________ 3月18日 甲子園球場________________

朝とはいえ、照りつける太陽。関西独特のムッとした空気。グラウンドの中央に密集した高校球児たち。
そんな状況に全く暑さを感じないほど、南条は心を震わせていた。

「・・・僕たちは、自らの青春の全てを白球に託し、・・・・・・」

高らかに、選手宣誓の声が響き渡っている。白い台の上で堂々とスピーチをする青年。背後には大きく広がるバックネット。その上には、甲子園が誇る銀傘が巨大な影をなしていた。
左右にはかの有名なアルプススタンド。この名前の由来は、このスタンドに座る観客が白い服を着ていたため、まるで雪をかぶったアルプスのように見えたというところから来たそうだ。最近の観客の服の色は白一色とは行かないものの・・・それでも、この迫力はその名にふさわしい。

背番号5をつけた南条のすぐ後ろには、6を背負った新月がいる。「俺を起こしてられる集会はない!」と豪語し、式典の時には常に寝ているこの男も・・・今日は視線をただ一点に集中させていた。
もちろん、他の部員も全員、精神力を高めている。

「・・・2005年 3月18日 選手代表 県立鍵部高校 野球部主将 稲口 忠雄!」

スピーチが終わった。スタンドから割れんばかりの拍手が湧き起こる。南条は人前に出るのがあまり好きなほうではない。しかしこの瞬間、この雰囲気に包まれて宣誓をした球児がつくづく羨ましかった。

「選手退場!」

32校の球児たちは、一度グラウンドを去る。南条は、鳥取砂丘から運び込まれた最高級の砂を味わうように踏みしめていった。
いま俺は栄冠の舞台に立っている。いよいよここまでたどり着いた。
でもこの道は、紫紺の優勝旗に至るまで、まだまだ続いている。


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川端西高校の試合はこの日の第2試合。試合に向けてのウォーミングアップを行いに、鳴尾浜球場へと向かう。
そのため甲子園球場の外へ出ると、テレビの記者が待ち構えていた。スタッフたちは角田監督に段取りを説明し、準備を進める。
そして、インタビューが始まった。
「今回川端西高校は初出場と言うことで、どのような戦いをしようとお考えですか?」
「どのようなって・・・試合前に作戦バラしたらまずいんちゃいますか?」
「あ、すいません・・・」
監督、かなり強気だな・・・
「いやまあそれは冗談として。やっぱり初ってことでね。選手たちにも緊張するな、言うほうが無理な注文でしょうから・・・細かい作戦とかはあんまり出さんとこかな、とは思てます。」
「はあ。なるほど。」
「まあワシがせんように気ぃ使うても、部員の中にやたらと作戦好きな奴がおるんですけどね。」
監督の脳裏には、正捕手の姿が浮かんでいたが・・・当然記者には、何のことだかわからない。
「とにかく、最低限の指示だけ出して、後はいつも通りやってもらう。それだけですわ。」
そんな感じで、監督へのインタビューは続いていった。


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一方その頃、バタ西の初戦の相手である長州学院の監督も、こちらは新聞の取材を受けていた。
「・・・対戦相手高校のエースナンバーをつけている投手は、今回が公式戦初登板と言うことなのですが、なにか対策とかはされてますか?」
「対策ねぇ・・・って言っても、取りようがないですからね。確かその投手、今回の出場選手で一番背が高いんでしょ?」
「ええ、そうみたいです。」
「と言うことは、おそらく威力のある直球主体で攻めてくる投手じゃないかな?とは考えてるんですけどね。」
「なるほど。・・・それで、その直球に対して何か・・・」

「対策ですか?ええ、それはうちの学校はかなりやってますよ。準決勝まで進めばおそらくあたるはずの、大河内君を打つためにバッティングマシーンで練習を重ねてきましたからね。」
大河内・・・去年の夏の優勝校、京都七条高校のエース。しかも1年生だ。そして去年、長州学院はこの大河内に2点に抑え込まれて完投負けを喫し、準優勝と言う結果に終わった。大河内の実力のほどは・・・またそのうち明かすことにしよう。

「球速を170キロに設定して、少なくともベンチ入りの選手全員には打たせてきてますからね。そう簡単に抑えられることはありませんよ。」
長州学院の監督は、絶対の自信をたたえてそういった。試合前なのでもちろん「勝てる」とまでは言えないが・・・・・・心中では、組み合わせ決定の時点から勝ちを確信している。

長州学院監督の発言について、少し補足をしておこう。いくら優勝投手の大河内と言えど、当然170キロの速球を投げられるわけはない。現実ではありえない球速に設定して練習するのは、一つはより速い球に慣れてその球速よりも遅い球を打てるようにする目的、もう一つは、数値では表せない実際の試合での体感速度に惑わされないためだ。

実際の試合、特に甲子園という大球場、そして特殊な状況での緊張感、現実の投手の球のキレ、投手によって違う球の軌道、フォーム、球の出所、変化球との球速差、軌道の差・・・・・・などなど、多くの要素がうまく付加されていけば、130キロの球でも打者にとっては140キロにも150キロにも感じられる。これが「体感速度」の怖さだ。だから、特に設備に費用をかけられる私立の強豪校の多くが、そういった速すぎるとも思える設定でのマシン打撃を行っている。

そのような練習を積み重ねて、長州学院の選手はここ西宮に来ている。だから監督は、未知の投手であろうと最長身投手であろうと全く恐れるに足りない、と考えているらしい。
だが、この考えにはある重要な見落としがあった。もっともそれを事前に見つけろ、と言うのはあまりにも酷な話だが・・・


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第一試合の途中で、バタ西の選手たちは甲子園へ戻ってきた。先攻、後攻の決定をする、と言うことが主な目的だ。
そしてキャプテンの角屋さんは・・・先攻という結果を持ってきた。普通、野球は後攻のほうが有利だと言われる。9回以降の裏と言う、サヨナラ勝ちのチャンスがあるためだ。だが、アマチュアの野球ではそうでないことも多い。先攻側は読んで字のごとく先に攻撃を行うため、特に試合の雰囲気に慣れていない場合は、そのほうがずっと戦いやすかったりするのだ。バタ西の場合もそうだろう。公式戦初登板の投手、1年生で固められた内野陣。まだ完全に、守りが万全とは言えない状態だ。

いきなり先制パンチを喰らわしてやって、一気に畳み掛けよう。角屋さんはそう部員たちに檄を飛ばし、第一試合の終了を待った。


・・・第一試合の結果は、秋田県代表 鍵部高校 4−1 島根県代表 宍道高校。選手宣誓を担当した鍵部高校が、二回戦へと駒を進めた。もしバタ西が長州学院を破れば、次はこの高校と対戦することになる。
まあ、対策などは勝ってから考えることにして・・・今から始まるシートノックに集中することとしよう。


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グラウンドでは、長州学院のシートノックが行われている。土方さんはその光景を見つめていた。
的確に動くセカンド、ショート。鋭いダッシュのサード。打球が飛ぶ前に動きをとる外野陣。さすが強豪校。よく鍛えられている。この様子では、相手のミスからの得点を望むことは難しいだろうな・・・
すると、後ろから何者かによって左腕を持ち上げられた。

「・・・昭か?」
土方さんは、島田さんの名を口にした。
「よくわかったな。」
「・・・試合前にこんなことをするのはお前しかいないだろ。」
「はは、そうだな。腕の調子はどうだ?」
「・・・もともと問題はない。大丈夫だ。」
「そりゃよかった。・・・この腕には、バタ西サクセスロードの行く末がかかってるからな。大事にしないと。」
島田さんは土方さんの左肩をもみながら、そういった。

「・・・あのなあ、普通は試合前の投手にそういうプレッシャーのかかることを言わないもんだぞ。」
「プレッシャー?って言ってもなぁ・・・ぜんぜんなさそうな顔してるじゃん。」
島田さんの言うとおりだった。土方さんの表情には、希望が満ち溢れていた。
「まあ、ここに来れた時点で、啓の目標はほぼ達成されてるからな。後はどれぐらいの勇姿を、おふくろさんに見せられるかってことだけだな。」
「・・・ああ。」
土方さんは左のこぶしを、ぐっと握り締めた。


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両校のシートノックが終わった。試合開始が、もう目の前に迫っている。
甲子園の巨大な電光掲示板に、スターティングメンバーが表示される。

川端西
1 島田 8
2 藤谷 2
3 土方 1
4 角屋 9
5 中津川 7
6 南条 5
7 具志堅 6
8 刈田 4
9 新月 6
長州学院
1 長野 5
2 橋本 7
3 御所(ごせ) 6
4 草分 3
5 橿原(かしはら) 2
6 西間 1
7 榛原(はいばら) 9 
8 山本 8
9 高田 4


バタ西の選手たちは、円陣を組んだ。角田監督は、選手たちに向かって一言だけ激励した。

「勝ってこい!それだけや!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」

「よーし、やっぱりいつものいくか!」
角屋さんが号令をかけると、選手たちは「いつもの」体制に入った。
「Let's GO!バタ西!」
「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」

両チームの選手が、ホームプレートに向かって駆け出した。

2005年 第77回選抜高校野球大会 第一日目 第二試合 川端西高校対長州学院高校

定刻通り、試合開始。

 

 

 

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