快投乱麻〜西間健一

 

「晴れ渡る青空。燦燦と輝く太陽。見ている私たちにとってはさわやかなこの天気も、目の前で躍動する球児たちにとっては体力を奪う悪魔ともなりえるでしょう。
感動の開幕式から約3時間あまり。第一日目、第二試合がまもなく始まります。
放送席を紹介します。解説は、社会人チーム西進鉄鋼前監督、その他様々チームで指導を遍歴されました橋見高志さんです。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」

「そして実況は小村でお届けします。さて、橋見さん。この第二試合のポイントとなるのは、どのあたりだとご覧になられますか?」
「はい。まず先攻の川端西高校はエース土方君がどのぐらいの力を見せるか、というところが最大の見所でしょうね。また打線についてもここの選手のポテンシャルは決して低くないという話を聞いています。
後攻の長州学院は春で鮮烈なピッチングを見せた左右の変則派、西間君と草分君ですね、やはりこの二人に注目ですね。また去年に続き、大胆なリードで二投手を引っ張る捕手の橿原君にも注目です。何度か練習風景を見ましたが、打撃、守備ともにきっちりと鍛えられていて、安定した戦いが望めそうです。」
「なるほど。ありがとうございました。・・・さあ、両チームの選手ベンチから出てまいりました。いよいよ試合開始です。」



両校の選手が一列に並ぶ。
同時に一礼し、後攻の長州学院が守備についていく。一方、川端西の選手たちは、一番打者の島田さん、一塁ベースコーチにつく柴島、三塁ベースコーチにつく山江さんを除いて、ベンチへと向かう。


ネクストバッターズサークルから、島田さんは相手の先発、西間の投球を凝視していた。
へその少し上あたりにグラブを置いたセットポジション。
そこからいきなり足を上げ、両腕を下ろす。この腕と足の動きは同時だ。
その状態から突然、横手からボールを投げ込む。

オーソドックスな投手は、「1、2の3!」のテンポでボールを投げる。しかしこの西間のテンポは、言うなれば「1、2!」である。非常に早い。
・・・しかしそのあたりは、すでに宿舎でビデオを見て研究済みだ。もう何度、去年の夏の準決勝のビデオを見たことだろう。島田さんはつかれきって幾度も逃げ出そうとしていたが、無理やり引き止められて画面の前に連れて行かれた。
そういう経緯があるからフォームへの恐れはない。
監督からは、「独特のフォームに惑わされず、自分のタイミングでいつも通り振り抜け」、とのこと。


西間が投球練習を終えたようだ。島田さんも悠々と左打席へと進んでいく。
ボックスに入ると、島田さんは軽くバットを一振りした。今この瞬間、大観衆の目はすべてこちらに向いている・・・はずだ。

この場面で狙うべきはただ一つ。
先頭打者初球ホームランだ・・・!


「プレイ!」


審判がそう宣告すると、あの独特のサイレンが大音響をあげた。
西間が完全に静止した状態から・・・足を上げ腕を下げ・・・投げ

「シューーー・・・・・・バンッ!」
「ストライーッ!!」

・・・っ!?・・・今、どこから球が出たんだ!?・・・しかもなんて速さだ・・・・・・
島田さんは一歩も動けなかった。それはこの男にとって何よりの屈辱だった。


気を取り直して二球目を待つ。セットポジションから・・・足を上げ腕を下げる、ところでもう狙いに行こう!

「シューーー・・・」
「うおっ!?」

速球を意識して島田さんが速めのスイングを始動させようとたん、ボールがかなり近めに来た。島田さんは思わずのけぞってしまった・・・
「・・・バンッ!」
「ストライッ!」
「・・・えっ!?」

島田さんは思わず、そう声を発してしまった。
その反応に、後ろから答える者がいた。
「インハイギリギリに入っている。ボールに見えたのは君が突っ込みすぎただからだ。・・・西間のストレートを始めて見た左打者は、よくそういう反応を見せる・・・」
ボールを投手に返しながらそう答えたのは長州学院のキャッチャー、橿原(かしはら)だった。
そうか・・・それならしかたがない。次の球を一発ガツンといってやればいいだけの話だ。


マウンド上の西間が第三球目を投げる体制に入った。
・・・西間の速球は自分が思ってるよりはるかに速い。いや、速く見える。でも突っ込んだらさっきのようにやられる。じゃあ打つにはどうすれば・・・
迷っている間に、ボールが放たれた・・・まずい!
島田さんは敏速に反応しようとした・・・・・・が今度は、ボールが思った以上に遅い。
本能的に島田さんはスイングを食い止めようとした。そして、来た球に対応しよう、と。

・・・しかしボールは、スッと沈んでミットに収まっていった。予想外の動き。

「ストライーッ!バラーアウッ!」

三度島田さんはスイングをさせてもらえなかった。三球三振。しかもすべて見逃し・・・島田昭の高校野球生活史上、初めての出来事だった。積極性が最大の売りのこの選手にとって、初めての・・・


「西間のストレートに意識を奪われたバッターは、よくこういう反応を見せる・・・」
打席を去ろうとする島田さんの後ろから、またもやそういう声が聞こえた。・・・島田さんの耳にはほとんど入らなかった。


その完璧な奪三振劇に、長州学院ベンチは沸いた。一塁側のスタンドも沸いた。
・・・三塁側のスタンドはため息をついた。そしてバタ西ベンチは・・・しばらく誰も声を発せられなかった。



「藤谷、気をつけろ。どう気をつけていいかはわからないけど・・・とにかく気をつけろ。」
島田さんがベンチへ帰る途中、ネクストバッターズサークルで固まっていた藤谷さんにそう声をかけた。
「・・・え、あ・・・はい。」
ベンチと同様唖然としていた藤谷さんは、すぐに返事をすることができなかった。


・・・
・・・
・・・


カウント2−1。右打席の藤谷さんは、簡単に追い込まれている。その表情には、いつもの底知れぬ落ち着きが感じられない。
「だいぶ刺し込まれとるなぁ・・・」
監督がボソリとつぶやいた。
「島田、お前、球が見えにくなかったか?」
「・・・はい。ものすごく。」
「そやろな・・・西間の立ってる位置をよく見てみ。」
そう言うと、監督はマウンドのほうを指差した。

「左サイドの投手にはようあることなんやけど・・・プレートの向こう側のほう、だいぶ端っこのほうに立っとるやろ。あの位置から放たれたボールは左打者には見えにくうて・・・」
西間が第四球を投げた。
第一球目と同じ、インハイのストレート。・・・藤谷さんは明らかに振り遅れ、空振り三振。
「・・・右打者はなかなか引っ張れんし、威力があればおっつけるのも難しい。・・・厄介な球やなぁ・・・」

次は三番の土方さん。非凡な打撃センスを持つこの人に、何とか道を開いてもらいたい・・・


・・・
・・・
・・・


「シューーー・・・」
「鋭い」直球が膝元へ投げ込まれる。微妙なコースだ・・・
「・・・バンッ!」

一瞬、審判も止まる。

「・・・ストライーッ!ァラーアウッ!・・・チェンジ!」
・・・・・・やられた・・・土方さんは、心の底からそう思った。
バックスクリーン上の電光掲示板には、「141km/h」の文字が刻まれている。


「『ジャックナイフ』の威力は今日も好調・・・」
また、そうつぶやく声が聞こえた。なんなんだ・・・

なんとこの回、バタ西の1,2,3番は西間の球をバットに当てることすらできなかった。


・・・
・・・
・・・


「・・・映像で見たのと、桁違いですね。」
キャプテン角屋さんがそう感想を述べた。
「当たり前や。相手も半年間、必死で練習して来とる。」
監督が眉間にしわを寄せ下に視線を向けながら答えた。
「ビデオで見たときは、もっとプレートの中央から投げてましたよ」
「端っこから投げる投法・・・クロスファイアって言うけど、あれはボールの威力が高い代わりに腰にかかる負担がものすごい。だから使いこなすには相当下半身を鍛えなあかん。よう練習しとるわ・・・それにしてもなかなかあれだけコントロールできるもんやないで・・・えぐいな、あのピッチャーは・・・」
関西人が使う最大級の驚嘆の言葉で、監督は西間を評価した。

「どうやって打てば・・・」
「それは後で考えろ。・・・ほれ、ベンチに残ってんのはお前だけやぞ。早よ外野いかんかい!」
「・・・あっ!」
角屋さんは急いでグラブをはめて、甲子園の広い広い外野へ走り出していった。


・・・
・・・
・・・


「いやー、西間投手、素晴らしいピッチングでしたね。橋見さん。」
「ええ、全くですよ。まさに快刀乱麻でした。」
「球速がなんとサイドスローなのに141km/h。すごいスピードですね。」
「高校生にはなかなかきついですよ。あれは。・・・まあご存知のとおり長州学院は、先発を5回まで投げさせてあとは継投というスタイルを去年から続けていますからね。それで先発投手でもあれだけ全力で投げられるんでしょう。」
「そうですね。それにしても、見事でしたね。」
興奮しきった解説者の声は、すっかり上ずっていた。



戦う前から、厳しい試合になるのはわかっていた。しかしその程度は、バタ西のどの部員が予想していたものよりもはるかに大きなものとなりそうだ。

 

 

 

第四章メニューに戻る

小説メニューに戻る

ホームに戻る

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送