快投乱麻〜土方啓

 

長い左腕が晴天の下にしなる。ボールは普通の投手よりずっと高めの位置で離され、微妙に不規則な動きをとりながらミットに収まる。走り具合は好感触。
捕手が受けたボールを取り出しながら立ち上がり、二塁へ送球する。それに反応した投手も素早くかがみこむ。二塁手が的確にベースに入る。送球を受け、空タッチ。連携もなかなかいい感じだ。

投球練習が終わった。土方さんは、マウンドをスパイクで整備する。・・・といっても、土はほとんど荒れていない。相手投手が先ほどの回に投じた球数はわずか11球。しかもあまり体を沈めずコンパクトに投げるフォーム。マウンドがきれいなのは当然と言えば当然か。
しかしプレートの左端の縁周辺の土と、その前方にある一点だけはかなり深くえぐられていた。
それだけ下半身が強く、またフォームも乱れていない証拠だ。このようなところからも、改めて西間の投手としての完成度の高さが痛感できる。・・・・・・いつまでも感心してはいられない。土方さんは、その2つの穴を埋めた。

長州学院の一番打者も準備を終え、左打席へと向かっている。
土方さんはロージンバッグを二度ほど軽く握って地面に落とし、ボールを強く握り締める。

「プレイ!」

一回裏の始まりを、主審が高らかに宣告した。


キャッチャーの藤谷さんは、迷いなく第一球目のサインを出した。
長州学院の攻撃は、原則どおりに鍛えられたオーソドックスなスタイル。そういったスタイルはどのような相手にでも通用する。だがそれが裏目に出れば・・・

「シャァァーー・・・・・・ドンッ!」
「ストライーッ!」

・・・消極性につながることもある。案の定、ど真ん中の直球をやすやすと見逃した。一分の動きも見せない。
土方君の球を、この打者はどう感じているだろうか・・・・・・打者は打席内で2,3度素振りをした。ミートポイントでバットを少し止めるようにして。
・・・・・・少なくともこの打者は余裕を持って見逃したわけではなさそうだ。


・・・キャッチャーからの二球目のサインは・・・またど真ん中・・・?大丈夫なのか?
しかし土方さんは一瞬浮かんだ疑問符をすぐに打ち消した。キャッチャーのサインには、一球一球にメッセージがこもっている。俺はそれを信じて、投げ込むだけだ・・・
土方さんが足だけを上げ、ゆったりと第二球を投じ・・・・・・終わらないうちにバッターがバントの構えを取った!

「シャァァーー・・・」
少し揺さぶられたためか、ボールは外角へと向かっていった。
「・・・チッ」
・・・それが幸いしたのか、球はバットの先端に当たった。完全にバント失敗。ふらふらと三塁方向に小フライが上がり・・・・・・駆け寄った藤谷さんのキャッチャーミットに収まった。アウト。
土方さんは、掲げられた主審の手を見て無意識のうちに小さくガッツポーズをしていた。


僕の読みがまだ一人とはいえ的中した。おそらくまだフルスイングはしてこない。様子を見るために軽く振るか、奇襲をかけてくるか。そこへど真ん中を要求すれば・・・という読み。
もちろん、それだけではもちろん打者を抑えこむことはできない。土方君の球威と微妙な変化があって、あの小フライが得られたのだ。
思ったよりいけるかもしれない。藤谷さんは、まだ先頭打者ながら何か手ごたえを感じていた。


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・


長州学院の三番打者御所が、第三球目を待っていた。奇襲をくじかれた一番、球威に押されて三振した二番のヤツから、「かなりいい球だ。速めに振りぬけ。」と注意された。うちの頭脳、橿原からは「三球目が勝負。堂々と三球勝負をしてくるか、思いっきり外すか。それがストライクなら迷わず打て。」という戦略を受けた。あいつの言うことにほぼ間違いはない。今からがその三球目だ。
長身の相手投手が足を上げる。立ち姿を見ただけで気おされるような独特の威圧感。・・・本当に、公式戦初登板なのか・・・?

左腕から球が放たれた・・・中途半端な低さの球・・・勝負か・・・!
御所はテークバックを取り打ちにいった・・・・・・しかし振りぬこうとした瞬間、球が鋭く重力に引かれていった。
フォークか・・・!・・・・・・御所はバットの軌道を変えようとしたが、到底ついていける落差ではなかった。

「ブンッ!」
「・・・バシッ」

・・・三球三振。三番打者は、軽く土をけってベンチへ帰っていった。3アウトチェンジ。


「土方君、上々です!」
「・・・ああ。なんとか乗り切った。」
「『なんとか』どころじゃないですよ。いけますよ、これは・・・」
ベンチへの帰路、バッテリーはこんな会話を交わした。
グローブを外しながら、土方さんはベンチへ入り、そして座った。その横へ監督が駆け寄り声をかけた。
「ナイスピッチ。・・・お袋さんも喜んどるやろな。」
「・・・はい。・・・ありがとうございます。ここに立てただけでも、俺は・・・」
土方さんは、監督から少し顔を背けた。

「何を言うとるんや。ここまで来たならとことん行かな。喜びは大きいに越したことはないからな。」
もはやその言葉に答えることはできなかった。ただ、自分と、そして母との夢を果たしたことへの充実感に満たされていた。
でも、監督の言うことはその通りだと思った。せっかくつかんだチャンス。最良かつ最高の舞台。最後まで突っ走るしか道はない・・・!



「衝撃の一イニングが終わりました。西間君の快投がまだまったく頭を離れないうちにまたもう一人、すばらしい役者が登場してきましたね。」
「はい。体格を見てある程度は期待していたのですがまさかここまでとは・・・・・・素晴らしいですね。」
放送席。解説の橋見氏はそう言うと感嘆の息を小さく漏らした。
「しかし、すごい球威でしたね。」
「ええ。スピードもそうなのですが、なんといってもあのクセ球ですね。直球がさまざまな軌道を描いてミットに収まっているんですよ。心底驚きました。」
「同感です。さあこの第一日目第二試合、思いがけない好カードになりそうな予感がしてまいりました。グラウンドではすでに西間投手が投球練習を始めています。二回の表、川端西高校の選手たちはこの好投手をどう切り崩していくのでしょうか。注目です。」
スタンドで、テレビの前で、そしてラジオの前で試合を見守る高校野球ファンの気持ちを代弁するかのように、アナウンサーはまたもや上ずった声で実況した。

 

 

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