ジャックナイフ、ロングアーム

 

「二回の表 川端西高校の攻撃は 4番 ライト 角屋君」

ウグイス嬢の声がスピーカーを介して甲子園全体に広がる。三塁側のスタンドからは歓声。
右打席に入った角屋さんが夢にまで見た瞬間だ。みぞおちの辺りから首にかけて、熱い戦慄が駆け上がった。
スタンドのバタ西吹奏楽部が「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌を演奏し始める。角屋さんに充てられた応援歌だ。新島県川端市からここ兵庫県西宮市まで。途中新幹線を使うとはいえ、なかなかの長旅。
その遠い道のりを超えて応援しに来てくれたスタンドの生徒たち、そして旅費を出してくれた学校と、地元の有志の人たちにはただただ感謝するばかりだ。

誰とは言わないが、ある部員がこの応援団を見て「普段は興味のかけらも示さんくせに騒ぎよって。どうせタダ旅につられて来ただけやろ。」などという暴言を吐いていた・・・確かに今まで、川端西高校内での野球部への関心は非常に低かった。地方大会ではそこそこ成績を残していたし、水本さんと言う地元の名士の人を中心にグラウンドも与えてもらった。しかしなぜか、バタニシ生徒の話題の中心に野球部が上ることは極めて少なかった。

部員確保には、今の2年生の世代以降が苦労することはなかったが・・・それもほとんど奇跡といってよい。いま部員となっている者の他は、野球部を部活の選択対象にすらしていなかったようだ。
特に一部の部員が強く嘆いているのが、女子マネージャーが入らないこと。せっかくの共学校なんだから華がほしいよな、と。・・・まあこればかりはどうしようもない。一応今でも、怪我などで選手としての道をあきらめた部員がマネージャー的なことやスコアラー的なことはしてくれているし・・・別に機能に問題はない。ただやっぱり理想を言えば・・・

そういった野球部の発展へのステップも、自分たちを支えてくれている人たちへの恩返しも、これからの一勝一勝にかかっていると角屋さんは信じている。そのためにはまずこの打席、まず次の一球。やってくる瞬間瞬間に、全てをかけて・・・!


「プレイ!」


相手投手の西間が「1,2」のタイミングで第一球を投げ込んでくる。

「シューーー・・・・・・バンッ!」
「ボール!」

・・・危なかった。球を選んで見逃したわけではなく、バットを振れなかったのだ。
球はきわどくはあったが、外角に外れた。確かに速い。打席に立ってみればなおさらそう感じる。
西間が第二球目を投じる。次の球は・・・
「シューー・・・・・・・・・」
少し甘いと判断した角屋さんは、合わせ気味にバットを出した。だが・・・
「・・・・・スーッ・・・」
「・・・ブンッ!」
「ストライーッ!」

ボールは外側に逃げつつ沈んでいった。シンカーか・・・この球には島田もやられていた。いいキレだ。
しかしこれを待ってしまうと、到底あの直球にはついていけない。どうする・・・
・・・角屋さんはとりあえずストレートに対応することを決め、今のシンカーのイメージを消そうと前方に集中した。

その時、背中で何かつぶやく声が聞こえた。
「・・・やはり当たらないか・・・・・・」
気にするほどの言葉ではない。集中して狙い球を絞っていこう。やはり狙うなら俺の得意な内角のコース。クロスファイアスタイルの西間が投げ込んでくる確率も高いはずだ・・・
ピッチャーが上体を崩さず、横手からボールを投げ込む・・・!
「シューーー・・・・・・」
内角ではない・・・!でも遠いから手を出すわけには・・・
「バンッ!」
「・・・・・・ストライッ!」
一瞬沈黙した後、主審が手を掲げた。外角低目。ボール一個外れていればボールになるコース・・・
このコースは全ての投手の生命線といわれている。一般的に、一番打球が飛びにくいコースはここだからだ。この速さの上にここが使いこなせるとしたら・・・・・・あまり深く追求するとまったく打てる気がしなくなりそうなので、角屋さんは思考を止めた。

今は勝負に集中。
「・・・これも当たらない。これで13球連続か・・・・・・」
微妙に気になる言葉だ。だが・・・
「当てられるはずがないか。所詮は棚ボタだからな・・・」
「・・・!?」

長州学院の捕手、橿原のこの一言に角屋さんの心はかき乱された。
俺たちはここまで着実に実績を積み重ねてきた。地元の人たちの期待にしっかり答えて練習してきた。そうしてようやく勝ち取った21世紀枠を、ただ待っていただけで転がり込んできた幸運のように・・・!

絶対当ててやる。角屋さんは自分の全神経を、ミートすることに向けた。

「シューー・・・・・・・・・・・・」

球はそんな角屋さんをあざ笑うかのような低速で向かってきた。

「・・・コンッ」
完全に体勢を崩された角屋さんはそれでもバットをボールに当てた。
だがそのような打球が、まともに飛ぶはずもなかった。
「おめでとう。この試合初のミートだな。・・・予定通りの。」
・・・・・・キャッチャーの橿原はそうつぶやきながら空しく転がったボールを処理し、一塁へ送球した。余裕を持ってアウト。

「109km/h」という文字が、無機質に電光掲示板の隅を彩った。


・・・
・・・
・・・
・・・


打席には五番の中津川さん。ベンチから見ても、完全に押されているのは明らかだ。
「こうして外から見ても、相当厳しいコースに決まってるな。」
ただ西間の投げるボールだけを凝視していた角屋さんが、誰に言うともなくそうつぶやいた。
「あの投手の最大の長所は、あのボールをあのコースに決められるところにあるんです。」
やたらと指示語を多く使って答えたのは・・・やはり藤谷さんだった。
「普通の投手は、ある程度置きに行ったような球でないと膝元のコースに球を集めるのは難しいんです。でもあの投手は・・・130キロ後半の直球をいとも簡単に制球してきます。」
いつの間にか、ベンチの意識は藤谷さんのその解説に集まっていた。

「あくまでも鋭く、強く、そして狙いは絶対に外さない。そんな球を投げる西間投手に昨夏以来ついた異名が・・・」
藤谷さんは、少し間を置く。

「ジャックナイフ、です。」

その言葉が放たれた瞬間、グラウンドでは西間が今日4つ目の三振を奪った。
その光景も合わさってか、ベンチに沈黙が流れる・・・
「・・・と、『甲子園の星たち』第13号の特集記事に記されてました。」
「「「「「・・・・・・」」」」」」
・・・・・・雑誌の受け売りかい!と、真剣に耳を傾けていた角屋さんはやや関西風の突っ込みを心の中で入れた。しかし・・・・・・いくら情報マニアの藤谷といっても、山口まで調査に行けるわけないからな。雑誌を細かくチェックしてただけでも十分偉いよな・・・と、冷静に考えたあとに納得した。


・・・
・・・
・・・
・・・


左打席の六番南条は早くも追い込まれていた。カウント2−1。投球テンポが恐ろしく速いので、息つく間もなくカウントを整えられた感じだ。
対角線を描いて、背中から球が来るような軌道。それに加えてこの球威。どうすれば・・・・・・
悩む南条の脳裏に、ある男の声が浮かんだ。

「基本さえ極めれば何も怖くない。でもその基本を身に着けることがどれだけ難しいか。とにかく常に、基本に忠実に、だ。」
・・・浅越さん?それは前代キャプテンの声だった。なぜこの場面でこの人が浮かんできたのかはわからない・・・しかしこれも何かの暗示かもしれない。南条はこの声に、従うことにした。

西間が腕を下げつつ足を上げ、ほんの一瞬の停止のあと腰をひねって第四球目を投げ込む。
「シューーー・・・・・」
外角だ・・・基本に忠実に・・・
「カンッ!」
おっつける!

打球はバウンドしつつ三遊間へと向かっていった。いいコースだが、球威に押されたため思ったより打球は速くならない。
その球を、長州学院のショートが逆シングルで捕球した。
しかし捕球位置は深い。
南条はただひたすら、一塁ベースを目指してダッシュ。
ショートが体制を整え、ボールを一塁に全力で送球する。肩は強い・・・!

しかし送球は、一塁手草分から見て右斜め頭上へと向かっていった。
ラインに沿って駆けていた南条は「しめた!」と思った。このままいくとボールは草分の後ろへ逸れ、らくらくセーフ。あわよくば二塁も狙える・・・・・・


・・・はずだった。
草分が自らの長身と、恐ろしく長い腕をボールへむけて目いっぱい伸ばした。
送球はファーストミットの先にひっかかるようにして収まった。


「アウトッ!」
一塁塁審が宣言する。
南条には何が起こったのかよくわからなかった。
「あたた。ちょっと無理しすぎた。後で投げないといけないのにな・・・」
一塁手は腰をさすりながらベンチへと帰っていった。

二回の表の川端西高校。三者凡退。

 

 

 

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