再現不可能

 

二回の裏、長州学院の攻撃は四番の草分君から。
背番号11をつけたこの選手は、つい先ほど驚異の捕球で甲子園を、特にバタ西ベンチを驚愕させた。取れるはずのないボールがファーストミットの中へ飛び込んでいった。
前に参照したデータによると、身長は確か188cm、体重は70キロ。ま、体重は今は置いておくとして・・・かなりの長身だ。しかしそれ以上に、恐ろしい腕の長さだった。あくまで目測だが、おそらく腕を伸ばせば中指先端の高さは土方君より上だろう。
そしてこの長い腕は打撃においても球を捕らえる範囲の広さとなって表れてくるはず、とキャッチャーである藤谷さんが考えるのは当然のことだった。

草分君が左打席へと向かってくる。この長州学院の四番を張る男だ。いったいどんなバッティングを・・・

「よろしくおねがいします。」
不意に、藤谷さんはそう話しかけられた。
「・・・あ、よろしくお願いします。」

打席に入った草分の切れ長の目には、かすかに笑みが浮かんでいる。しかし決して、いやみな笑顔ではない。
ある程度焼けているとはいえ、他の高校球児と比較するとその肌はかなり白い。体重の数値にも表れているように、スラリとした長躯。それに加えて腕の長さに比例して長い足。
他のバッターと、明らかに違う「はんなり」とした空気。・・・・・・不気味だ。勝負の世界に浸っている今の藤谷さんには、そういう感想しか抱けなかった。

「プレイ!」

土方さんが足だけを上げ、上体をあまり沈めず第一球を投じる。
「シャァァーー・・・・・・ドンッ!」
「ストライッ!」
低目への直球。この回もいい球だ。藤谷さんは、今まで余裕がなかったため見損なっていた電光掲示板の球速表示に目を向ける。視線の先には、「142km/h」と言う文字が表示されていた。よし。球速も十分・・・

しかし打者の表情に特に変化はない。バットを角度45度でへその前に立てるフォームを崩さない。余裕を持って球を見逃したのか・・・?しかしこの打者、草分君の本職は投手。それゆえのポーカーフェイスを発揮しているだけという可能性もある。
表情からの断定は難しそうだ。とりあえず、いつも通りやるしかない。藤谷さんは内角への直球を要求した。


土方さんがゆったりとしたフォームで、第二球を投げた。
「シャァァーー・・・・・・・・ドンッ!」
「ストライッ!」
先ほどよりやや力を抜いた球。それでも打者は微動だにしない。しかしどうあれ、ストライクを先行した。投手有利のカウント。

藤谷さんが三球目のサインを出そうとしたとき、草分がゆっくりと藤谷さんのほうへ振り向いた。
「結構急ぎますね。」
相変わらずの笑顔でそれだけ告げると、再び投手に顔を向ける。・・・・・・意図はよくわからないが何か気持ちが悪い。テレビの画面を通して見れば爽やかな笑顔なのだろうが・・・藤谷さんを、得体の知れない違和感が襲っていた。

「シャァァーー・・・・・・・・ドンッ!」
第三球目。アウトコースに大幅に外れたボール球。藤谷さんは三球勝負をやめ、一球様子を見ることにしたのだった。それでも打者は何の反応も見せない。
一打席目は様子見ということか・・・それなら・・・・・・

藤谷さんのサインにうなずき、土方さんは第四球目を投げた。
「シャァァーー・・・・・・」
高めの勝負球のストレート。いい球だ・・・・・・そのとき、草分のバットがその長い腕からは信じられないほどコンパクトに飛び出した。

「カンッ!」


きちんとミートされた打球は土方さんの頭上を襲った。あまり上体を崩さないフォームの土方さんは打球への反応が早い。すばやくグローブを差し出す。
しかしわずかに届かず、ボールはグローブをはじき土方さんの後ろに転がっていった。
打球を見てバックする体制をとっていた二塁手の刈田が切り返してボールへ向かう。敏捷な動き。
その間にも草分は一塁へダッシュ。あまり速くはないが、ボールが転がったコースがコースだけにタイミングは微妙だ。
刈田がボールを捕球する。そして捕った位置からサイドハンドで送球した。
送球を少しでも早く受けようと、具志堅が長身を刈田のほうへ伸ばす。ランナーのスピードも上がっていく・・・!


「パシッ!」
遠目からの肉眼ではどちらにも判定できそうなほど同時のタイミング。この審判が下した判定は・・・
「アウトッ!」

土方さんは思わず、捕球のため近くに来ていた刈田の頭を叩いた。
強く重い衝撃に刈田は一瞬よろめいたが、もちろん悪い気分ではなかった。


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・


「ボール!フォアボーッ!」
土方さんが五番の橿原に投げた八球目。そのうち二球ほどをファールにされた末、結局四球を選ばれてしまった。
やはり土方さんの制球力は、まだ完成しているとはいえない。橿原はそれを知ってか、初めからボール球をきちんと見極め、きわどいストライクは当てることだけを目的としたような軽いスイングでファールにした。
こう書くと当たり前の仕事をしたようにもみえるが・・・土方さんのあの球威に対しては、高い打撃技術と正確な選球眼がない限りとてもできる芸当ではない。四球で助かったのかもしれない・・・とまで、藤谷さんは考えてしまった。


次は六番の左打者西間。身長は特に高くはない。確か公式発表では173cmだったと藤谷さんは記憶している。
しかし、あれだけの投球を見せるこの男が、そう平凡な打撃を見せるはずがない・・・・・・もっとも昔、うちの高校に木田さんという例外がいたけど・・・・・・まあいい、相手の傾向がわからないうちは球威で押すしかないだろう。

藤谷さんは一塁ランナーの動向を気にしつつ、第一球目のサインを出す。
土方さんもまたランナーのほうを時折見つつ、クイックモーションを始動させる。といっても、土方さんは普段から振りかぶらないので一連の動作が少し速くなるだけだが。

「シャァァーー・・・・・・・・ドンッ!」
「ストライッ!」

まずは内角気味の直球。全力での投球を指示したはずだが・・・少し球威は落ちる。
ランナーが出ても同じ球威で投げられるようにするには、それ相応の練習、そして経験が必要なのだ。土方さんはまだそこにまで十分に手が回っていない。
しかし決して弱い球というわけではない。その証拠に、いま西間は一歩も動けず、か動かずなのかはわからないがとにかく見送った。


土方さんが早めのモーションで第二球を投げ込む。
「シューーーー・・・・・・・・・・」
ここは様子見のために・・・
「・・・スッ」
フォーク。
西間はその球に手を出した。よし、空振りひとつ・・・
「カッ」

・・・いや、当てた!さすがの動体視力だ。しかし当たりはごく弱い。
藤谷さんは落ち着いて一塁方向に転がっていったボールに駆け寄り、二塁ベースに入った遊撃手新月に送球した。
「二ついけます!二つ!」
完全にゲッツーのタイミングだ。と確信していたが・・・

「ズザザザッ!」
「うおっ!なん・・・!」

ショート新月が送球を受けようとすると、ランナーの橿原が猛烈な勢いで滑り込んできた。新月はその勢いに押され、体勢を崩した。いわゆるゲッツー崩しというテクニック。
何とか二塁のホースアウトは取ったが、新月の一塁への送球はバウンドとなった。でも新月の肩ならバウンドの送球でも十分刺せるはず・・・

しかし西間は審判の判定を煩わせることもなく、一塁にらくらくと到達していた。
プレーに必死だった者たちはもちろん、西間をじっくり見ている余裕がなかったが・・・傍から見ると、打ってからのダッシュ力、そして一塁までの加速力には目を見張るものがあった。

とにかくランナーはまだ消えていない。2アウト一塁。この相手、一瞬たりとも気は抜けない。


・・・
・・・
・・・
・・・


その後土方さんは気を持ち直し、七番の榛原(はいばら)を三振に切ってとった。
二回で3奪三振となった。その数自体は相手の西間より一つ少ないものの、ここまで順調といっても差し支えないピッチングだ。


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・


「ストライッー!バラーアウッ!」
七番具志堅、外角の直球を空振り三振。


・・・
・・・
・・・


「パシッ」
「アウトッ!」
八番新月、高めの直球をキャッチャーフライ。


・・・
・・・
・・・


「ストライッ!アウッ!・・・チェンジッ!」
「くそー・・・」
九番刈田、内角低めの直球を見逃し三振。

三回表、川端西高校は西間健一の前に三者凡退を喫した。

これで、3回6奪三振。驚異のペースだ。だがこのハイペースも、西間の山口県大会、中国大会での一試合平均奪三振17.8個という数字を参照すれば驚くには当たらない。ただし長州学院は毎試合継投策をとるので、西間が実際に17奪三振を記録したことはないが。

奪三振を「K」というアルファベットで表すことがある。これは「殺す」という英語の「Kill」の頭文字を取ったものだ、といわれている。その由来にふさわしく、西間のジャックナイフは山口県の、中国地方の、そして今は川端西高校の打者たちを血祭に上げている。


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・


左打ちの一番打者長野は、土方さんの内角直球に完全に詰まらされた。振り遅れた打球は平凡な当たりとなって三塁手南条のほうに転がっていく。
南条は難なく打球を処理し、鋭い送球を一塁に送った。3アウトチェンジ。

三回裏、長州学院高校は土方啓の前に三者凡退を喫した。


170km/hまで出力を上げられるバッティングマシーンでも、決して再現できない土方さんの球。手元で微妙に変化する直球。そして球質はすこぶる重い。
長州学院の一部の打者は、早くも焦りを感じ始めていた。あの大河内の150km近直球でさえ、難なく打てると自信を持って望んだこのセンバツ。まさかここでここまで苦労しようとは・・・


四回表のバタ西の攻撃は、打者一巡して島田さんから。ジャックナイフの餌食になり続けている今の状況を、果たして打破できるのだろうか・・・!?

 

 

 

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