一点張り

 

ところ変わって、川端市内の中華料理店「成都閣」。店の棚に設置されたテレビに、地元の高校野球ファン、そしてもともとファンでなかった人も釘付けになっていた。もちろん画面は、川端西高校対長州学院の熱戦の模様を映し出している。
「いやー、互角じゃねーか。まさかここまでやるとはなぁ。」
ある一人の客が、ラーメンのスープをすすりながら感嘆した。
「特にあのでかい投手・・・土方ってやつか。あんなのがこの辺の近くにいるんだな。知らなかった。」
向かいに座って、注文を待っている客がそう言った。

「へい、チャーハンお待ちッ!」
「お、大将。バタ西の野球に詳しいんだってな。」
「おう。そうだ。任せてくれ。」

自信ありげにそう答えたのは、いつだったか、陽陵戦の帰りの南条たちに激励の言葉をくれた「成都閣」の店主だった。
「ところで大将、あのピッチャー、いつからバタ西にいるんだ?あんまし聞かなかったんだけど。」
「ああ、あの子な。いつからなんだろうな・・・いつの間にか野球部に復帰してたんだよな・・・」
「復帰?」
「そう、復帰。この辺の中学野球でわりと鳴らしてた投手なんだけどな。高校になってグレて、野球はやめちまったって聞いてたんだけど・・・いつの間にか・・・」
「ふーん・・・」

「グレてるころの噂はたまに聞いたよ。なんでも相当荒れてたらしい。この辺の高校生を広い範囲でシメてたとか・・・・・・だから、俺もあの子の野球のことに関してはあんまり知らないんだよな。」
「なるほどな。で、どうだ、今日の試合勝てそうか?」
やっぱり誰にも、それが気になる。聞くのは当然の筋道だった。
「次は島田だな。あれはかなりパンチがあるバッターで、足も速いんだけど・・・三振も多いからな・・・・・・ま、でも今みたいにどうにもならなそうな状況では、こういうバッターのほうが意外といいかもな。」
店主はそういい残して、再び厨房へ戻っていった。



話は戻って甲子園。
ベンチでバットを準備しながら、島田さんは悩んでいた。どうやってあの投手を切り崩してやろうか・・・・・・しかし少しだけ考えて、島田さんは自分の中から何のアイデアも出てきそうにないことに気づいた。
こういうややこしいことを聞くのはこいつに限る。島田さんは後ろにいた球児に振り向いて尋ねた。

「なあ藤谷。なんか西間を打つ秘策みたいなの、ないか?」
「・・・あったらすぐにでも選手全員に知らせますよ。土方君をリードしてるとき以外はずっと考えてるんですけどね・・・」
藤谷さんは正直にそう告白した。とは言っても、このまま何も答えずに島田君を送り出すと・・・悩んだまま打席に立つのはやっぱりまずいよな・・・・・・・・・一瞬考えて、藤谷さんにあるアイデアが浮かんだ。

「島田君、ホームラン、打ちたいですか?」
「・・・は?・・・いやまあ、打てるなら打てるに越したことはないけど、もう4回だしここはチームのために確実に行こうかなと・・・」
島田さんはいつになく弱気に答えた。しかし第一打席の様子を見る限り、せっかくチームバッティングをしてもらっても打てる確率は限りなく低いだろう。ならば・・・
「いやいや、ここでこそ華麗な一発で苦境を打破してもらわないと。」
「そうか?・・・じゃあ、やっぱり狙っていくか。で、どうしたらいいんだ?」
「・・・シンカーだけに的を絞ってください。」
「・・・・・・絞るって言っても、当たるかな・・・あのシンカーよくキレるからな・・・」

やはり今、島田君は自信をかなり砕かれているようだ。確かにそれほど、第一打席の島田君は完全に翻弄されていた。だがここで持ち直してもらわないと、攻撃の糸口がつかめない。
「キレは確かにいいんです。でも落差は意外とたいしたことないんですよ。」
「それは外から見たらの話だろう。お前は投げられてないからわからないんだろうけど、打席から見たら・・・」
「そうです。それだからこそ落差が大きく見えるんです。」
「・・・どういうことだ?」

よし。かなり乗せられてきている。後は・・・
「あの投手のストレートは速い上に、手元でグッとホップしています。だからその上下の差の分、シンカーがよく落ちているように見えるんです。目の錯覚ってやつですね。だから、ストレートを無視してシンカーだけ狙えばそんなに凄い球じゃないはずです。」
・・・理論で押す。

「へぇー。さすが藤谷だな。よし、なんか打てそうな気がしてきた。ありがとな。それでいってみる。」
そして島田さんは意気揚々と左打席へ向かっていった。


「3割は本当、後の7割は嘘やな。」
島田さんがベンチを出た後、角田監督がほくそえみながらそう言った。
「ばれてましたか・・・」
「当たり前や。ワシは曲がりなりにも元投手やぞ。シンカーもほんまよう落ちとるからなぁ、あの投手。」
「まあ、『嘘も方便』ですよ。」


川端西高校、四回表の攻撃が始まる。


「プレイ!」

西間が投球モーションに入る。その間にも島田さんは、クラウチングをとりつつ頭の中を「大したことないシンカーを叩く!」という考えだけで満たしていた。
西間が一球目を投げた。
「シューーー・・・・・・」
高めの球。シンカーを叩く!
「ブンッ!」
「ストライーッ!」
バットはボールのはるか下で空を切った。やはりこの狙いでは直球にまったくついていけない・・・でも普通に狙ったとしてもどの道ついていけないのだから、そう変わらないか。

島田さんは狙いを変わらずに固定し第二球目に臨んだ。
「シューーー・・・・・・」
「ブンッ!」
「ストライッ!」
またもや直球。しかもボール球だ。
「・・・野球のルール、知ってるか?バッターはボールにバットを当てないとダメなんだぞ。」
捕手の橿原の挑発が、後ろから飛んでくる。しかし島田さんの意識はそれを受け付けなかった。シンカーを叩く、シンカーを叩く・・・・・・

西間が足を上げ腕を下げ、第三球目を投げ込む。
「シューーーー・・・」
シンカー・・・シンカー・・・

「・・・スッ」
シンカー!やっぱり藤谷の言う通り、大して落ちてない!・・・ように、興奮しきった島田さんの目には映った。


「カキーンッ!!」


その小柄からは想像できないほどの速さで、島田さんのバットが白球を捕らえた。

ボールは完璧な角度でライトスタンドヘ向かっていく。

かつて数え切れないほど「左の大砲」が放つアーチを沈めてきた甲子園の浜風さえも、この打球を止めることはできない。

白球は右翼手に呆然と見送られ、緑のスタンドに飛び込んだ。


川端西高校、一番島田のソロホームランで一点先制。


「うおぉぉぉっっ!」
ダイアモンドを凄いスピードで回りながら、島田さんは人間離れした声を上げていた。その拳は3月の空に向かって何度も何度も突き上げられている。しかし錯乱といってもいいほどの状態に陥っている島田さんに、その自覚はなかった。


ホームベースを踏んだ後、先制のヒーローに選手から歓喜のスコールが降り注いだ。それを受けている体に、痛みはまったくない。
川端西高校ベンチは、スタンドは、そして全国の高校野球ファンは興奮のストームに巻き込まれた。



「すまない。今のは完全に俺のリードミスだ・・・」
長州学院の橿原は、ブルペンに駆け寄って西間に謝った。
「どっちのミスでもない。あれだけ飛ばせる打者がすごいだけだ。」
会心の一撃を食らったにもかかわらず、西間はさして堪えていない様子だった。
「・・・あいつは完全にストレートを捨てていた。でないとあれだけバットとボールが離れることはない。しかも二球も連続で。・・・・・・でも俺は、ただついていけてないだけだと思って三球勝負に・・・」
「もういいって。何でそんなに焦ってるんだ。おまえらしくないぞ。」
「・・・え?」

「いくら相手の投手が予想外に良いからって、1点ぐらい俺たちにとっちゃちょうどいい刺激だろ。」
橿原はその言葉で、次第に下がっていた視線を上に戻した。
「・・・そうだな。そうだよな。・・・西間、言われなくてもわかってるだろうが、今後万に一つこういうこともあるかもしれない。そろそろ本気で行ってくれないか?」
「ああ。言われなくてもわかってる。・・・どうやらペース調整できる相手ではなさそうだな。」
思いがけず早くひとつの山場がやってきたことに、長州学院のバッテリーは驚きつつある種の興奮を覚えていた。


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・


バックスクリーン上の電光掲示板に、「146km/h」の文字が刻まれた。
対峙していた角屋さんは、化石したように三振を奪われた。3アウトチェンジ。

今まで、上体を崩さない西間独特のサイドスローは、遠くから見ると腕だけでボールを投げ込んでいるようにも見えた。
だがこの回二番打者藤谷さん以降の西間は明らかに違っていた。足を上げ、同時に腕を下げるとこまでは同じ。しかしその後投げ込む段になって、全身がマウンド上で躍動した。
投球後、勢いあまって三塁側に体が傾く。にもかかわらず、コントロールは全く乱れない。


西間健一のリミットが、大舞台での一発によって解かれた。

 

 

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