得体の知れない

 

「ドンッ!」
「ストライーッ!バラーアウッ!」
三塁側のスタンドから歓声の波が押し寄せる。四回の裏、土方さんはこの回2アウト目を、この試合5つ目の三振で奪った。

一級品の落差を持つフォークを意識していては、この140キロ台の直球にはかすることすらできない。バットを出せたとしても、手元で変化するクセ球を真芯で捉えられない。
長州学院の打者はまだまだ球威に押されきっている・・・と、この時点での藤谷さんは確信していた。

次の打者は四番の草分。相変わらず気負った様子もなく、やわらかい空気をかもし出しながら打席に向かって来る。
先ほどの打席は土方君の素早い反応と刈田君の好プレーで抑えたものの、普通ならセンターに悠々と抜けていた当たりだった。初顔合わせであの打球・・・藤谷さんは先の2アウトのことを一旦忘れ、気を引き締めなおした。

「二打席目ですね。よろしくお願いします。」
またもや草分がにこやかに話しかけてくる。今度は答えない。いや、答える余裕がなかった。
藤谷さんは一球目のサインを出した。まずは高めに外す。この打者に、いきなり勝負をしかけるのはリスクが大きい。

土方さんが足をゆったりと上げ、左腕から白球を投じた。
「シャァァーー・・・・・・」
・・・少し甘い!これは・・・・・・
「ドンッ!」
「ボール」
何とか外れてくれた。しかしもし入っていたら・・・際どいコースであるとはいえ、この草分君の腕のリーチなら十分に捕らえられる範囲だ。危ない危ない・・・

「この回もいい球ですね。素晴らしい原石ですよ。」
草分の言葉を流して、藤谷さんは第二球目のサインを出す。
「でもね・・・」
草分の言葉は続くが、土方さんはモーションに入った。

「・・・磨き足りない原石は、ただの石ころとそう変わらないんですよ。」

そういうと突然、草分の切れ長の目が見開かれた。
額にしわが寄るほどに。

草分が振りぬいたバットが外角の球をしなやかに捕らえた。
打球は三遊間の上を低い弾道で抜けていく。
左翼手の中津川さんが無難に打球を処理し、打った草分は一塁でストップ。

この試合、長州学院初の安打が生まれた。


・・・
・・・
・・・
・・・
・・・


五番の橿原がバットを軽く立て、土方さんの第八球目を待つ。

「シャァァーー・・・・・・」
「カッ!」

・・・この打席、四球目のファール。カウントは2−2。
この打者も第一打席と同様、何か得体が知れない。今まで一度もバットを振り切っていない。少なくとも外からはそう見えた。
ただ球数を投げさせるだけのバッティング。初対戦でそれをやるのならよくわかる話。だが二打席目までも・・・・・・

藤谷さんが第九球目のサインを出す。こういう相手に対しては、とりあえず一番威力のある球をぶつけるに限る。
「シャァァーー・・・・・・」
インハイの直球。これなら当てるのも容易ではない・・・

「キンッ!」

しかし橿原は、脇をしめてその球を振りぬいた。
鋭い打球がレフト方向を襲う。だが幸い、そのコースはショート新月の真正面だった。
新月はワンバウンドで捕球し、一塁に軽快な送球。アウト。

土方さんはこれで四回の表も無失点に抑えた。しかし絶対的な威力が、わずかにではあるが崩れ始めているようにも思える。



長州学院側ベンチの前。選手たちは円陣を組んでいた。しかしそれはただ気合を入れるためではない。橿原から作戦会議の要求があったのだ。

「いいか。あのゴツいピッチャーの球は頭を冷やせば絶対に打てる。確かにクセ球ではあるが、ボールがミットに届くころには大抵甘いコースに入っている。・・・だよな、草分?」
橿原は自らの確信を裏付けるため、唯一安打を打った男に確認を取った。
「そうだね。きちんと引き付けて打てば、案外楽にミートできたかな。」
草分はさらっと言ってのけた。・・・恐ろしい男だ。
「でも橿原。引き付けるったってあの速さだから・・・」
一人の打者が、そう弱気を漏らした。

「『あの速さ』?・・・だから冷静になれと言ってるんだ。俺たちはこれまで、どれだけ動体視力を鍛えてきた?お前はサボってたのか?」
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「そうだよな。それは俺も知ってる。」
「・・・確かに俺もマシン相手に良く打ち込んだけどさ、あのフォークは未経験だからな・・・」
別の部員が、弱気な部員を弁護するようにそう言った。驚異の落差を持つフォークがあるからこそ、ストレートが十分に待てないんだ、と。
「フォーク?そんなものは捨てろ。」
「え?大丈夫なのか、それで?」
「打てないなら捨てるしかないだろ。打てるやつだけどうぞ心行くまで打ってくれ。・・・だがな、俺たちは勝つためにここに来てるんだ。自分の満足のためだけにこのグラウンドに立っているやつは今すぐ山口に帰ってくれ。」
後半の一言で、部員たちの緊張がさらに引き締まる。橿原はそれを確認すると、もう一度口を開いた。
「大河内にも当たらないうちに足踏みしててどうする。恐れを捨てろ。迷いをなくせ。いいな!」
「「「「「・・・おっしゃ!」」」」」

そして長州学院の選手たちは、広大なフィールドへ飛び出していった。

 

 

 

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