戦いのあと、再会T

 

一塁側のベンチ前。長州学院の選手たちは皆、涙を隠すかのように深く首を下げて、砂を集めていた。

甲子園の土。この習慣がいつから始まったのかは知らない。
しかし、栄冠をつかみきれなかったほぼ全ての球児が、この土をきらめいた瞬間とともに袋に集めて帰っていく。

「ごめん、みんな。本当にごめん・・・・・・」
先ほどからずっと、記録上敗戦投手となった草分はこの言葉を繰り返していた。
「・・・一人で全部を背負うなよ。そのうち、本当につぶれてしまうぞ」
捕手の橿原は、ほかに適切な言葉を思いつかなかった。
気にするな、とか、胸張っていこう、とか、そういう言葉はあまりにも薄っぺらに聞こえそうで、口にするのが怖かった。

そして先に砂を集め終えて立ち上がった橿原の目に、少しぼやけて、川端西高校の選手たちが映った。選手たちはスタンドの応援団に深々と礼をし、あふれる笑顔で三塁ベンチへと走り出した。
橿原はその一部始終から目をそらさず、光景を脳裏に焼き付けていた。

もう一度この場所で戦う時のために。


球場内の廊下。角田監督と、そして土方さんが記者団のインタビューを受けていた。
角田監督はかなり興奮しながらも、何とか質問に答えている。
「今日の戦いの勝因は、どこにあると思われますか?」
「えーとですね。やはり土方を中心に堅く守って失点を最小に抑えた、これに尽きると思います。あとは、強敵を相手にしても決してひるまなかったこと、ベンチの中に絶えず、「喰らいつこう」っちゅう雰囲気がみなぎっていたことですね。選手たちの指揮が下がっても、それを立て直してくれるやつが最低一人はいましたから」

「では、次の戦いに向けてどのような調整を?」
別の記者から質問が飛ぶ。
「今日の相手は、本当に強かったんで・・・実を言うと、あんまり今日の戦いは打線のいいデータにはならん気がしますね」
「といいますと?」
「なかなか各打者が、まとも振らしてくれなかったんで・・・まあ、今後のことははあとでじっくり考えますわ。今はとりあえず金星を喜んでおきたいと思います」


土方さんへのインタビューも、ラストに差し掛かっていた。
「今日の快投を、誰に一番伝えたいですか?」
「・・・母です。僕が甲子園に出るのを、身を削って望んでくれた人なんで・・・・・・」
それは本心から出た言葉だった。
聖地で投球して、しかも勝利を得たことが、少しでも母への償いになるのならそれでいいと思っていた。そして、「償い」を終えない限りは自分が前へ進むことはありえないとも考えていた。
実際に、土方さんは母親の入院する病院へと電話を入れることになる。受話器から、母親が久しぶりに発する、涙交じりだが明るい声を聞いた時、土方さんは初めて心から勝利を実感した。



川端西高校の部員全員で、今日の第三試合、樟葉丘(くずはおか)高校対奥羽高校の対戦を見ることになった。
どちらの高校も、バタ西が勝ち進めば準々決勝で当たる可能性があるチームだ。

バックネット裏や内野スタンドはほぼ埋まっていたので、外野で観戦することに。
空席を探しつつ進んでいく選手たちを、多くの観客が感嘆交じりの目で追っていた。
当然の反応だろう。第二試合が始まる前に、川端西高校の勝利を予想していた者は、観客の一割、いや一厘にも満たなかったはずだから。

そうした観客の中から突然、「南条!」という声が飛んできた。
本人は始め気づかなかった。隣を歩いていた刈田に教えられて、南条は声の主のほうに振り向いた。
「あ、やっぱりそうだ。久しぶり!」
声の主が手を上げながら明るい声でそう話しかける。その右隣には、同じぐらいの背の男が一人、そのまた隣には、少し小柄だがポケットに手を入れて鋭い眼光を放っている男がいた。三人とも、背はそう高くない。

「・・・高村、間宮と・・・内っちゃんか!」
南条は一瞬戸惑っていたが、すぐに正体を理解したようで、三人のほうに駆け寄っていった。
あわてて刈田も、南条についていった。

「南条、この人たちはいったい・・・?」
「君は確か、セカンドをやっていた刈田、だろ?」
刈田の投げかけた問いの答えが出る前に、真ん中の男が逆にそう聞き返してきた。
「え、あ、そうだけど」
「オレは間宮。こいつが高村で、こっちは内和」
真ん中の男が、左と右を指してそれぞれ説明する。どこかで聞いたことがあるぞ、この名前・・・?

「三人とも昭成高校の野球部で・・・南条とは中学時代のチームメイトだ」
「ほら、前に刈田にも言ったよね。西関東フライヤーズのときの仲間だよ」
南条が、真ん中の男、間宮の自己紹介に付け加えた。
刈田は過去の記憶をたぐり寄せ、何とか納得することができた。


一番初めに声をかけてきた男、高村が、
「いやーしかし、本当にすごかったな、さっきの試合。あそこまでやるとは思わなかったよ」
「おい、それはちょっと失礼だぞ」
間宮が高村に注意した。高村は、しまった、と言うように少し口をあけた。それに対して南条は、
「いいよいいよ。正直、俺もびっくりしてるし」
「でもあれだよな、南条、お前が確か決勝点の足がかりになるヒットを打ったんだよな」
「うん、そうそう」
「あの瞬間、俺たちも思わず叫んじまったよ。なあ、高村」
「おっしゃー!ってな。さすが元フライヤーズッ!ってな」
楽しげに語る二人に合わせて、南条も笑った。
が、そばで見ていた刈田は、その表情になにか割り切れないものを感じた。

「刈田もいい守備してたよな。昭成の中でもなかなかあれだけできる人はいないと思う」
「いやいや・・・まだまだ練習しないと・・・」
刈田は一応謙遜しておいたが、守備のことをほめられるのが一番うれしい。
と、その時、左の小柄な男、内和が始めて刈田に目を合わせてきた。相変わらず手はポケットの中に。
そういえばこの人、さっきから何もしゃべっていない・・・?

「刈田君」
そして内和は、おもむろに口を開いた。
「・・・ん?」
刈田が答えようとした瞬間、内和の眼光がいっそう鋭さを増した。
と同時に、内和の右手が上に上がり、何かが刈田の目の前に飛んできた。

「・・・・・・っ!?」

気づくと、刈田の左手は頭の前にかざされていた。手中に、なにかをつかんだ感触があった。
刈田は左手を広げ、冷たい感触の元を確認した。そこにあったのは、ひとつの青いビー玉だった。
「・・・な、何するんだよ!?」
あまりに突然のことに混乱していた刈田は、少し気を立てながら内和をにらんだ。が、内和は平然として、
「なるほど。たしかにうちにも、これだけのやつはそういないだろうな」
そういったきり、内和は再び刈田の目を見るだけで口を閉ざしてしまった。


気まずい静けさが流れる。


その沈黙を破って、高村と間宮が拍手を始めた。なぜか少しあわてて、南条も合わせて拍手した。
もちろん、刈田の混乱はいっそう深まった。

「いやー、君、すごいなぁ。今まで見た中でもトップクラスの反応だった」
「・・・どういうこと?」
高村が、不可解な行動の説明を始めた。
内和は初めて合った球児に、ときどきこの攻撃を仕掛けるそうだ。
なんでも、瞬発力を確かめるための攻撃らしい。内和は、こいつなら取れる、と思った人にしか仕掛けないので、たいていその場は何とか納まるそうなのだが・・・たまに取れない人がいるともちろん大変なことになる。
初対面の相手に顔面へビー玉をぶつけられるのだから、いい心象を持つはずもない。

「中学時代からやってるよな、南条」
「うん。と言うか俺もはじめやられたし・・・痛かったな、あの時は・・・」
どうやら南条は「大変なことに」なった一人らしい。
まったく変わったやつだな、と刈田は少しあきれていたが、よくよく思い返すと内和の攻撃のすごさがわかって来た。

あんな小さい動きで、あれだけ速いスピーでビー玉を放れる。かなり強いリストと、それにスムーズに反応できる指、そしてそれらを制御する緻密な感覚が、あの攻撃には必要なはずだ。
しかしその意味をよく突き詰める前に、三人と南条は近況報告をし合っていたので、刈田もそれに巻き込まれてしまった。

その謎を解くのはしばらくお預けとなった。


「あ、4月か5月かに俺たち新島に遠征に行くんだけどな、川端西とも対戦できないかな?」
一通り近況報告を終え、高村がそう切り出した。
「たぶんOKだと思う」
「え、ほんとに?じゃあさ、連絡先とか教えてくれない?」
うん、とうなずいて、南条はバックから手帳を取り出し学校の住所と電話番号を教えた。

「ありがとな。これで甲子園出場校、しかもあの長州学院を破ったチームと対戦できるようになったわけだ。たぶん監督も喜ぶよ」
「監督か・・・昭成の監督って、あの名将の淡路監督だよね」
刈田は、自身の高校野球知識のひとつを引っ張り出してそう聞いた。
「ああ、あの人は来ない来ない。新島に行くのは俺たち二軍だから」

そうか・・・さすが名門校だ。二軍なんてものがあるのか・・・刈田とって、それはまったく別次元の世界の話のように思えた。
「あ、失礼のないようにいっとくけどさ、別に新島の高校をナメてて二軍でも行かしときゃいいや、とかいう話じゃないからな。俺たち一年や二年に、適当に負けの経験をさせて強化していこう、ってのが目的だから」
間宮はそう言ったが、昭成の戦力は二軍でも相当のものだ。何せ「階級」は、全部で三軍まであるのだから。
たいていこういった遠征は、昭成チームが遠征先で暴れまわって(もちろん野球のルールの上で)帰っていくことが多いのだが・・・この時点では刈田がそれを知るはずもない。


そのあとも少しだけ話して、南条、刈田と昭成の面々はそれぞれの席へ戻っていった。


グラウンドでは試合がすでに始まっていた。
樟葉丘高校が早速1アウト一塁のチャンスを作って、三番打者が左打席に立っている。
そしてその打者は、内角の球を見事にレフトスタンドへはじき返した。樟葉丘高校が二点を先制。

その二点をはじめ、大阪の樟葉丘高校は効果的に点を重ねていく。
一方、山形の奥羽高校打線は、樟葉丘のエース間野の前に沈黙。

第三試合は、9−0で樟葉丘高校が勝利した。
ここでも「必殺諜報台帳」と双眼鏡を持って必死に試合を分析していた藤谷さんは、準決勝まで行けばこの高校とあたる可能性が一番高いでしょう、と言った。

こうして、第77回選抜高校野球大会の第一日目は幕を下ろした。
紫紺の優勝旗がどこかの手に渡るまであと12日。球児たちは己のすべてをこの聖地に賭けていく。

 

 

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