報道の波

 

_________________ 3月19日 宿舎_________________


まだほとんどの部員が床に臥している中、新月は部屋のふすまを開けロビーへ向かおうとしていた。おそらく大きく掲載されているはずの、新聞の高校野球記事を見るのがひとつの目的だ。
今の時刻は・・・5時26分。起床時間まではまだまだある。こんなに早く起きる必要はまったくないのだが、ついいつものペースで目が覚めてしまった。

今ロビーにおるんは、さすがに旅館の人だけやろなぁ・・・と、新月は悠々と歩いていたが、突然ある考えが浮かんで、その足を止めた。
まさか、あの人とあの人はここでも・・・・・・いや、そんなはずはない。ここは西宮市の旅館や。特にあの人は昨日完投してんから、疲れこけて寝とるはずや・・・しかし何度自分に言い聞かせても、新月の違和感は消え去ろうとしなかった。

新月は少し速度を上げて、ロビーへと続く階段を降りていった。
そして降りきった先には・・・「まさか」の二人、島田さんと土方さんがそれぞれ別の新聞を広げてソファに座っていた。


「おお、朝日はすごいぞ!「四回表 一番島田がライトスタンドへ先制弾」。打った瞬間の写真入りだ。それにひきかえ読売は・・・」
「・・・いや、読売も写真は載ってないけど・・・記事ではちゃんと触れてるぞ」
「当たり前じゃん。それぐらい。二打点だぜ、二打点。まったく啓ばっかりカッコよく写しやがって・・・」

島田さんがそう愚痴りたくなるのもうなずけるほど、精悍な土方さんの姿が紙面を広く占領していた。
「脅威の豪腕サウスポー」「躍動する長身 MAX147キロ」。両紙ともに土方さんのピッチングを絶賛している。

そんな紙面にひたすら顔をうずめている二人に向かって新月が、
「島田さん、土方さん、おはようございます!」
「・・・おはよう」
「おう、新月。旅先でも三番手か」
「・・・・・・うっ」
島田さんに痛いところを突かれ、新月はたじろいだが、
「・・・ところで、昨日の戦いはどんな感じで書かれてますか?」
「ああ。もう啓の記事だけ。以上」
「・・・ちゃんと教えろよ。読売に名前が出てるのは、俺と、昭と・・・逆転打の藤谷と・・・・・・ぐらいかな」

新月は露骨にうなだれた。まあ、特にこれと言った活躍はしていないけど・・・・・・
「・・・あとは、やたらと長州学院の投手二人のことが書かれてるな」
「まああいつら、マジですごかったからな・・・しゃあねえだろ」
島田さんが感慨をこめてそうつぶやいた。


西間健一と草分照之。
もちろん直接対戦したときにもこの二投手の球威には圧倒されていたが、昨夜反省のためにビデオを見たとき、部員たちは半ば信じられないと言った表情をしていた。
時速140キロを優に超え続ける西間のストレート。テレビ画面からでもそのキレと落差がひしひしと伝わってくる草分のシンカー。
よくこんなの打てたよなぁ・・・と、沈黙の中ある部員がため息とともにつぶやいた。

その言葉に対し監督は、「あん時のお前らには、限界をはるかに超えた力が宿っとったからな」と答えた。
特に、スタメンとして二投手と何回も対峙した選手たちは、その言葉に深くうなずいた。
もう一度試合をやって三点を取れる自信はあるかと聞かれて、素直にあると答える選手は誰もいない・・・いや、いたとしても一人だけだろう。



_________________ 3月20日 川端市_________________


川端市内のとある空き地。
日付はとうに変わり、ただいくつかの街灯のみが道を照らしている。
三月の、まだ冷え冷えとしている空気の中、十数人の少年たちが、これと言った目的もなくただ座っていた。いや、座ること自体が目的なのかもしれない。

一人の少年が、傍らに打ち捨てられていた新聞を手にした。もう片方の手は口の前にあり、手元には赤い火がともっている。
少年がしばらくその紙面を眺めていると、覆いかぶさるようにもう一人の少年が手元を覗き込んできた。
「土方、か」
「フカダさん?・・・知ってるんですか?」

すると、フカダ、と呼ばれた少年は声のトーンを落として、
「よく知っているよ。つい去年の夏ごろまで、オレらの仲間だったからな」
「そうなんですか」
「あるときふっと連絡が途絶えて・・・気づいたらバタ西野球部の大エース様だ」
フカダは、いまいましそうに、土方さんが三振を奪って左腕を天に掲げている写真を見やった。

「へえ。なかなかサクセスストーリーじゃないっすか」
その時突然、フカダの顔色がさっと変わり、新聞を取り上げて丸めた。
「ばかやろう。二度とここでそんな口を利くんじゃねぇぞ。・・・お前のために言っておく」
その声はいっそう小さくなっていたが、反比例してその語調は強くなっていた。
「・・・ど、どうして・・・?」
「もしハヤトの前でそういうことを言ったら・・・殺されるからな」
「ハヤトさん・・・?」
少年の困惑はますます深まった。ハヤト、というのは、この集団のいわばリーダー格の男だ。
いや、その勢力範囲はこの集団だけに収まらない。この近辺の、さらに言えば川端市全体の、こういう人間たちの頂点の中の一人でもある。そんな人がなぜ・・・?

「土方を俺らの仲間に引き入れたのがハヤトだ」
フカダがおもむろに、少年の困惑を解き始めた。
「土方は強かったからな。たちまち上にのし上がっていった。・・・それをうまく利用した末に、今のハヤトがあるわけだ。オレが知ってるのはそれだけだ。なんでハヤトがあそこまで土方を嫌っているかは知らん。まあ裏切りっちゃあ裏切りなんだが・・・・・・」
「この投手、そんなにワルだったんですか・・・」
「いや、確かによくケンカはしてたが・・・それ以外のことにはあまり関わっていなかったな。タバコすらやってなかったしな。ただ」

ここでフカダは言葉を選ぶかのように、いったん上を向いた。
「アイツが人を殴ってる時の目、あれはヤバかったな。・・・さっきの写真の目に、ちょっと似てるかもしれない」
少年は、いまやフカダの手中で小さくなっている写真を思い起こした。・・・確かにあの目は、限りなくまっすぐで、そして何か一つのものを射抜くかのような光を放っていた。
「とにかく、ハヤトの前では気をつけろよ。土方のいた時にな、よくこう言われていた」
フカダは、後ろの方に固まっている数人に視線を向けた。


「タイマンを張らせたら土方が最強、殺し合いをさせたらハヤトが最強ってな・・・・・・あいつは、「一線」を軽く踏み越していくやつだ。覚えとけ」


フカダの視線の先の中心にいた少年が、「ハヤト」だった。
それは一月のある日、川端西高校のブルペンに突如現れ、土方さんにナイフを向けた男だった。

フカダは新聞を握っていた手を緩め、空中につまみ上げると、ライターの火を下からかざした。


紙面は、土方さんの左ひじのあたりから徐々に穴を広げていき、


しばらくすると燃え尽きた。


_________________ 3月20日 宿舎_________________


「さあ、伝教学園のベンチからは、すべての部員が顔を出して声を上げています。カウント2ストライク1ボール。バッターの園神、追い込まれました」
マウンド上に、カメラの焦点が移る。いたって普通の体格の球児が、右手で帽子を下げながら、少し笑顔を見せつつ捕手のサインにうなずく。
紫色の帽子に、銀色の刺繍で「S」のイニシャル。ユニフォームの前面には、筆記体でつづられた「Shichijo」のロゴが入っている。

「これが最後の投球となるのでしょうか。ピッチャー振りかぶって第五球目を投げた・・・・・・バットが空を切りました!空振り三振!」
右腕から放たれた渾身のストレートがミットに心地よく収まった。画面上に、「143km/h」と白い文字が刻まれる。

この瞬間、京都代表七条高校の一回戦突破が決まった。


「・・・これが、大河内臥龍(おおこうち・がりょう)か」
「噂以上だな。これは」
「確実に、進化してますね」
「当たり前だろ、まだ一年生なんだから」
「俺と同い年か・・・嘘やろ・・・」
モニターに食いついていた川端西高校の野球部員は、しばしの陶酔のあと感想を漏らした。
秋の四国大会を制した愛媛代表伝教学園もこの、夏の優勝投手の敵ではなかった。

九回無失点、一死球、二被安打。
16奪三振。
最高球速は146km。
鋭く変化するフォーク、スライダー。そして何より、平気でボール気味の内角を責める度胸。

あの長州学院が、たびたびその名を口に出していたのも無理はない。


「これを倒さない限り、紫紺の旗は手に入り得ないわけですね・・・」
藤谷さんは、この試合を克明に記録したスコアブックを見つめながら、ため息混じりにつぶやいた。

 

 

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