鉄砲肩

 

__________________ 3月27日__________________


「おい!急げ!もうすぐ攻撃始まるぞ!」
一塁側の内野スタンドにいた高校生が、階段をのんびりと上っていた同級生に向かって叫んだ。
「うそっ!さっき始まったばっかりだろ?」
驚きつつも、一気に試合の状況が気になりだしたため、段を進む足の動きはがぜん早くなっていた。
「そうなんだよ・・・俺たちもちょっとびっくりしてるけどな。土方さんがあっという間にズバズバッ、と・・・」
「すげえな・・・それは・・・」
詳しく内容を聞かされなくても、一回戦、二回戦の土方さんの快投を鮮明に記憶している脳裏には、イキのいい球で樟葉丘高校の打者を翻弄した様子が容易に想像できる。
「つーことはさ、今日もやっぱ、楽勝じゃねーの?」
「今日も、って・・・一回戦は相当苦戦してただろ。忘れたのか?」
「あ、そうか。すっかり忘れてた。まあでも、あの人なら余裕でやってくれるだろ」

そしてこの男たちからフェンスを一枚越えた先のグラウンドでは、一回裏の川端西高校の攻撃が始まろうとしていた。
今日の試合の、両チームのオーダーを表記しておこう。


樟葉丘

打順 名前 守備
萱島
八幡
野江
間野
片桐
穴井
丹波
藤森
深草

川端西

打順 名前 守備
島田
藤谷
土方
角屋
南条
具志堅
中津川
刈田
新月 遊撃


先攻の樟葉丘高校。
四番にエースを据えた典型的な高校打線。この間野を大黒柱としたチーム、もう少し言えば打撃も守備もこの中心選手しだいのチームと、藤谷さんは樟葉丘高校の戦力構造を分析した。
バタ西の部員たちは皆、藤谷さんの観察眼には全幅の信頼を置いている。
もしかしたら、監督に対するそれ以上ではないかと言うほどに。

ただ一人、南条だけは、今回の分析に関して完全に納得してはいなかった。2日前に聞いた、津野の言葉がどうも耳に引っかかっているのだ。
「・・・樟葉丘には十分気をつけろよ」と、少し姿勢を落とした津野の表情の記憶と共に。

南条が気になっていることはもうひとつある。フライヤーズの元チームメイト、つまり南条と同じ一年生である穴井と片桐が、すでに5番、6番に座っている。
こう言っては少し失礼なのだが・・・私立でスポーツ推薦も取り入れている樟葉丘高校で、一年生がこういう重要な打順に座ることは、おそらくバタ西で南条が5、6番を張るのとは比べ物にならないぐらい困難なことだろうと思われる。
やはりそれ相応の実力を身につけてここに来ているということだろう。中学時代の二人の力を知っている南条は、「打線で本当に気をつけないといけないのは、四番のあとの二人ですよ」とはっきり言おうかとも考えたが・・・・・・こうなったらもう優勝しよう、と変に勢いづいている部員たちの前で、それを言い出す勇気は出せなかった。
そして違和感が拭い去れないまま・・・ズルズルと今日を迎えてしまった。


後攻のバタ西は、ある一点をのぞいて普段と同じ。そう、南条がクリーンアップに座ったのだ。
それを告げられたとき、代わりに七番に落とされた中津川さんは意外と平然としていた。少なくとも、南条よりはずっと。
確かに、最近の両者の調子を冷静に見れば、そういう対応もできるだろう。南条は一回戦で逆転の足がかりとなる一打を放った勢いで、二回戦も三安打一打点の活躍。一方中津川さんからは甲子園に来て以来安打が出ていない。二回戦ではいい当たりも何度かあったが、野手の正面をついたりとなかなかツイていない。
どうやら、こういう時は下位にまわした方が楽に打てるだろうと考え、角田監督はこの打順組み換えを決行したようだ。



「一回の表 川端西高校の攻撃は 一番 センター 島田君」

いつも通り、バタ西の攻撃はこの男から始まる。一塁側からの声援をすべて背負って、島田さんは左打席に入った。
ここまで二試合の成績は、9打数2安打。打率は二割二分二厘。・・・まあ打率はさておき、一本塁打二打点とチームへの貢献度は十分だ。
島田さんの場合、貢献するところは数字だけではない。たとえ三振しても、その振りは見ていて爽快だ。以降の打者は、「まあ、島田は仕方ないだろう」と呆れるだけで、決して諦めや落胆を感じることはない。時には相手投手を恐怖させることもある。そうやってチームを勢いづけて行くことこそが、「一番島田」の真骨頂なのである。

そしてこの場面でも、言うまでもなく島田さんは一発を狙っていた。

「プレイ!」

主審の高らかな宣言と共に、相手投手の間野は正面を向いてグラブを胸の前に構えた。
背の高さは普通ぐらい。180cmはないだろうか。
振りかぶりつつ左足を一歩引き、そして左ひざを体の真ん中辺りまで上げ、スリーウォーターから投げ込む。ごくごくオーソドックスなフォーム。
「シューーーーーーー・・・・・・」
初球、カウントを整えるための無難なストライクコース。島田さんにとっては、その場で勝利の雄たけびを上げたくなるほど甘い球だ。

「・・・っしゃ!!」
「カキーンッ!」

深く沈めたクラウチング打法から、抜群のスイングスピードで振りぬかれた金属バットが白球を捕らえる。
打球は大きい角度はつかなかったが、鋭く右中間に飛んでいく。
その行方を見た島田さんはホームランを諦め、全力で走塁した。

島田さんが一塁を回っても、樟葉丘の右翼手、片桐は依然追いつかない。が、打球を追う足は非常に速い。
島田さんが二塁を回るか回らないかのところで、片桐は外野の深い位置で捕球した。
セカンドベースが近づいても島田さんは滑り込まない。三塁ベースコーチについている山江さんが、ちぎれんばかりに手を回すのを見て、島田さんはためらうことなく二塁を回った。
だれもが島田さんの三塁ベース到達を確信していたその時、一塁側ベンチから一人の球児が猛烈な勢いで飛び出した。

「島田さーん!!止まって!!」

完全にベンチから顔を突き出して、南条は力の限りそう叫んだ。
しかしその声が、三塁へ向けて全力疾走している島田さんに届くはずはない。ベースコーチの山江さんもただ腕を回すばかりで、ベンチの方はまったく見ていない。南条はさらにあせって、声を張り上げ続ける。


右翼手の片桐は捕球したかと思うと、すばやくボールを右手に持ち、渾身の送球を三塁に放った。

南条の危惧が現実になった。

片桐の送球は、俊足の島田さんよりもさらに速いスピードで進み、三塁に焦点を合わせていた。
そして島田さんが三塁ベースへの滑り込みを始めたとき、白球は三塁手のグラブに気持ちよく収まった。
グラブが三塁ベースを、島田さんのスパイクから守る。

「・・・アウトッ!!」

まったく予想だにしない判定を聞いた島田さんは、混乱して辺りを見回した。
しばらくの間、自分の身に何が起こったか理解できなかったようだった。


信じがたい出来事を目の当たりにして呆然とする部員たちの中で、新月が、
「南条、お前、知ってたんか?」
「うん。あいつの肩は昔からものすごいから・・・」
「じゃあ、何で言わへんかったんや?」
新月は少し語気を荒げ南条に詰め寄った。しかし、
「そう言われても・・・さっきのみんなの調子じゃ、言ってもどうにもならないだろ」
これは正論だった。部員たちの全神経はグラウンドに向けられ、誰もベンチ内の声を聞く様子はなかった。こういうときでも大抵冷静な藤谷さんは、ベンチを出てネクストバッターズサークルにいた。
だから南条はベンチから身を乗り出して叫んだのだが・・・結果としてそれは無駄に終わってしまった。南条に非はない。新月も、それ以上問い詰めるのはやめにした。


少し騒ぎも落ち着いてきた中、二番打者の藤谷さんが右打席へと入る。
いつものように、バタ西の一番打者は早打ち。
本来一番打者がやるべき、球筋を確認するという仕事を、島田さんに期待することはできない。
それゆえその役割はいつも、藤谷さんが担っている。機動力の面でかなり劣っている藤谷さんがこの打順に入っているのは、そういう仕事をするためでもあるのだ。

間野がワインドアップモーションから第一球目を投げる。
「シューーーーーーー・・・・・・・・・バンッ」
コースは高く外れた。判定はボール。
ストレートはまあまあといったところだ。威力、スピード、キレ、どれにも劣っているところはないし、特に秀でているところもない。
この投手の白眉は・・・
「シューーーーーーー・・・・・・・ククッ」
ボールが藤谷さんの外へ逃げていく。
「・・・バンッ」
外角のスライダー。これも外れ、カウントは0−2。
違う。このボールじゃない。確かになかなか曲がりの大きいスライダーだが、真に恐れるべきは・・・

「シューーーーーーー・・・・・・・・・」
第三球目は内角へハーフスピードのボール。藤谷さんはこのボールのあまりの安直さに、思わずバットを出してしまった。

「・・・クイッ」

回転をかけられたボールが少しだけ浮き上がったあと、軌道を下向きに変える。その軌道上に、藤谷さんのバットはない。
「ストライーッ!」
・・・これだ。このカーブで、樟葉丘の間野はここまで勝ちあがってきた。
逃げると言うより、縦へ大きく落差を見せるカーブ。おそらくこの戦いでも、この球が間野のピッチングの中心として、バタ西打線を苦しめることになるだろう・・・



その後、藤谷さんはスライダーを引っ掛けさせられ、サードゴロに倒れた。
三番の土方さんは縦のカーブで三振を奪われ、この回川端西高校は三者凡退に抑えられた。

 

 

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