再会V

 

二回の表の守備へつくため、南条は三塁ベースへと向かう。
その進行方向の先に、懐かしい顔が見えた。南条が三塁へ到達する前に、その男は声をかけてきた。

「おーい!南条!」
「楠木!」

南条は軽く手を上げながら男に近づいていった。
楠木宏信(くすのき・ひろのぶ)。前日に、津野の口からも少しだけ話題に上げられていたが・・・この男も、南条の中学時代のチームメイトである。
「試合前に南条に声かける機会があればなぁ、と思ってたけど、なかなかないもんだな」
「そうだよな。なんかいろいろと忙しいもんな。それより楠木、さっきはファーストベースコーチやってなかったっけ?」
さっき、とは一回表のことを指す。南条の言うとおり、楠木は一塁側のベースコーチについていた。

「おう。さっき監督に頼んで変えてもらった。それでこうやって話ができるわけだ・・・って南条、ボール来てるぞ!」
「・・・えっ!?」
驚きが言葉になる前に、南条の体はひとりでに守備の体制をとっていた。
そして南条は無難にセカンドからの送球を捕り、ファーストへ向かって軽快に球を送った。

「おお、なかなか鋭い動きだな。やっぱり一年たつと、上達するもんだな」
「まあ、それなりにはね。・・・そういうお前もさ、また一段とでかくなったな」
先ほどから南条は、楠木を少し見上げるようにして話している。中学時代からすでに、卒業時点で181cmという驚異の身長を記録していたこの男だが、まだまだ成長は止まっていないようだ。
「いま、189あるんだ。あと一センチで190の大台だな。昔はちょっと嫌だったけど、最近じゃどこまで伸びるか楽しみになってきたぞ」
楠木は豪快に笑った。中学時代と変わらない、大きな体に似合った笑い方だ。南条はそれを見て、無性に嬉しくなった。
キャッチャーの藤谷さんが二塁へ送球し、受けたセカンドの刈田が二塁ベースへ空タッチ。
いよいよ、二回裏が始まる。




「キンッ」

1アウトのあと、左打席に入っていた五番打者の片桐が、センターへボールをはじき返した。そう悪くない当たりだが、島田さんの守備範囲内。島田さんは難なくボールをキャッチし、これで2アウト。
こう書けば何のこともないひとつのアウトカウントだったように見える。しかしこの片桐の打撃は、一部のバタ西選手にかすかな波紋を及ぼしていた。

「相変わらず片桐はいいなぁ・・・土方さんのフォークにいきなり合わせるなんて・・・」
そうつぶやいた南条の視線はホームベースをさしていたが、声は明らかに楠木に向けられていた。
「あいつのバットコントロールは、うちのチームでもトップクラスだからな・・・いや、トップかもしれない」
「ってことは、割とすんなりレギュラー入りしたのか?片桐は」
「そうだな。誰からも不満はなかった。五番っていう打順に対してもな」
当の片桐は、少し首をかしげながらベンチへ戻っていた。

「そういえばさ、今の楠木のポジションってどこだ?背番号は13になってるけど」
「俺か。俺はいまでもピッチャーやってるよ。まあ三番手ぐらいか・・・もしかしたら二番手かもしれない」
「へぇ。すごいな」
「ま、でも、間野さんが要る限り、今日も俺の出る幕はないだろうな」
「それはどうかな?」
南条は意味深長な表情を向けた。
もしかしたら、俺たちが間野さんをマウンドから引きずりおろすことになるかもよ、と言う思いを込めて。

「穴井!しっかり振れやっ!」
楠木はそれには答えず、打席に入ろうとしている六番打者の穴井にゲキを飛ばした。
その語尾には関西弁が現れていた。南条と話していたときには、その影はまったく見られなかったが。やはり一年も暮らせば、少しづつでも土地に影響されているのだろう。

もう一人、片桐のバッティングに驚いていたのは捕手の藤谷さんだった。
内角の直球、外角高めのハーフボールと置いたあとの三球目のフォーク。裏をかいた、と言うほどタイミングを崩すことはできなかったが、それでも確かに片桐のバットは、ボールの軌道の上を通るはずだった。
だが、いつの間にかボールは捕らえられていた。スイング中に軌道を修正したのだろうか・・・?
一瞬浮かんだその考えを、藤谷さんはあわてて振り捨てた。そんな至芸が、高校生、それも一年生にできるはずはない。
しかし藤谷さんは頭の中の戦力表にひとつ大きくチェックをつけ、指を二本立てつつキャッチャーボックスに戻った。


「六番 レフト 穴井君」

体格のいい一年生が、右打席にゆったりと入ってくる。身長は、おそらく180cm前後。横幅は並以上にある。しかしそれらよりもっと目をひきつけるのは、その腕の太さだった。一本の丸太を思わせるような二の腕。

「ブォンッ!」

穴井が素振りをすると、打席内に風が巻き起こった。
藤谷さんは、立てていた戦略が少しずつ崩れていくのを感じた。当初、打線の山だと考えていた間野よりも、片桐のスイングスピードの方が速かった。それに増してこの穴井のスイングは豪快だ。
土方さんに第一球目のサインを出す・・・いきなり勝負するのは、少し怖い。外角にストレートを外すよう要求する。
「シャァァーー・・・・・・・・ドンッ!」
予定通り、まずは1ボール。打者も反応を見せない。
二球目は普通にストライクを要求する。
それを確認し、土方さんはモーションに入った。ゆっくりと足を上げ、あまり状態を沈めずに投げ込む。

「シャァァーー・・・・・」
「カキンッ」

穴井は少し低めの球を引っ張った。だが芯には当たっていない。少し詰まり気味か。
レフトの中津川さんもそう判断して、少し前進し始めた。
しかし、打球は予想外に伸びた。
中津川さんは途中であわててそれに気づいて、定位置に戻っていった。
そして結局フライを捕球したのは、レフトの定位置より少し後ろの地点だった。


「風にうまいこと乗ったのかな。よく飛んだよな」
南条はそうつぶやきながら、守備を離れベンチへ帰ろうとしていた。
「いや、違う」と、楠木が南条の前に出て言った。
「風はほとんどない。あれは・・・あいつのパワーで持っていたんだ」
「うそ?今のは詰まってたように見えたけど・・・」
「普通の打者なら、嘘だな。だが・・・お前も十分、穴井の力は知ってるだろ」
そういわれると、南条は疑問を引っ込めないわけにはいかなかった。確かに、フライヤーズの四番を勤めていた穴井のパワーは、中学球界において、頭二つ分ぐらいは突出していた。

「まあでも、普通の投手が相手なら、今のでも外野の頭を越してただろうな。スタンドインは無理だろうけど」
楠木は、恐ろしいセリフをさらっと言ってのけた。
それが全くの冗談ではないという事実が、一段と南条の恐怖を引き立てた。



二回裏開始前の一塁側ベンチ。

角田監督が、先ほど間野とじっくり対戦した藤谷さんと土方さんに、「どや?あのピッチャーの球筋は。いけそうか?」と聞いた。
「うーん・・・さすが、って感じでしたね。激戦区大阪を勝ち抜いて、ここまで来ただけはあります」
「・・・そうだな。カーブがよく切れてたしな」

なんとなく沈んだ口調でそう報告する二人の後ろから、
「西間とか草分よりも、きつそうか?」
と言ったのは、バットを準備している次打者の角屋さんだった。
「西間、草分・・・よりは、まだ打ちやすいと思います」
「だろ?俺も外からしか見てないが、そう思った。だったら心配しなくていい。一戦目以上に打てるってことだからな」
「単純に考えれば、そうですけどね・・・」
「なんだよ。序盤からそんな顔するなよ」

角屋さんは藤谷さんの頭をコツンと叩いた。
「痛っ・・・」
「お前の洞察力は確かにすごいけどな、洞察しすぎてネガティブになるのは困るな。もうちょい自信もって行こうぜ。俺たちだって今の時点でもう、今年のセンバツのベスト8なんだ」
「そう・・・ですね」
藤谷さんは、まだ歯切れは悪いながらも角屋さんに同意した。
「ま、今から俺が打ってくるから、そこで打てたら後のやつらもどんどん塁に出られるだろ。最近、南条も具志堅も絶好調だしな・・・と、ベンチのみんなにも伝えておいてくれ」

それじゃ、行ってくる、とバットを縦に一度回して、角屋さんは右バッターボックスへと向かった。


果たして、二回裏は角屋さんの言うとおりの展開となった。

まず先頭の角屋さんが、間野の内角のストレートを鮮やかにレフト前へはじき返した。スライダー、カーブを外角に集めた後の会心のストレートだったが・・・狙いをつけている限り、内角打ちを身上とする角屋さんが安打を放つのは容易なことだった。

その後、南条がセンター前ヒットで続いた。

具志堅は粘って選んで四球。

そして満塁で、近頃調子の上がらない七番の中津川さんに回ったが、きっちりと犠牲フライを決めて一点を先制。

刈田はセンターに抜けそうなところでセカンドゴロに打ち取られたが、バウンドが高かったので進塁打となり、ランナーは一塁、三塁。

そして九番の新月が、去年末から取り組んでいる左打ちでタイムリーを放ち、二点目を奪った。
新月は甲子園でのヒットをすべて左打席から放っている。
スライダー対処の苦肉の策として始められた両打ち転向。最初は戸惑ったが、横浜ポートスターズの竜京司による指導などを経て、ここまでに至っている。よっぽど自分のスタイルとして合っていたのだろう。人生、どこで力が引き出されるかわからない。

さて、こうして2アウトから打順は一番の島田さんに戻ったのだが・・・

・・・とにかく、二回の裏川端西高校は樟葉丘高校から二点のリードを奪った。
角屋さんをはじめ、やはり高校球界屈指の二投手から得点をもぎ取り勝利した一回戦は、部員たちに計り知れない自信を与えているように見えた。皆、スイングにほとんど迷いが見られない。

ここからしばらく、試合はバタ西ペースで進行していくこととなる。

 

 

第四章メニューに戻る

小説メニューに戻る

ホームに戻る

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送