桜の下

 

 校舎の窓に沿って、果てしなく横に長い紙が貼り付けられていた。周辺には川端西高校の新二年生たちがひしめき合っている。自分の名前を、友達の名前を、人によってはあまり気の合わない人物の名前を探すために、生徒たちは首を押さえつつ、必死に紙面をなぞっている。

「うぉっ!よっしゃっ!」

「マジかよー、最悪ー」

 口々に叫ぶ生徒たち。これから一年の高校生活を決めかねないこの通知に対して、悲喜こもごもな反応が飛び交う。

 感情渦巻く群集に飲み込まれそうになりながらも、南条は何とか自分のクラスを確認しようと、直立の姿勢を保っていた。もっとも、普段から野球部で体を鍛えているため、それは難しいことではなかったが。

 南条の現在の身長は178cm。背伸びをしなくても、群衆の中から十分に紙面を見ることが出来る。だが、なかなか名前は見つからない。

 ここ、川端西高校の一学年は、七つのクラスから構成されている。南条は、二年七組から名前を順に追っていた。変則的な作戦だ。しかしそれは裏目に出てしまった。

 二年一組、か……

 それだけ確認すると南条は、生徒の塊からの脱出を始めた。同じクラスに誰がいるか、などということは確認しない。どの道あとで分かることだし、この人波の中でこれ以上立ち尽くすのは体力の無駄だ。

 脱出まであと一歩、というところで、南条は非常に聞き覚えのある声を耳にした。

「おおっ、南条も同じクラスやんけ!」

 思わず振り向くと、偶然同じタイミングで声の主と目が合ってしまった。

「おう。また一緒やなぁ。ふふふ……」

 野球部のチームメイト新月は、なぜか含み笑いをもらした。

 今年もまた、休み時間にゆっくり寝られないだろうな……

 南条は少し力なく、よろしくな、と新月に向かって軽く手をかざした。

 

 二人は新しい教室への歩みを進めながら話していた。

「刈田は五組で、具志堅は六組、だったよな?」

 南条は特に意味もなくそう聞いてみたが、それは軽く流されてしまった。

「確かそやったと思うけど、そんなんはどうでもええねん」

「えっ?」

「クラス替えの真髄は「出会い」や。それ以外には何の意味もないな。同じクラスになる、っちゅうことは、それだけ機会も増えるちゅうことやからな。ま、でも、肝心の素材がちゃんと揃ってなかったら、機会があってもどうにもならんねやけど」

 あまりにも省略が多い新月の言葉だったが、南条にはその真意が十分に伝わっていた。要するに、

「新月の頭には女子のことしかないのか……?」

「おいおい、何言うてますねんや」

 いっそう軽い口調になって、新月は南条の肩をたたいた。

「俺らは高校二年生、青春真っ盛りの時期やぞ。お前だって、ちょっとは気になっとるんやろ?え?」

「……うーん。そんなに興味はないかな」

 南条のあまりにそっけない回答に、新月は少し戸惑ってから口を開いた。

「……普通のやつがそういうこと言うたら、真っ先にツッコむとこやねんけど……お前だけはほんっっまに興味なさそうやもんな」

「だけ、って……」

「女に限らず、ジョーは何に対しても無欲、っちゅうかやる気がない、っちゅうかとにかく、なんかぼんやりした感じやからなぁ」

「悪かったな。ボケッとしてて」

「まあ逆に言えば、そんだけ感覚が鈍いから大舞台に強いんやろけどな、お前は」

 なかなかひどい言われようだったが、南条もそれは自覚している。

 そうしているうちに、二人は二年一組の入り口に到着した。

「さ、いよいよ運命の瞬間や。朝の占いで、恋愛運はばっちり、言うとったからな。よーし……」

 新月はドアを勢いよく開け、教室内に飛び込んでいった。

 

 

 新クラスの初日と言うことで、自己紹介が行われた。

 あれだけ意気揚々としていた新月だったのに、なぜか自己紹介は気のないものだった。名前とクラブと出身地、そして一年間よろしく、とだけ残して簡潔に終了。

 南条も、ほぼ同じようなものだった。ただこの男の場合は、これがいつも通りの振る舞いだ。いつも何かと騒がしい新月と違って、南条はクラス内ではそう目立たない存在だった。唯一、体育の授業では時々大活躍を見せることもあったが。

 それなりにクラスに溶け込んではいたので不満はなかったし、二年生でもそういうスタイルを貫くつもりだ。

 それよりも、新月の様子が気になる。机に突っ伏して、そのまま起き上がる様子もない。

 南条は珍しく、自分から新月のもとに向かって、新月の背中を二、三度つついてみた。だが、反応はない。

「新月、どうした?」

「……ちきしょう……ジョニーに騙された」

 新月の頭と机の間から、うめき声がかすかに聞こえた。

「ジョニー?」

「そうか。お前はテレビとか見いひんかったな……ジョニーは「おはようアワード」の占い師や。「いて座のあなた、今日の恋愛運は最高です。運命的な出会いがあなたを待っているでしょう!」とかほざいとったのに……全っ然、かわいい子おらへんやん!」

「し、新月、声がでかい……」

 徐々に、新月の顔は机から離れていっている。今後の立場を思いやって、南条は少し焦り気味に新月をなだめた。

「そんなこと言うても、ほんまのことやから、しゃあないやん……」

「新月君……?」

 突然、新月の背後で女子が名前を呼んだ。新月は、驚くほどの速さでその呼びかけに振り向いた。その先には、二人の女子が連れ立っていて、新月を呼んだのは少し背の小さいほうのようだった。

「ん?なんや?」

「確か野球部って言ってたけど……甲子園に出てなかった?」

 その言葉が、一気に新月の目へ光を与えた。

「お、おう。出とったで。9番ショートで」

「やっぱり!すごかったな、テレビに映って」

「そうそう。ウチ、あんまり野球のこと良く分からんけど、どっかで活躍してたよね?」

 二人の女子が活気付くのに伴って、新月もいつもの表情へ戻っていった。

「どっか?おーい、ちゃんと見とかなあかんやんか。ヒットも打ったし盗塁もしたし、もう大活躍やったで。そやな、南条?」

「え、うん。大活躍って、ほどでもなかったけど……」

「南条……って、確か南条君もテレビに映ってたよね?すごーい。有名人二人と同じクラスじゃん」

 いまどきそういう反応?と南条は冷静に訝しがっていたが、新月は興奮してなおも言葉を続ける。

「そやで。こいつもな、まあ俺には及ばんにしても、ようがんばっとったわ」

「えーと、南条君はどこ守ってたんだっけ?あの、ピッチャーの右のほうの……」

「サードだって、サード。それぐらい常識じゃん?」

「うっさい。普段野球見てないんだからしゃあないっしょ?」

 背の高い方の女子は、軽く怒って見せながらも笑い声を立てた。

「そうそう。なかなか詳しいやん。基本的にはサードやけど、南条はピッチャーもやっとったからな。なかなかお疲れやったで」

 前に嘆いていたことなどすっかり忘れ、上機嫌になっていた新月だったが、対照的に女子たちはきょとんとした顔を見せた。

「ピッチャーって、投げる人だよね?」

「おー。ミキもそれぐらいはわかってるんだ」

「いくらウチでもね。で、南条ってさ、投げてたっけ?」

「そういえば……」

 本当に二人は、全く知らない様子だった。なんとなく嫌な予感がした新月は、

「いやいや、二回戦で途中から投げとったやん。最初ちょっと打たれよったけど、そのあとはきっちり抑えとったんやけど」

「そうだったかな……あっ!」

 背の低い方の女子が、急に何かを思い出したようだ。

「あれじゃん、バタ西のピッチャーってさ、でっかい人じゃなかった?」

「そう、それ!土方さんが投げてたんだ」

「……ミキ、何でサードを知らないのに、そこは知ってるわけ?」

「いや、だってさ、あの人マジでかっこよくない?」

「あ、それでかぁ。全く、そんなことばっかりには頭が回るんだから。でも、確かにかっこよかったよね」

「でしょー?ちょっとヤバイ系な雰囲気だったけど。ねえ、新月?」

 置いてきぼりを食らいながらも、なんとか盛り上がりに加わるタイミングを見計らっていた新月が、再び会話の中に引き戻された。

「土方さんってさぁ、どこで練習してんの?」

「どこって、そら野球部やからグラウンドで……あ、そういえば、あんまり土方さんはグラウンドにおらんねやったわ。ピッチャーやからな。その辺は南条のほうが詳しいんとちゃう?」

 久しぶりに、蚊帳の外にのけられていた南条に三人の視線が集まった。

「うん。だいたい外走ったり、ブルペンで投げてたり、体育館でシャドーピッチングやってたり……まあ俺も、いっつも一緒に練習してるわけじゃないから……」

「なんだぁ。まあ、ありがと。これで、近づけるチャンスが出来たし。あ、南条、投げてたこと忘れててごめんね。ウチら、記憶力悪いから」

 完全に「ついで」という感じで、背の高い方の女子が南条に謝った。

「ウチら、ってミキと一緒にしないでよ」

「えー?あんたも似たようなもんでしょー?」

「だいたいあんたなんか、土方さんの眼中に入んないって」

「はぁ?お前に言われたくないし」

「冗談だって。そんなに怒んないでよ。まあ、せいぜいがんばって」

 そして女子二人は、少し耳障りのする声で笑った。新月もこなれた茶々を入れながら、二人と共に笑った。

 南条も遅れ気味に、何とか三人と声を合わせた。

 

 嵐は去り、すっかり調子を持ち直した新月と、何か考え込んでいる様子の南条が後に残された。

「なあ、南条」

「ん?」

「なかなか、一組ライフも楽しくなりそうな感じやな?」

「……おめでたいやつだよ、お前は……」

 ため息をつきながらも、南条は少し救われた心地がしていた。

 

 

 

 グラウンドへと続く道沿いにも、桜は見事に咲き誇っていた。今日は風が少し強い。桜吹雪、というほどではなかったが、それでも舞い散っていく花びらは、歩き慣れたいつもの道を華やかに彩っている。

 南条は一人、のんびりとグラウンドへ向かっていた。新月は、チャイムがなると同時になりふり構わず俊足を飛ばしていった。

 あいつにはまず追いつけないだろうし、追いつく必要もない。そういえば今日、監督が重大発表をする、と言っていた。新一年生の仮入部期間はあさってからだし、いったい何があるのだろう?

 まあ、それもどうせあとで分かることだ。南条は考えを打ち切り、再び周りの情景に目に意識を向けた。

 すると行く手に、辺りを見回しながら立ち尽くしている、一人の女生徒が見えた。顔はよく見えない。制服や革靴は、おそらく新品、ということは新入生なのだろう。間違って、この道に迷い込んでしまったのだろうか?

 とりあえず南条は、女生徒に声をかけてみることにした。

「あのー、どうしたの?」

 南条が言葉を発すると、女生徒はかすかにだが体を跳ね上がらせた。

 たいていの新入生には、必要以上に上級生の姿が怖く見えるものだ。特に南条は背もそれなりにあるし、体格もまあまあ良い。

 おどかしてしまったか……?

 南条は軽く後悔し、できるだけ顔をほころばせるよう務めた。

 だが、心配は無用だった。女生徒はすぐに平静を取り戻し、南条のほうに向き直った。そして少し間をおいて、

「野球部の、南条さん、ですよね?」

 全体的には真っ直ぐだが、肩の辺りで少し外にはねている黒髪。やや細めの眉と、通った鼻筋。その土台は、抜けるように白いが、決して生気を失っていない肌で構成されている。小さめの眼鏡からはみ出しそうなほど、大きく強い光をたたえた目で見上げられると、さすがの南条も少したじろいでしまった。

「あ、うん。そうだけど。詳しいね」

「……かばんに、書いてありますから」

 二人の視線が、南条が左肩に吊り下げているバッグの側面に集まった。「川端西高校野球部 南条」と、白い糸での刺繍。

 かなり動揺している。南条はできるだけおどけた声で、

「そっか、それはわかって当たり前だよね。ごめん」

「いえ。それに、この前……いえ、なんでもないです」

 この前?今まで会ったことは一度もないはずだけど……?

 南条が疑問を解こうとする前に、女生徒が言葉を続ける。

「あの、角田監督にお会いしたいんですけど、どこに行けばいいですか?」

「監督は、たぶんベンチにいるはずだけど」

「そうですか。ありがとうございます」

 その時、風が舞った。周りの木々から花びらが放れ、女生徒の黒髪と共に春の大気になびく。

「あ、そうだ。俺も今からグラウンドに行くところだから、案内するよ」

 我ながらナイスな考えだ、と南条は当然の提案を心の中でほめたが、女生徒はまたもや体をこわばらせてしまった。

「……いえ、あの、いいです。ありがとうございました」

 そして女生徒は、グラウンドの方へと走っていった。去り際に、ほんのかすかな笑みを残して。

 

 すっごい、感じ悪く見えたんだろうな、俺……

 南条はとぼとぼと、小道を歩いていった。

 それにしても、あの子はなぜ監督に会いに行ったのだろうか。南条はなぜか、すぐに答えを探し出せなかった。

 考えていると、ある予定がもう一度よみがえってきた。監督が、今日重大発表をする……

 ここで南条の思考が、音を立てんばかりに鋭くつながった。

 まさか、新入部員?しかも女の子!?

 いや、全く有り得ないことではない。今の高校野球のルールでは、女性選手が出場することは禁じられている。しかし、確実に改正の動きを求める声も増えてきている。

 それに、あの監督なら、そんなこともやりかねない。

 南条の沈んだ気持ちは、少し晴れた。もし本当にそれが実現したら、かなり楽しいことになりそうだ。具体的に、何が楽しいのかはよく分からないけど。

 

 ……普段物事を深く考えない男が、変に頭を働かしてしまった末に、とんでもない勘違いが生じてしまった。

 南条の場合、それを有害なものに変えることは……たぶんないのだが。

 

 

 キャプテンの角屋さんが集合をかけた。全員でランニング、という雰囲気ではない。いよいよ監督の「重大発表」がなされるのだろう。

 部員は皆、期待に胸を膨らませたり、おびえを抱いたりしていた。しかし今、心の揺れが一番大きいのは南条であることは間違いなかった。

 しばらくざわめいていたが、いつものように角田監督がゆったりとベンチから姿を現すと、部員たちは静まった。

 監督の髪には、どんどん白いものが混じってきている。年齢はまだ四十台の中盤だそうだが……しかし体力のほうはまだまだ健在で、なぜかその機会は少ないが、はつらつとノックを繰り出す光景も見られる。

 そして監督は、張りのある声を発し始めた。

「前にも言うたけど、今日はみんなに二つ重大発表がある。いや、一つが重大で、あと一つはそうでもない、かもしれんな」

 部員はつばを飲んだ。たいてい、監督のこうした発表は、かなり意表をついたものであることが多い。

「角屋、まだか?……よし、これやこれや。すまんな。一つ目の重大発表はこれ。新しいユニフォームや」

 監督は、まっさらなユニフォームの前面を部員たちに向ける。部員たちから、「おおー」と感嘆の声が上がった。

 今までのユニフォームは、胸に「川端西」とかかれたごく普通のユニフォーム。伝統はあるらしいのだが、どうにもパッとしないものだった。

 代わって新ユニフォームの胸の部分には、「KAWABATA WEST」とチーム名がアルファベットで表記されている。そして生地にはストライプも加わり、かなり洗練されたデザインとなった。

「あ、帽子とかヘルメットは今まで通りな。あっちも「KW」で英語表示されとるから、別に違和感はないやろ?」

「監督、やっぱりこれは、新たに出た予算から作ったんですか?」

 バタ西のブレーンで正捕手の藤谷さんが、監督に尋ねた。真っ先にそういうことが気になるところは、藤谷さんらしいというか何と言うか。

「いや、これはワシの自費や。お前ら甲子園でようがんばったからな」

「自費ですか!」

 藤谷さんだけでなく、他の部員も様々な驚きの声を上げた。

 いつも思うのだが、監督のこうした「ごほうび」はどこから出てきているのだろうか。やはり招かれた監督と言うことで、特別に手当てが出ているのだろうか。公立の予算の中から、果たしてそのようなことが出来るのだろうか……?

 驚きが冷めやらぬまま、監督は次の発表に移った。

「まあそういうわけで、これが一つ。もう一つは……ま、これにくらべたら、そんなに大きなことではないけどな」

 監督はぼそっと付け足して、ベンチの方へ体を向けた。

「おーい!もう出てきてもええで!」

 その呼びかけにこたえて、ベンチの中から現れたのは……

「あっ!」

「ど、どうした、南条?」

 一人だけ異常に早い反応を見せた南条に、隣に座っていた新月の注目が移った。

「あの子、さっきグラウンドの外にいた……」

 しかし南条が説明を始めるころには、新月の目はそちらになかった。

 黒いジャージと白を基調としたジャンパーを身にまとった少女が、部員たちの方に近づくにつれて、歓声は大きくなっていった。その音量は、新ユニフォーム披露のときのものをすぐに越えてしまった。

「おいおい、お前らなぁ……」

「監督!ついにバタ西にも、女子マネージャー誕生ですかっ!?」 

 あきれ返る監督に対して、満面の笑顔をたたえた島田さんが、皆の気持ちを代弁した。

「そうや。おい、ちょっと静かにせぇ!嬉しいのは分かるけれども……」

 監督の指示は、何の意味もなさなかった。

 皆、口々に喜びを表している。特に新月は、立ち上がって手をたたき、南条に話しかけていた。

「おい、ジョニーも捨てたもんやないな!大当たりやで、これは!めちゃめちゃええやないっすか!」

「新月、ちょっと興奮しすぎ……」

「あのなんつーか、清楚な感じがたまりませんなぁ。こう、眼鏡がちょうどええ感じのアクセントになってて……」

「静かにしろっ!」

 部員たちの興奮を打ち割る声を響かせたのは、角屋さんだった。

「喜ぶのは良いが、場をわきまえろ!すまんな、水本さん。ウチのやつらはバカばっかしで……」

 角屋さんは、ひどく神経を逆立てながらも、慎重に言葉を選んだ。

 しかし水本さん、と呼ばれた少女は、特に感慨も込めずに言った。

「いえ。大丈夫です。むしろこれだけ歓迎されて嬉しいぐらいです」

「そうか。本当にすまんな。全く先が思いやられる……おい、注目だ!」

 さすがに部員たちも、キャプテン角屋さんの指示に素早く従った。

「じゃ、水本さん、自己紹介をどうぞ」

「はい」

 少女は改めて、一番皆から見えやすい位置に向かった。

 

 そして、落ち着きながらも十分に通る声で話を始めた。

「高校一年の水本沙織(みずもと・さおり)です。マネジャーとしてこれから、皆さんのお手伝いをさせていただきたいと思います。プロ野球は好きでよく見るのですが、高校野球はあまり詳しくないので、また皆さんに教えていただけたら嬉しいです」

 最後の言葉に反応しようとした島田さんを、キャプテンは鋭くにらみつけた。島田さんは珍しく、おとなしく身を引いた。

「まあそういうわけで、な。発表は以上や」

「水本さん、よろしくお願いします」

 角屋さんが、部員たちを代表してそう言った。

「はい。よろしくお願いします」

 沙織は、角屋さん、そして部員たちに向かって笑顔で答えた。

 ただ、その笑顔を、南条だけは少し不思議に思っていた。

 さっき、グラウンドの外で見たものよりも分かりやすい表情。でも、何か違う。そう、なんというか……なんとなく冷たい、営業スマイル、といった感じなのだ。

 桜の下で見るのと、広いグラウンドの中で見るのとでは、やはり温度差を感じるのだろうか。

 南条はそう結論付けて、監督が話す今後の練習内容に耳を傾けた。

 

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