追走

 

 何気なく視線を落とすと、角田監督は左手にびっしりと浮かんだ汗に気づいた。無意識のうちに、強い力で手を握り締めていたらしい。

 なんぼ長いこと野球に関わったつもりでも、緊張するときはみな一緒やな、と監督はひざのあたりで水分をぬぐいながら軽く苦笑した。

 つい先ほど、喉から手が出るほどほしかった先取点をもぎ取ることができた。それでもきっ抗した試合であることに変わりはない。

 この六回の裏からバタ西は、追うものから追われるものへと立場を変える。選手たちは、これまで以上の重圧を一身に受けることになるだろう。

 こいつらを、少しでも手助けする方法をないものか。

 角田監督はそれを模索するために口を開いた。

「マネージャー、ちょっと聞きたいことがあるねんけど。今いけるか」

「あ、はい」

 スコアブックを整理していたマネージャー、水本沙織は静かに応じて、ベンチの真ん中に座る監督の方に歩み寄った。

「そうやな、ここまでの南条の投球はどんな感じで進んどるか、必要最低限の情報だけ教えてくれ」

「えーと……はい……」

 まだ試合途中なので全体としてのデータはまとめていない。それでも沙織は、抜群の暗算力――あの藤谷さんさえも驚いていたそうだ――で多くの数字を合計し、五回裏までのの各成績をはじき出した。

「打者20人。被安打2。与四球4。投球数は84です」

「84……?ほんまか?」

「……ええ。念のため、一度検算しておきました」

 検算、つまりもう一度計算し直したということだ。わずかに気分を損ねたような語調で、沙織はそう答えた。

「ああ。それやったら間違いないな。84か……まだ五回しか投げとらんのに、そらちょっと多いで」

「このペースで完投すると、151.2球を投げることになりますね」

「…….2って、あのな……」

 正確無比な沙織の回答を受けて、監督は少し肩をすくめた。

「……まあその通りなんやけど。なんにせよ、ちょっと苦しいペースではあるわな。しかもその151球って言うのもこのまま陽陵打線がおとなしゅうしててくれたら、の話やからな……」

 もちろん、そんなはずはない。嫌な予測ではあるが、相手の力量からしてそう考えざるを得ない。

 眉間にしわを寄せながら、監督は振り返って肩越しに二人の選手を見た。背番号10の右腕、八重村と、背番号11の左腕、柴島。ともに控え投手としてベンチ入りしている選手だ。

 当初考えていたよりも早く、この二人を登板させなければならないかもしれない。しかし球数が多いとはいえ、南条の調子は非常に良好だ。この流れを下手にくじいてしまうと、逆に悪い結果をもたらしてしまう危険性もある。

 タイミングが難しいところやな、と監督は自分しかこなせない難題をひとつ見つけ、気を引き締め直した。

「ところで」

 スコアブックを再び戻しかけた沙織を制止するかのように、監督は切り出した。

「スピードは最高でどんくらい出とる?多分130の中ぐらいやと思うねんけど」

 沙織は無言で前のページを参照していった。普通の記録員は、球速の数値をあまりつけないものだが、沙織は藤谷さんからの要請でこの難しい仕事をこなしている。

 最高球速という数字も、当然ながら現時点ではまだまとめていない。ただ、沙織の中である程度見当がついていたので、すぐに数字を洗い出すことができた。

「ありました。四回の裏、2アウト一、二塁から七番林に投げた第三球目。135キロです」

「ほう。かなりええ感じで出とるな」

「ピンチのときに最高が出せたということは、たぶん調子がいいってことですよね」

 珍しく、沙織は個人的な感想を交えた。

 しばし黙考してから、監督はもう一つたずねた。

「で、ついでと言うたら悪いんやけど、引出のほうはどや?」

 沙織はまた、すばやくページをめくり始めたが、突然顔を上げてその手を止めた。

「ん?どうした?」

「いえ、もう試合が始まります」

 そう告げた沙織の視線の先では、すでにマウンド上の南条が投球練習を終え、陽陵学園三番打者の本庄が左打席で神主打法を取っていた。

 審判が六回裏の開始を宣告すると、南条はサインを確認し始めた。

「ああ、ほんまやな。まあええわ、適当に覚えてる範囲で教えてくれ」

「はい。そうですね……」

 右手にスピードガン、左手にスコアブックという完全装備でグラウンドを見据えながら、沙織は記憶を探っていった。

「たぶん、一回表に136キロが出てたと思うんですけど」

 マウンド上、南条が投げた初球はストライク。そのカウントを記しながら、沙織は答えた。

「そんなもんか。もっと出とるように見えてんけどな。まあ、そのうち上がってくるやろけど」

「そうですね。確か、二回、三回は低めで移行していて、四回あたりから徐々にスピードが戻ってきているはずです」

 それを聞いて、監督は息を呑んだ。

「……あのピッチャー、完投ペースを保つ気やな」

 完投ペース、とは主にプロの先発投手が用いる投球術のことだ。

 初回には、自分の体を実戦感覚に持っていき、相手に警戒を抱かせるため、少し飛ばし気味に投げる。そのペースでは9回まで持たないので、2回からは力を抑えていく。そして相手の目が慣れてきた中盤あたりから、再びペースを上げ、相手を寄せ付けずに完投勝利を収める。

 口で言うのは簡単だが、そうやってペースを制御するにはかなりの鍛錬が必要だし、まず六、七割の力でも相手を抑える球威がない限り痛い目を見るだけだ。

「どちらにせよ、相変わらず投手戦が続くことは間違いないやろな」

 監督は軽いため息とともにつぶやいたが、沙織は何の反応も見せなかった。すでに彼女は、神経を研ぎ澄まして記録モードに入っているのだ。

 監督もまた、しばらく口を閉じてグラウンドを見守ることにした。

 南条は低めに外れた二球目を見送られ、カウントを1−1としていた。

 ゆったり振りかぶって投げた第三球目。

 高目いっぱいへのストレート。ベンチから見ていても、球威、コースともにしっかり決まっていることが伺えた。

 だが、打者の本庄は立てて構えていたバットを難なく合わせに行った。

「カキンッ!」

 しなやかな軌道がボールを捕らえた。

 打球は左中間深めへと放物線を描いた。左打者の本庄からすると、いわゆる逆方向にあたるコース。

 本庄は快速を飛ばして一塁を蹴り、二塁に到達。

 そのままベースを蹴って少し走ったところで、レフトの中津川さんが的確に打球を処理したのを確認すると、本庄はすばやく身を返して二塁に戻った。

 ノーアウト、ランナー二塁。早くも同点のランナーが出塁。二塁ベース上の本庄は、特に喜びも現さず黙々とバッティンググローブを脱ぎ始めた。

 

 

 「大丈夫です!球自体はいい感じです!」

 キャッチャーの藤谷さんはそう叫んで、腑に落ちない表情で足元の土を掘っているマウンド上の南条を励ました。

 決して慰みだけから言ったのではない。

 先ほどの投球は、間違いなく藤谷さんの要求した外角高めのコースに向かって走っていた。ボールはそのまま、本庄の体から遠い、非常に打ちにくいところへと決まるはずだった。

 にもかかわらず、本庄はやすやすと白球を外野へ運んだ。最初から外角高めに狙いをつけていたのだろうか。とにかくあれを打たれては、バッテリーとしてはどうしようもない。

 南条は今の被安打をいったん忘れて投球すべきだし、キャッチャーの側も気持ちを新たにしなければならない、と藤谷さんは自身に言い聞かせた。

 次の打者は四番の伊佐。ここまで2打席ヒットはないものの、今大会新島県で打率二位を誇るこの選手のことだ。もうそろそろ目が慣れてきている頃だろう。

 藤谷さんはほんの一瞬だけ考えて、守備陣を動かした。

 レフト、センターを後退させた。もちろん、この選手の長打力に対応するためだ。

 ライトはそのまま。藤谷さんが予選のデータから記憶している限り、伊佐は右方向、つまり流し打ちの長打を一本も放っていない。その中で下手にライトを後退させると、二塁ランナー本庄のホームインを助けかねない。

 内野手もまた、定位置に構えさせる。

 一つの失点も許されないこの場面、伊佐の打球速度を考えると内野全体を下がらせたい気持ちもないではない。

 しかしその心情を利用して、伊佐が予選の試合で内野安打を稼いだ場面を、藤谷さんは何度か目にしている。伊佐はそのがっしりした体格に似合わず、走力も人並み以上に高いのだ。

 守備シフトを配置し終えると、藤谷さんはキャッチャーボックスに戻って右打席に伊佐を迎えた。

 

「プレイ!」

 伊佐はオープンスタンスで少し腰を落として構え、バットの先を小刻みに動かし始めた。気の小さい投手なら、それだけで威圧されそうなフォームだ。

 そんな動きには目もくれず、藤谷さんは南条へサインを出した。

 配球の大筋はあらかじめ決めていた。南条にも、試合前からそれは伝えてある。

 南条は一応、二塁をチラッと振り返って、セットポジションから第一球目を投げた。

「シューーーーーーーー・・・・・・・・・・・」

 球は低目へ。

 伊佐は藤谷さんの思惑通りスイングを始めた。

「クッ」

 球が軌道を変えて、伊佐のバットから逃げていく。決して、大きなカーブだとは言えないが、

「ブンッ!」

「ストライーッ!」

 狙い球を間違えた打者から空振りを奪うには十分な変化量だった。

 計算どおりだ、と藤谷さんは内心ほくそえんだ。伊佐は初球打ちを得意としている。何もわからないバッテリーに不意打ちを食らわせるには非常に効果的な戦法のだが、伊佐はそれに少し過信を持ってしまっているらしい。

 伊佐の初球狙いはすべて長打狙い、それもストレート狙い。予選のデータから藤谷さんが立てたその仮説は、前の2打席で法則へと形を変えていた。

 そういうわけで1ストライクは楽に奪えたのだが、問題はここからだ。

 どうやってこのバッターを料理しようか。――とはいえその答えもまた、藤谷さんは最初からおおかた用意しているのだが。

 マウンド上の南条がサインを受け取り、左足を上げて第二球目を投げ込む。

「シューーーーーー・・・・・・」

 外角の球。伊佐は見送った。

「・・・バンッ!」

 高さは真ん中だが、ベース上空から外れた。カウントは1−1。

 セットポジションでもスピードは落ちていない。フォームは相変わらずぎこちない南条だが、藤谷さんは左手に響く手ごたえに、充実した球威を感じていた。

 南条に対して返球する途中、藤谷さんはふと、相手サイドのある動き、何か異様な動きを目にした。

 右打席の伊佐と、二塁ベース上の本庄が、なにやらブロックサインのようなものを交換しているのだ。

 腰をかがめながら、藤谷さんの頭にはある考えが浮かんだ。もしかしたら、二塁の本庄がこちらのサインを盗んでいるんじゃないだろうか。

 だとしたらかなりまずい。この伊佐ほどの打者に球種が筒抜けになれば、抑えることがひどく困難になるからだ。

 だが、少し考え直して、藤谷さんはその可能性を振り捨てた。

 万が一そういう作戦にあってもこちらの作戦を守り通せるように、藤谷さんは自分の出すサインをかなり複雑なものにしているのだ。投手からは当然不評なのだが、確実に勝利を収めるためだ、と藤谷さんは無理やり説得して覚えさせている。

 では、彼らはいったい何をジェスチャーしているのだろうか。

 ぼんやりとした疑問をとどめながらも、藤谷さんはそのまま第三球目の指示を出した。

 南条がセットポジションから大きく伸ばした右腕を振りぬいた。

「シューーーーーー・・・・・・・・・」

 再び外角へのストレート。今度の伊佐はこれを打ちに出た。

 そのバットの下を、ボールは通過していった。

「ブンッ!」

「ストライッ!」

 球威に負けて振り遅れた、という感じではなかった。少しタイミングがずれただけだろう。その証拠に、伊佐の体の軸はまったくぶれていない。伊佐は素振りをしたあとのように淡々とバットを立て直し、また小刻みに先のほうを動かし始めた。

 何にせよ、伊佐を2−1と追い込んだ。ここで決めるべきか、それとも一球様子を見るべきか。少しの間迷ったが、南条の投球数がかさんでいることは、当然ながら藤谷さんも知っていた。

 早めに打ちとってしまおう、と藤谷さんは決め球、外角低目へのフォークを南条に要求した。

 南条はうなずき、もう一度2塁に首を向けたのち、オーバースローから第四球目を投じる。

「シューーーーーーーー・・・・・・・・・・」

 あえて回転を減ぜられた球は、

「スッ」

 おじぎをするように沈む。伊佐はまたもやバットを振りに出ていた。

 藤谷さんは一瞬勝利を確信したが、あと少しでスイングをかわせるというところでボールは、

「カッ」

 バットの下方に当てられてしまった。ワンバウンドしてから向かってきたファールボールを、藤谷さんは口元で軽くうなりながら捕球した。さすがに陽陵の四番打者だ。そうやすやすと、空振りしてはくれない。

 立ち上がって南条に返球し、藤谷さんが第五球目のサインを考えつつ体を沈めようとしていた時、少し意外なことが起こった。

 伊佐が突然、藤谷さんに向かって言葉を投げかけてきたのだ。

「徹底した外角攻め、ですか。さすがによく研究してますね。こうこられると正直苦しいですよ」

 その言葉とは裏腹に、伊佐の表情には不気味な余裕が浮かんでいた。

 無視しても一向に構わないのだが、何か返しておいた方がいいかもしれない、と藤谷さんもマスク越しに声を放った。

「そうですね。いい具合にスイングが崩れてくれてますね」

 そんなことは思いもしていないのだが、そこは駆け引き上の問題だ。

 打者が過剰に自分のスイングを意識してくれると逆に動きが硬くなり、バッテリーにとっては楽になることもある。そういう効果をここで藤谷さんは狙ってみたのだが、伊佐はまったく気にしないようだった。

 その代わりに軽く一度素振りをして、伊佐は言葉を続けた。

「たぶん、陽陵学園の四番打者は流し打ちができない、ってデータが広まってるんでしょうね。バタ西内では」

「いいえ。そんなに広まってはいませんよ。皆さん、そこまで情報に興味がないようですから」

 声はまったく平静を保っていたが、藤谷さんの戦略は少しだけ揺れ動いていた。

 もしかすると次の球で、「今まで隠していた」右方向への打撃を見せるのではないだろうか。そうしてショックを与えて、試合の流れを一気に引き寄せるつもりなのかもしれない。

 ……いや、仮にそうであれば、わざわざ捕手に向かってその意図を口に出したりはしないはずだ。きっと、外角一点張りの配球を崩すための戯言、といったところが妥当な線だろう。

 やはりこのまま外攻めだ。藤谷さんは意志を固め、南条に外角ストレートのサインを出した。

 右打席では伊佐がまたもや、二塁ベースの本庄に向かってブロックサインを出している。

 惑わされてはいけない。多分これも、何かの陽動作戦なのだろう。

 南条が左足を上げて力をためたとき、伊佐はこの打席最後の言葉を残した。

「この程度の球なら、流し打ちなんて必要ないんですよ」

 藤谷さんはその言葉に、未知の恐怖を感じた。

 もちろん南条のフォームは止まらない。

 何も知らない南条は、藤谷さんの指示通りに直球を放った。

「シューーーーーー・・・・・・」

 球が指先を離れると同時に、二塁ランナー本庄はスタートを切った。ブロックサインの目的はおそらくこのエンドランだった。

 南条の右手から放たれたのは、外角への、よく切れた球だった。

 その球を、伊佐はまったくひきつけなかった。

「カキッ!」

 いつもの重いスイングで、伊佐は外角低めのストレートを引っぱり打ちした。

 体は泳いでいた。それでもバットは強大な腕力をもって最後まで振りぬかれた。

 打球はショートに向かって飛び、ショートの頭上を越え、ショートの後方に落ちた。

 レフトの中津川さんは左方に走り、ツーバウンドで捕球した。

 そのままダイレクトでホームベースに送球しようと考えたが、三塁ランナーを見てそれをあきらめた。

 本庄はすでに、ホームベースに滑り込もうとしていたのだった。

 中津川さんは少し落胆しつつも、きっちりとショート新月に中継した。

 四番伊佐、レフト前へのタイムリーヒットで、1−1の同点。

 バタ西が再び勝利を追う者へと戻る瞬間は、予想外に早く訪れてしまった。

 

 

 結局伊佐のあの言動は、何を意味していたのだろうか。

 追いつかれて士気が下がりかけているグラウンドに檄を飛ばしている間、再びボールを受け取りキャッチャーボックスに戻っている間、改めて守備位置を確認し、審判による試合再開の宣告を聞いている間、藤谷さんはいろいろな理由を考えた末に、こう結論付けた。

 つまり、伊佐にとってはどちらでもよかったのではないだろうか。外角一辺倒の配球を変えてこようが変えてこまいが、圧倒的なパワーを生かしてヒットにする自信はある。

 ただ、もし血迷って内角に投げてくれたらしめたものだ。その時はありがたく大きな当たりを打たせてもらおう、と。

 どういう考えを持っていたにせよ、伊佐がそれだけの技術を持つ打者であることに変わりはない。

 しかも、この打席が最後ではない。どんなに試合を順調に進められても、もう一度は伊佐と対戦することになる。そのことを思うと、藤谷さんは鈍い頭痛に襲われざるをえなかった。

 とりあえず、今は目の前の後続打者、五番の日岸を抑えなくてはならない。

 藤谷さんはマウンドに目を向けた。南条は両肩を回し、気を取り直そうとしているようだった。

 

 その表情は意外に落ち着いていた。いや、それどころか彼の目には、打たれる前よりも強烈な闘志が輝いているようにさえ思えた。

 昨日までの南条からは決して想像できなかったであろう、雄々しい姿。

 それは、彼が一番必要としていたもの――速い直球でもない、よく切れる変化球でもない、そういった技術的なものではない、真に人間を突き動かすもっと根本的な要素、焼け付くような勝利への欲望――を完全に取り戻した姿だった。

 それを見失っていた南条は、自分でも気づかないうちにさまざまな力を手放していき、そして一度衝撃を与えられるとあえなく崩壊してしまった。

 彼は今日、そこから這い上がろうとしている。今、そのための第一の試練がやってきた。

 

 藤谷さんはためらわずに一つの球種を選んだ。おそらくこの場面、南条が投げたがっているこの球以外にないはずだ。藤谷さんは自然とそう感じていた。

 そして藤谷さんの予感は、南条の真意と見事にシンクロしていた。

 南条はセットポジションから、しかし体をめいっぱいに使って白球を撃ち込んだ。

「……ぁあっ!」

 初回以来のうなり声が上がった。

「シューーーーーー・・・・・・・・・」

 高めに放たれたスピードボールは、素晴らしい切れを持って打者の胸元へと伸び上がった。

 あろうことか、打者は腕をたたんで無理やり球を捕らえにいったが――

「ガキッ」

 到底、出会い頭に飛ばせるような生易しいボールではなかった。

 まったく力を失って打球は、高く上がって後方に飛んだ。

 藤谷さんはマスクをはずし、空を見上げて落ち着いて捕球した。

 捕邪飛で1アウト1塁。

 

 純粋に南条の球威が勝ち取ったこのアウトは、陽陵サイドに傾きかけていた流れを再び均衡状態に戻した。

 1アウトから六番の引出が送りバントをきっちりと決め、再びランナーは得点圏へと進んだが、南条は七番の林を低めの直球でサードゴロに打ち取り、最小失点で六回裏を乗り切った。

 

 

 

 七回は両者ともに沈黙。

 

 引出の速球とスローカーブのコンビネーションはいまだ衰えを見せず、五番具志堅から始まったバタ西打線はあっさりと三者凡退に打ち取られた。

 

 一方南条も、彼本来の持ち味である各球種をきっちりと決める――緻密な制球力はない代わりに、致命的な失投もない――投球を展開した。

 二アウトから、一番打者には粘られて四球を与えてしまったものの、最後には陽陵打線を無安打に抑えた。

 

 バタ西の控え投手、八重村、柴島はこの回から本格的に投球練習を始めたものの、まだあと一イニングほどは出番がなさそうだった。

 

 

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