指導

 

 新島県秋季高校野球大会の開幕式が、あと10日と迫った9月7日。川端西高校野球部のグラウンドでは、久しぶりにシートバッティングが行われていた。

 久しぶりというのも、夏合宿を終えてから、キャプテンの新月と副キャプテンの刈田は、部員たちにノックやトスバッティングなど徹底的な基礎強化のメニューを課していたのだった。

 合宿先で七条高校に完敗したことがその原因だ。

 エースの大河内がいるから、四番の柴がいるから、七条高校が強かったのはそれだけが理由ではない。何より部員一人ひとりの動きが理にかなっていて、一つ一つのプレーに対する注意も徹底していた。たとえばゴロの処理一つ取っても、ボールを取ってからどういう体制で投げるべきか、その間ボールを持っていない野手はどこに動くべきか、万一送球がそれた場合その次に何をすべきか。野球というスポーツはそうした緻密な積み重ねから成り立っていて、七条高校の選手たちは皆、その場その場で適切なプレーをしていた。

 対するバタ西の選手たちにはそれが欠けていた。両者のレベル差は、まずそういうところから生まれていた。

 といったようなことを、角田監督は合宿を終えてから、新月、刈田に延々と言い聞かせていたのだった。

 監督の話をすべて消化できたわけではないが、ともあれ二人は一つ一つのプレーをもう一度見直すことが大事だと痛感した。部員たちもまた、二人を通して基本的な動きの大切さを理解した。

 

 とはいえやはり、実戦的な練習の方が楽しいと思うのは選手として自然な気持ちだろう。バッティングケージに向かう選手、守備につきながら自分の打順を待つ選手、彼らの表情は明らかに昨日までよりいきいきとしていた。一人10球の打撃機会に真剣なまなざしで臨んでいる。

 いま左打席に入っているのは、二年生の具志堅。三年生がいた夏の大会から五番や六番といった打順を任され、三年生が抜けた今では圧倒的なパンチ力を生かして四番打者の最有力候補となっている。そんな具志堅の久々の打席。どんな当たりを打つのだろう、と他の部員たちも期待をこめた視線を送っている。

 一方マウンドに立つのは同じく二年生、左キラーの二番手投手柴島だ。ここまでの9球、得意のスライダーを有効に交えながら具志堅を無安打に抑えている。

 そして最後の10球目。柴島はセットポジションから右足を軽く上げ、横手投げに近いスリークォーターから左腕を振りぬく。

「シューーーーーーー・・・・・・・・・」

 高めの直球。しかも少し甘い。具志堅は渾身の力を込めてバットを叩きつける。

「カンッ」

 スイングの音は豪快だったが、打球の響きはそれほどでもない。

 高く上がった打球は勢いを失って、定位置より少し下がったライトのグラブに収まった。

 具志堅はマウンドに向かって一礼し、首をかしげながら打席を出た。

 おかしい、タイミングは合っていたはずなのに。

 腑に落ちない表情で歩いていると、

「具志堅さん、お疲れ様です」

 声をかけてきたのは一年生の金田貴史だ。

「おっ、次打つのか?」

「いや、次の次です。どうですか、調子は?」

 質問しながらも、貴史は左手に愛用のバットを持ち、右手に包んだ布で磨いている。試合の前によく見せる行動だ。無類の打撃好きである彼もまた、やがて来る打席への興奮に落ち着いていられないのだろう。

「俺の打席見てたか」

「はい」

「このごろずっとあんな感じだよ。行った、と思っても全然いい当たりが出ない。大会も近いのになあ、こんなザマじゃレギュラーも危ないかもな」

「いやいや、柴島さんの球威も最近上がってきてますから。それにあの人、左打者には強いですし」

「どうだか……」

 貴史はフォローしたつもりなのだろうが、今の具志堅にとってはあまり効果がなかった。きちんと捉えたと思った打球が伸びない、相手の投手がどうであれ、自分の感覚がずれていることが問題なのだ。

 夏の大会が終わり、夏休みに打撃練習をしていたころから、具志堅の打撃の調子は徐々に落ちてきていた。合宿での七条高校戦でも無安打、というのは大河内の力を考えるとあまり参考にならないのだが、とにかく強い当たりが打てなくなっているのだ。

 夏バテのせいだろうかと思い、人一倍多い筋力トレーニングの量をさらに増やしてみたり、食事を大量に取ってみたりとあらゆる方法で体重増加につとめた。また最近の基礎練習にもまじめに取り組み、万全の体制で迎えた今日のシートバッティングだったが、結果はまたも無安打だった。

「なあ」

 深刻なスランプを抜ける手がかりが欲しい、具志堅はその一心から貴史にたずねた。

「どうだろう、俺のフォーム、崩れてるか?」

「いや、フォーム自体はいつも通りですよ。ただ」

 そこまで言って、貴史はいったん言葉を飲み込んだ。具志堅の顔色をうかがっているのか、なかなかその後が出てこない。

「……あの、これは僕が個人的に思ったことで、正しいかどうかは分かりませんよ」

「なんだよ、そんな謙遜しなくてもいいぞ。正直に言ってくれよ」

「いいんですか?」

「そりゃあ、こっちが聞いてるんだから」

「それはそうですけど……」

「あのなあ」

 珍しく煮え切らない貴史の態度に少しいらだち始めていた具志堅だったが、ここで一つ忘れていた事実に気づいた。

 貴史は一年生なのだ。いくら驚異的な打撃技術を持っているとはいえ、後輩が先輩にアドバイスをするということ自体、とても勇気のいることなのだろう。

 といっても少し遠慮しすぎじゃないか、と疑問を感じつつも具志堅は諭すように言った。

「お前のバッティングはみんな認めてるし、俺もすごいと思ってるから、別に遠慮しなくてもいいって。率直に言ってくれたらこっちも助かるし、な」

「そうですか。わかりました。たぶん具志堅さんは力を入れすぎなんです」

「えっ? 入れすぎ、なのか?」

「だと思いました。どうかしたんですか?」

「いや、俺は夏バテで筋力が落ちてるもんだと思ってたから。それで飛距離が落ちてたんじゃないかと」

「逆ですよ。力みすぎなんです。それでせっかくの力がバットに伝わりきってないんです。ちょっと構えてみてください」

「あ、ああ」

「いいですか、まず右肩ですね。完全にかたくなってますよね。それから……」

 いったんリミットを外すと止まらない。貴史は怒涛の勢いで具志堅の構えを直していった。

「こんなところですね。一回振ってみてください」
 貴史の指摘を頭に置きながら一振りする。

 ブンッ、とさっきよりいい音がしたように思えたが、貴史の表情は緩まない。

「ダメです。左ひざが伸びきってます。もう一回」

 もう一振り。それでも貴史は納得しない。

 もう一回、もう一回、と幾度もスイングを繰り返し、

「よし。だいたい近い感じです」

 とOKサインが出たのは14スイング目のことだった。ただそれでも貴史は満足したわけではないらしく、

「具志堅さんの筋力だったらもっといい振りができると思うんですけど、あまり一度にやっても混乱するので」

 もはや最初の遠慮は影すら見えない。貴史はすっかり一人の打撃コーチと化していた。そんな立場の逆転に、具志堅が不満を覚える様子はない。貴史の指摘はすべて的を得たものだったからだ。 言われてみれば思い当たるところはある。でも自分ではなかなか気づけない。そんな盲点を、貴史は正確に浮かび上がらせてくるのだ。

「具志堅さん。一日にどれくらい素振りしてますか? あ、もちろん練習以外でですよ」

「もちろん、って……まあレギュラー狙おうっていうならもちろんだよな。だいたい300回ぐらいかな」

 なかなか立派な数字が飛び出したのだが、貴史は特に表情を変えず続ける。

「どれくらいの時間でですか?」

「時間……?」

 意外な質問だったので具志堅は思い出すのに苦労した。そもそも、素振りにかける時間などほとんど意識したことがない。

 昨日は部活から帰って、飯食って、素振りして、風呂入って寝たのが……と一日のスケジュールを追ってからようやく答えた。

「15分ぐらいかな」

「15分ですか。それはちょっと急ぎすぎですね」

「そうか?」

「素振りはただ数をこなすだけじゃ何にもなりません。もちろん早く何度も振れば筋力はつくかもしれませんけど、それで終わりです。一つ一つのスイングに意識を集中して、振りの鋭さと音を確かめて打撃を修正していかないと意味がないんです。正直、素振りしてる間何も考えてないでしょう?」

 矢継ぎ早にそう言われてさすがに具志堅もムッときた。あのなあ、俺だって、と口を開きかけたとき、突然貴史は我に帰ったように身を引いた。

「……あ、すみません、つい」

 動揺をあらわにする貴史を見て、具志堅は顔に表れていた怒りの矛先を収めた。

「いや、ごめん。俺が遠慮なく言ってくれって頼んだのにな」

 ここに来てようやく具志堅は、貴史が助言をあれほどためらっていた理由がわかった。こうして熱くなって人間関係を気まずくするのが恐かったのだ。

 貴史の言っていることは間違っていないから彼に非はない。具志堅は何度も謝った。貴史にとってはそれもそれで心苦しい状況だったのかもしれないが。

 

 その間にもシートバッティングは進んでいた。一連のやり取りが終わって二人が沈黙したころ、新月が左打席を出てきた。

「おっ、二人ともテンション低いやん。何かあったん?」

 ここはいったん話をそらそう、と具志堅が少し救われた気持ちで顔を上げる。

「おう、いやちょっとな。新月はバッティング終わったのか」

「今ちょうど終わった。いやあ、柴島も成長したなあ。ストレートはそこまで速ないから打ててんけど、スライダーがなあ。よう切れますわ。まあ、俺がスライダー苦手なだけかもしれんけど」

 多くの部員が忘れかけているが、新月はもともと右打ちのバッターだった。スライダー、カーブといった外へ逃げる球に対応するための苦肉の策として、現在の新月は左打席に立っている。もちろん、左投手にスライダーなどを投げられたら元の木阿弥なのだが。

「大変だな。でも新島はサウスポーが少ないからなんとかなるだろ。まさか高校生で右のシュートが持ち球、なんてのもそんなにいないだろうし」

「いやそれがなあ、マネージャーに聞いたら一回戦も二回戦も相手のエースは左のスライダー使いやって言うてたわ。特に二回戦の投手は要注意らしい。やばいなあ、どうしよ」

 新月は頭を抱えて嘆いた。そんな大げさなジェスチャーを後ろで黙って見ていた貴史の目が妖しく光る。具志堅の頼みによって再び目覚めたある種のうずきはもう止まらない。

「新月さん」

「ん?」

「一回、外へ逃げる球が来たってイメージして、素振りしてみてください」

「お、おう」

 あまりに突然の提案だったが、新月は反射的にバットを構え、素早くマウンド上の左投手を頭に浮かべてスイングする。

「もう二、三回お願いします」

 貴史は目をいっぱいに見開いて新月のスイングを観察した。それが終わると、腕組みをしてしばらく考え込む姿勢に入った。

「ど、どうしたん?」

「……いえ、あの、今度は普通にストレートがきたと思って振ってみてください」

「おう。よっしゃ」

 なぜかしゃがみこんで目をこらす貴史の前で、新月のバットが鋭く空を切り裂く。彼のスイングスピードはいま、チームでも有数の速さを誇るようになっている。だが貴史の着目点はそこではない。

「やっぱり」

 貴史はすっと立ち上がり新月の方に歩み寄った。

「あ、もしかしてスライダー打ちの指導でもしてくれるんか?」

「いや、指導っていうほど大層なもんじゃないですけど。ちょっと気になる点があるんで」

「おう、そういうことやったらビシビシ言うてくれ。大会前やしな。遠慮せんと徹底的に直してくれてええで」

「徹底的に、ですか」

「そうそう」

「本当にいいんですか?」

「もちろん、お前の打撃しどうやったらなんでも聞くで。任せとけ」

 新月はいま虎口に足を踏み入れた。何も知らずに自ら踏み入った。巻き込まれてはたまらない、とそばで見ていた具志堅はその場を離れることにした。

「じゃあ、二人とも頑張ってくれ」

「あ、具志堅さん」

「うん、お前の言ったとおり力を抜いて集中して素振りするようにするから。それじゃあまた後で」

 そう残して次のメニューに向かう具志堅の足取りは不自然なほど速かった。

「じゃあ、徹底的にいきましょうか」

 貴史は静かな声で言うと、新月の右手を力強くつかんだ。

 

 数時間後。日はすっかり落ちていた。人気のなくなったグラウンドの片隅には、二人の球児とスイングの音だけが残されていた。

「……よし。いまの段階ではこれぐらいで十分でしょう。明日も早いですし」

「え、上がってええんか?」

「はい。お疲れ様です」

「お、おう。お疲れ様でした」

 すっかりくたびれきった様子の新月は貴史に向かって深く一礼した。もはやどちらが先輩であるかわからない。

 貴史の指導は言葉通りに徹底したものだった。

 まずは素振りから。貴史いわく、スライダーをイメージしているときの新月は体の軸がずれているそうだ。球を呼び込んでセンターから左を狙う、外に逃げる球への基本的な対処の仕方だが、新月の場合それを意識しすぎて逆にバランスが悪くなっているらしい。

 というように説明するのは簡単だが、長い時間をかけて身に付いた悪癖がそうすぐに直るはずもない。何本かスイングするごとに貴史の厳しい指摘が飛び、新月の集中力が途切れるとすぐさま見破られてまた指摘、といった調子で時間が過ぎていった。

 ある程度フォームが直ると、貴史は新月をバッティングゲージに入れた。

 柴島はもう規定の球数を投げ終わっていたので、代わりに一年生の左投手がマウンドに立った。苦手にしているとはいえ、新月はスライダーに全く手も足も出ないというわけではない。その一年生からは何本もヒットを打てたのだが、貴史はそれでも指摘をやめなかった。今の状態では感覚で打っているだけ、実際にエース級ピッチャーの鋭い逃げ球が来たら対処しきれない、と厳しい言葉が浴びせられる。

 ただ新月は曲がりなりにもキャプテンなので個人練習に専念するわけにも行かない。フリーバッティングが終わると、いったん貴史の特別指導を打ち切り、グラウンド中を駆け回って練習を取りまとめていった。

 午後7時半。新月が軽く一言話して全体としての練習を一旦締めると、後ろにいつの間にか貴史が立っていた。

「新月さん、まだ直ってないですよ」

 貴史の重々しい宣告とともに、約二時間の練習後半戦が始まった。球のイメージの精度を上げるため目隠しをさせてみたり、ネットを引っ張り出してトスバッティングをしてみたり、特別練習はとことん続いた。

 その間、貴史の集中力は一寸たりとも途切れていなかった。新月の動きを一つ一つ洗い出さんとする鋭い視線。

 気を抜いたら殺される。新月は本気でそう感じた。

 

 散らかった用具を片付け、二人は校門を出た。もう十時を回っている。

「はあ、しんど。今日はほんまに参考になったわ。ありがとうな」

 新月は軽く肩を落とすが、顔を見る限りそれほど疲れてはいない。やはり一年の秋からこのチームのレギュラーを守る男だ。これくらいの練習に耐える体力は十分培ってきている。

「いえいえ。もちろんまだ課題はありますから、明日もやりましょう」

「うおっ、強気やなあ。俺もそうしたいところやけど、あさっては練習試合やからちょっと厳しいわ」

「え、そうなんですか」

「あ、しまった。あんまり言うたらあかんねやけど……ま、ええか。どうせ明日わかるし」

 二年生たちはもう慣れてきているが、角田監督は練習試合の日程をギリギリまで発表しない。いつでも試合できるように管理しとくのはお前らの仕事や、というのは監督の口癖だ。こうして選手たちに緊張感を与える方針は今のところ成功している。

「相手はどこなんですか」

「付属沢見」

「ああ、弓射さんですか」

 その投手の印象は貴史の脳裏に焼きついている。夏の県大会準決勝戦、貴史は弓射にひどく苦しめられた。弓射のボール自体がすごいというより、投げる球ごとに叫び声をあげるために貴史は集中力を乱され、いつものバッティングができなかったのだ。

「また耳栓が必要ですね」

「まったく、あいつはまだああやってわめいとるんかな。自分の球がショボいからって姑息なことしやがって」

 こう親しい口調で評価するのも、新月と弓射は中学時代同じチームでプレーしていたためだ。いずれにせよ弓射とバタ西との縁は深い。

「でも、県大会で当たったピッチャーの中ではかなりいい方でしたよ。引出さんの次ぐらいには来てたんじゃないですかね」

「そりゃあ一応準決勝に進むくらいやからな。まあ、あいつも最近はまじめに練習してるし、球も速くなってるんちゃうかな」

「でしょうね」

「でも、大会入る前に一回ボコっときたいところやな。右投げやから今日練習したことは役に立たんけど」

「そうでもないですよ」

「そうか? あいつはシュートなんか投げへんで」

「それでも練習したことは無駄になりませんよ。すぐに効果が現れる、ってもんじゃないですけど。本当はストレートの打ち方、スライダーの打ち方っていうのが完全に分かれてるわけじゃないんですよ。しっかりしたフォームが基本にあって、そこからどう応用して対応していくかっていうのは些細なことなんです。土台がしっかりしていればどんな球が来ても試合中に調整ながら対処できますよ。今日はそういう土台を固める練習をしてたんですから」

「はあ。なるほどな」

「って、親父がいつも言ってるんですけどね」

「……受け売りかい!」

 ここでも大げさによろめいた新月は、しかしこうも思った。貴史の父親が言ったということは全く当たっている、そしてそれを実践してきた結果がいまの貴史なのだろうと。

 もっとも、口では言えてもそう簡単に実行できることではないのだが。 新月の目には、いま始まったことではないが、貴史の姿が自分よりずっと大きく見えるのだった。

「とにかく、こんな遅そまでつきあってくれてありがとうな。大会も近いのにあんまり練習でけへんかったやろ」

「いえ、気にしないでください。人の練習を見るってことは自分にとってもすごく勉強になりますから。新月さんもキャプテンやっててそう思いません?」

「確かになあ」

 昔、監督も同じようなことを言ってたな、と新月は思い起こした。自分のプレーの欠点というものはなかなか自分ではわからない。でも他人の欠点にはすぐに気づける。そうして気づいた他人の欠点が自分にもないか、それを探すことで、自分自身も成長していけるのだと。

「だから僕は、自分が動いてないときはできるだけ人の動きを見るようにしてます。今日みたいに気づいたことを実際に言うってことはあんまりないですけどね」

「なんでやねん。どんどん言うたらええやん。お前の指導やったらみんな喜んで聞くと思うで」

「そうですかね」

 貴史の顔にふと、暗い影がさした。

「誰でも、どんな形でも、自分の欠点を言われるってことは嫌なものですよ。特に目下から言われるときには、表面ではどれだけおおらかそうにしててもやっぱりムカつくと思いますよ。新月さんも今日、正直イラついたこともあったでしょう? なんで一年生にこんなに言われないといけないんだ、って」

「いや。別に」

「本当ですか?」

「おう。だって、自分で気づいてない自分の欠点は人に言ってもらうしかないやん? それをこいつ一年生のくせに、とかつまらん理由でムカついとったらいつまでたっても成長でけへんで。それに、俺の場合は守備の面でいままで散々言われてきたからな。最初のうちはなんやねん、とか思ってたけど、最近は素直に聞けるようになったな」

 新月は特に、前々代キャプテンの浅越さん、そして同期の刈田から粗い守備について数限りない注意を受け、実際に訓練を受けてきた。今日の特別練習に耐えられたのも、そうした経緯があったからだといえる。

「なるほど。新月さんの場合はそうかもしれませんけどね。でも……やっぱりあんまり図に乗るのはよくないですよ」

「いやだから、別に一年生が二年生の悪いところを言ったからって、このチームの人間は何とも思わへんって。俺らは入部のときに言われたんやけど、無理やり上下関係を作って縛り付けることはしない、ってのがこのチームの方針やしな。それにあれやで、藤谷さんなんか先輩どころか監督の作戦にもどんどん口出してたやろ。バタ西野球部はそういうところやで」

 マシンガンのように説得の言葉を繰り出すも、貴史の表情は緩まない。何かよほどのわだかまりがあるらしい。新月はバタ西というチームを先頭で作っていく者として、その影を見過ごせなかった。

「どうしたん? 何か気になることでもあるんか?」

「え、いや、特には……」

「そんなん言われたらますます気になるやん」

 新月は貴史の表情にじっと視線を注ぐ。あくまで慎重な貴史は、しばらくの間口ごもりながら歩行を続けていたが、やがて重苦しく口を開いた。

「昔、先輩にどんどん言いたいことを言ってた時期があったんです。それでちょっと痛い目にあったので」

 

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