再挑戦

 

_____________6月31日____________

長村三十路は来客と応接間で喋っている。長村は隣の部屋で本を読んでいたが応接間から
「大五郎、ちょいと来ぃ」
嗄れた声で三十路が呼んだ。長村は本をしまい、応接間に入った。その途端、来客が
「大五郎君か、久しぶりだね」
と声を掛けた。長村は誰かと思い見た。するととたんに長村は
「ああ、正さんじゃないですか」
と声を上げた。
「いやぁ、ちょっと近くまで来たから寄ったんだよ」
長村は頭には既に白髪がほとんどで、97歳の長村正が一瞬、誰かと思ったが解ると懐かしそうに言った。
長村正は三十路の叔父で、長村にとっては大叔父にあたる人だ。長村正は30歳で旧日本軍の関東軍陸軍参謀で大東亜戦争の時は大本営参謀も勤めたほどだ。終戦後は防衛庁に就職してまさに根っからの軍人と言える人だ。長村が椅子に座るなり正は何を感じたのか
「大五郎君、何か悩み事があるね」
といきなり訊いた。長村は驚きを隠せない顔で言葉を継げなかったが正は言葉を継いだ。
「ははは、驚いているようだね、そりゃあ軍人45年、参謀15年近くやってるとそれくらいは見抜けるよ」
と平然と言った。長村は
「参謀15年・・・凄いですね」
「ははは、といっても参謀の中では地位は低かったけどね。陸軍大学校卒業からすぐに参謀として配属されたからね」
長村正は笑顔を浮かべながら言った。長村の脳裏には経歴よりも陸軍大学校卒業の参謀としてのあの読みの深さを根本的に違う野球に応用できないかと考えた。

__________7月1日浪速商業野球部__________

伊達、吉原さんは野球部第二グラウンドの片付けに向かった。通常、使用されるのは第一グラウンドで第二グラウンドは狭く、予備グラウンドとして使われるがここ1年、全く使われていないので荒れ放題で片付ける人にとっては地獄のような場所だ。伊達と吉原さんは部室を片付けながら喋っていた。
「伊達、このロッカーを外に出しといてくれ。しかし荒れ放題だな、このロッカーなんて穴がいくつも空いてるぞ」
「ほんとですね、よく使ってましたね」
伊達は感心するように言いながらロッカーを運び出した。グラウンドも草が生え放題であとで全部抜かなければならないと思うと背筋がゾッとした。ロッカーを運んで部室に入ろうとすると打球音が聞こえた。第一グラウンドのほうでだ。伊達は急いで吉原さんを呼んだ。
「誰かがグラウンドを使ってます!それも練習をしているようで」
「なに、今さっき掃除を終えたところなのにまた掃除のやり直しはたまらん!行くぞ伊達!」
吉原さんは語気を強めて言った。伊達と吉原さんが走ってグラウンドに行くと一年部員がまるで観戦しているようにグラウンドの外で見ていた。グラウンドには郡川、唐澤、九条が立っていた。吉原さんは驚いて外の部員に
「一体何をやっているんだ!今日は練習が休みだし、第一、このグラウンドは今日、使用禁止だろ!」
「はあ、しかし、九条がどうしても唐澤に再挑戦するといって聞かないものですからつい」
「再挑戦?なんだそれ?」
「この前の紅白戦での・・・」
と言ったとき、吉原さんは思い出した。九条が唐澤にホームランを打たれたことだ。吉原さんは暫く考え
「よし、いいだろう。しかし、グラウンドは均しておけよ」
吉原さんはそういうと返事を待たずに伊達と踵を返し帰って行った。

唐澤は調整をしながらついさっきのことを思い出していた。わずか30分前、九条との対決が決定したときだ。

_____________30分前____________

「お〜い、唐澤、九条が呼んでるぞ」
沼田が言いにきた。唐澤は驚き、扉の方の九条の姿を見た。小柄だが目は大きく、少し吊り上がり気味だ。沼田はすぐに言葉を継いだ。
「何かやったのか?それとも・・・」
沼田は心配そうに言ったが唐澤は
「いや、そんな覚えはない。一回訊いてみるか」
唐澤は立ち上がって九条のほうへ歩いた。わずかな距離しかなかったが唐澤は重い足取りでその距離が何キロにも思えた。唐澤が前に立つなり九条は
「グラウンドまで来い。勝負だ」
静かな口調で言った。唐澤はたじろくことなく
「なぜ行かねばならない。何をするんだ?」
「いいから来い」
命令口調で言った。唐澤は不快になる気持ちを抑え行った。
そして今に至っていると思うとなんとも思えない気持ちになったが調整が終わり打席に立った。捕手は郡川、球審は沼田。
九条は大きく構えて投げようとしたとき、唐澤は目を疑った。郡川でさえ驚きを隠せない。
「サ、サイドスローだ!」
「シュゥゥーーーーー」
ストレートが浮き上がってきた。唐澤はボールを捕らえれなかった。
「ブォン」
「す、ストライーク!」
九条は休むことなく投球モーションに入った。やはりサイドスローだ。
「シュゥゥーーーーーーグォォ」
オーバースローの時と全く変わらない球威だ。唐澤はしっかりと狙いを定め、バットを振った。
「カァン!」
球が当たったが平凡なフライが後ろに消えていった。沼田がボールを投げた。そのときに郡川が
「驚いたな唐澤・・・フォーム改造するとは・・・」
「ああ、確かに」
短く返事をし九条を見据えた。九条はモーションに入りボールを放した。
「シュゥゥーーーーーグォォ」
唐澤はバットを振った。
「カァン!」
ボールは高く揚がり外野に落ちた。九条はボールを見て呆然とした。するとホームのほうへ来て
「完敗だ。君は凄いよ」
と短く言った。唐澤も
「君ほど凄い投手はそういない」
と言い握手を求めた。九条は黙って手を出し握手すると黙ってグラウンドを均し始めた。夏の全国高等学校野球選手権大会大阪府大会までまでついに1ヶ月をきった。

 

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