衰えぬ力

 

阪急梅田駅から、長村と松山は仕事帰りのサラリーマンやОLの波に巻き込まれながら何とか阪急京都本線に乗り込んだ。右に左にも殆ど動けない中で何とか高槻で降りた。十分ほど歩くと長村は立ち止まった。
「どうした?長村」
「着いたぞ」
と言って右側の家を指差した。武家屋敷のような門構えの家の、木の表札には、「長村」と書かれていた。松山は少したじろいだが長村は普通にインターフォンを鳴らした。すると、門が内側から開き家人が出迎えた。
「先生は現在、応接間で防衛庁の方と話しておられますので少々、お待ちください」
と言って応接間の隣の部屋で待たされた。松山は家に入ったときから落ち着きがなく長村は
「落ち着け松山」
と言った。しかし松山は
「お前は、大丈夫かも知れんが俺ははじめてきたうえにこんな内装だったら誰でも落ち着きを無くすぞ」
といって和室の北側を指差した。そこにはどうやって終戦時の武装解除を逃れたのか軍刀が飾ってあった。さらに周りには天保銭をじゃらじゃらつけたような参謀肩章をつけた軍服に階級である陸軍少佐まで記されてあった。長村も少し圧倒されたが平静を装い
「そうだな、少しは驚くな、向こうにもいろいろとおいてあるぞ」
と言って東側に目を向けた。掛け軸があるが、そこにも軍刀が置かれている。一ヶ所に置かず、分けておくのは相手に威圧感を与えるためだろうか。しかし、松山はほかのものに目を向けた。
「長村、しみが付いて読めない本があるんだ。なんだと思う?」
ガラスケースに入っている本を見ながら長村を呼んだ。長村はガラスケースの中身を見た。そこにはしみだらけの古びた紙束がまとめられている。
「え〜と、何々、マレー半島●●●陸●戦回顧録?ああ、マレー半島奇襲上陸作戦のことじゃないのか」
といった。そのとき応接間から小声だがふすまを通して声が途切れ途切れに聞こえた」

「はい・・・そこをなんと・・・・お願いし・・・そうです、防衛・・・校の・・長を引き受け・・・さい。防衛次官も長村さんならと・・・・・おりました。一時期防衛・・・の教官を・・・」

「そういうのは・・察庁幹部の奴か旧内務省の・・・わしが陸将・・・・・は、それにもう・・・のわしが・・受けること自体・・・迷惑だろ・・」と

「いいえ・・・貴方が教官・・・・教え子で教官・・・・は賛成していますし、制服・・・の教え子も賛成していますので・・・」

「・・・・・・解った、引き受けよう、正式辞令はいつだ?」
「・・・頃です。お引き受けいただいて・・・・」
と聞こえると応接間との間の襖が開いた。そこから、背広を来た大柄の男が出てきた。どうやら防衛庁の関係らしく防衛官僚の風格がある。

「どうぞ」
と中から嗄れた声が聞こえた。長村が松山をつれて入ってくると長村正は
「おお、大五郎君かね、待たせて悪かったね」
と言い、いすを勧めた。長村と松山が座ると正は
「そっちが話して松山君か?」
といきなり訊いた。長村はその鋭い目を見た。いかにも旧軍人の風格で長村は一瞬、たじろいだが
「はい、言っておいた松山です」
と言い松山も
「はじめまして、松山恭介です」
と言った。しかし、長村正はそんな挨拶はどうでもいいような表情をした。
「で、何の用件だったかな?」
と訊いた。長村は松山に事前に話しているとおりに進めると合図を送った。
「じつは、近々、高校野球の大阪地区の予選大会が開かれるのでその時に相手を読めるような選手がほしいもので、どうぞ、知恵を貸してくだされば・・・」
「じゃあ、ちょっと待ってなさい」
と長村が話しているにも関わらず、家人を呼んで何かの仕度をさせた。暫くすると将棋盤と駒が運ばれてきた。
「一局、私とやろう。それで実力を確かめる」
と言った。松山には理解しかねたが長村は昔、陸軍のエリート将校のみが入れ、1000人以上が受けて50人程度しか通れない陸軍大学校を首席で卒業し、開戦時には大本営参謀として配属されたこともあるからそれなりの考えがあるに違いないと思った。長村は松山に
「松山、お前が一局、うて」
と言った。これも、予め、こういうことを予想して考えていたので松山は違和感なく
「じゃあ、先手を」
と短く言った。
長村はその一局を驚きの表情で見ていた。普通なら頭の回転は16歳の松山のほうが遥かにいいはずだが松山はすでに8分も悩んでいる。それに対し、長村正は余裕の表情で見ている。最初は松山が有利に戦いを運んでいたが20手目くらいからは長村正が守りから攻めに転じ、あっという間に松山が追い詰められた。まだ30分を少しすぎたくらいだろうか。松山の額には脂汗が流れ、手は震えている。もはや、精神的にも追い詰めていった。長村正は3手目くらいからこの戦いのすべてを創っていたようだ。ようやく松山が動いたが、長村正は5秒もしないうちに駒を動かした。すべて予想どうりだったというのか・・・・・。長村の手は汗で濡れていた。松山はもはや、掌で踊らされているに過ぎないのか。昨年の秋季大会で発揮したあの頭の回転力が追いつかないのか。松山は動揺しすぎ手に取ったようやく駒を動かしたがやはり駒を落とした。

、長村正は3手先に予想される駒の動かす場所をあっさり封じた。もはや松山の負けだ。長村はそう思った。事実、3手目で松山は負けた。

「残念だが今の実力では到底、知恵を貸すことはできない」
長村正は毅然とした態度で言った。長村はなんとしても元大本営参謀の知恵を借りようと
「正さん、お願いします。どうしてもその頭の回転力と作戦指揮、先を読む力が要るんです。お願いします!」
と言った。松山も
「お願いします!」
と言って頭を下げた。長村正はそんな姿を一瞥し一枚の東南アジアの地図と何かを書き込んだメモを数枚渡した。長村は何か理解しかね困惑を表情に表そうとすると
「それは私が旧帝国陸軍の参謀時代、マレー半島奇襲上陸作戦を担当したときに見た図面の写しだ。メモには友軍の兵の数、戦艦、駆逐艦が何隻とか戦車の数、部隊数、戦闘機数、敵の兵力や基地、部隊、戦車、戦闘機の数を記してある。30日までに作戦を立てて私のところに来てくれ、その作戦がよければいろいろと教えよう。しかし、悪い作戦ならもう頼らないでほしい」
と言った。長村と松山はそのまま帰った。その道中

「あれが元大本営参謀か、実力が違いすぎたな」
「問題は作戦を立てることだ。マレー半島奇襲上陸作戦の内容を調べておくから松山、作戦を考えていてくれ」
といった。松山は了承し高槻駅からそれぞれの家へと帰った。長村はもしかするとあの知識をひとつも教わらずに終わってしまうかと不安になった。

 

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